碧き舞い花

御島いる

193:セラフィ先生

「んだぁっ……!」燕尾服が床に倒れる。そして、キッとセラを見上げる。「何するっ!」
「組手」
「は?」
「組手よ。同じ目的のためにみんなで強くなる。そのための訓練でしょ?」
「何を言って――」
「どうしたの? 悔しいなら、やり返せば? それとも腰抜けなの?」
「言ったな……後悔させてやるぞ」
「口先だけにならないように、気を付けて」
「っ!」
 キノセが素早く燕尾服の懐から細い棒を取り出した。指揮棒だ。
 しかし、その動きは彼女の超感覚の前では遅い。先読みしていたセラはすでに彼に馬乗りになり、その手を足で抑え込んだ。
「なっ……!?」
「剣で斬れって? 冗談。抜く必要もない」
 完全なる制圧。
 師であろうメルディンがそうであるように、彼本体の実力は大したことがないのだ。特異な戦い方や、身体能力を上げるような敵が相手ならば、それをさせる前に倒す。
 今まで幾度とそういった相手と戦ってきたセラだ、キノセ程度に後れを取ってなどいられない。
 セラはキノセの上から立ち上がる。そして手を差し伸べる。「きつく言ってごめん。でも、先に言ったのはそっちだからね」
「……っ!」
「ぃたっ!」
 セラの手ははたかれた。
「黙れ。調子に乗るなよ! お前なんて、いつかこの俺がぶっ倒してやるからな!!」
 キノセは独りで立ち上がると、崩れた髪を整え、彼女に背を向けて歩き出した。
「ちょっと! 今の仲直りするところなんだけど! これから一緒に強くなろうってさぁ!」
 すでに怒りの色のなくなったセラの声。頭には来たものの、これから切磋琢磨し、共に戦うことになる存在に彼女がいつまでも怒っているはずもない。だが、その声は燕尾服の背には届いていないようだった。
 しかし誰に届くでもなくドームに響いたわけではなかった。セラの声はそこにいた若き戦士たちの活力になったのだ。
 全員が全員彼女が『碧き舞い花』セラフィ・ヴィザ・ジルェアスであることを知っているわけではないだろう。が、彼女のその麗しさ、力強さ、懐の深さ、可憐さといった凛とした佇まいに惹かれない人間など異空中探してもごくごくわずかなのだ。


「ねぇ、キノセ。組手しよ」
 翌日、セラはドームに入ると早々にキノセを探り出し、声をかけた。昨日のことなど忘れてしまったのではないかと思わせるほど快活に、人懐っこく。
 しかし声を掛けられた当人はばっちりと圧倒されたことが記憶に刻み付けられたようで、苦虫を噛み潰したような顔で悪態を吐く。
「ふざけんな。誰がお前なんかと」
「なんでよ。やろうよ。いつかわたしをぶっ倒すんでしょ?」
「ッチ」燕尾服には全く似合わない舌打ち。顔を背けるキノセ。「手の内を見せるわけないだろ。お前は何が起こったか分からないうちに敗北する」
「それって昨日のキノセのことじゃん。わたしがどうやって間合い詰めたか、分かってる?」とセラは彼の顔を覗き込む。
「愚問だな。ケン・セイの足技だろ」
「あ、うん! 分かってるじゃん! じゃ、組手やろう」
「は? なんでそうなる? 渡界人は脳みそまで跳ぶのか? 組手がしたいなら、あいつらとやってろ」
 そう言って顎をしゃくるキノセ。その先にはセラに熱い眼差しを向ける若い戦士たちの姿があった。その集団の背後にはケン・セイが帯に差した刀に右手を掛けて立っていた。彼の目が彼らと戦ってやれと言っていた。
「キノセも一緒に……あ、もぉ」
 声をかけたセラだったが、燕尾服は歩き出し、もう一人の燕尾服のもとへと向かって行ってしまった。
 セラは今日はここまでかと、ケン・セイの前に集まった戦士たちのもとへと駆け寄った。
「よろしくお願いします! セラフィ先生!」
「ぇ……!?」
 ほとんどが男ということもあって野太い挨拶。だが彼女が驚き、首を傾げたのはそれが理由ではない。
「えっと……わたしもみんなと同じ、教わる側なんだけど…………ははっ」
 彼ら彼女らはどうにもセラの言い分を聞く気はないようだった。

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