碧き舞い花
177:闇の中の声
「さあ、お披露目といこうか」
黒きエァンダから同色の液体が広がり出でた。怪物の、悪魔の本体。
友を亡くしたのか泣き咽ぶ女の声。なんだなんだと空を見上げる男の声。何が起きたかもわからずに、ただただ鉄臭さ生臭さに泣きわめく子供の声。地上からは様々な音がする。
「霊長も霊長……異空を統べる者の誕生だ」悪魔は自身に酔っているようで、恍惚とした表情でセラに問い掛ける。「偉大なる瞬間。そう、思うだろ?」
まるで恋人に向けて放たれる甘美な音。セラは黙ったまま闇の続く瞳を睨み続けた。
「もう、諦めたか」
悪魔は彼女の首から手を離した。しかし彼女は落ちず、尻尾によって捕らわれた。
「安心しろ。抵抗しなければ、この男のように苦しむことはない。むしろ、快楽を覚える」
セラは悪魔に身を任せるように、瞳を閉じた。今回ばかりは逃れることはできない。諦念は今まで味わったことのない大きさだった。
終わりの時。
彼女の手からオーウィンが滑り、まるで翼にロープでも絡まったかのように、フクロウは乱回転しながら落ちる。
落ちて、落ちて、落ちる。
大地と剣が鐘を打ち鳴らす。それを合図として、悪魔の血は彼女を包み込みにかかる。
セラは闇に包まれた。
瞳を閉じていても分かる深い闇は、彼女からあらゆる感覚を奪っていく。それでいて、彼女はどこか気持ちよさを感じていた。暖かくこそばゆい。幸福と呼べる快感。これが悪魔の言っていた快楽かと過った考えも、闇に消えて行く。
意識が溶けていく。
己の身体の境界がどこなのか、分からなくなる。
彼女が彼女でなくなる。
セラフィが、セラフィでなくなる。
「「セラっ!」」
その二つの声はセラにとって聴き覚えのある声だった。
だが、それが誰のものなのか彼女には判断できない。そうしているうちに声が聴こえたことを忘れていく。
「諦めちゃ駄目だっ」
「戻って来いっ!」
誰だろう。わたしを呼ぶのは……。
ふと浮かび、消えていく。
諦めたくないよ、でも……。
ふと浮かび、消えていく。
もう、駄目だよ……。
ふと浮かび、消えていく。
エァンダだって抵抗できなかっただもん……。エァンダ? 誰だっけ……。
誰だっけ……。
光。
闇の中、群青が照らす。
決して明るくないはずの群青が、闇を払っていく。闇が群青に塗り替えられていく様はさながら夜明け前。
エァンダ……。
「俺を忘れるか、普通?」
「エァンダ!」
闇が決壊する。
溢れんばかりの光が、満ち満ちる。群青に輝く世界。
しかし、未だセラは悪魔の取り込みの中にいるようで、意識だけがまるで不完全幽体のように群青の輝きの中に浮かぶ。兄弟子の姿と共に。
「どうして……?」
「サパルが扉を開いた。コイツが弱ってるとは言えないが、お前を助けるためだ」
エァンダの声とは別のもの。あれはサパルの声だった。
そして、彼の言う扉とは彼の作戦に何かしらの意味があったものだったはずだ。つまり、それは――。
「ったく、俺の作戦台無しだぞ、お前」エァンダはおどけてみせる。「ま、サパルの判断なら仕方ないけどな」
しかし今の彼女に笑う余裕なんてない。「ごめん……わたし…………」
「ストップ! 泣き言はなしだ。まだ終わってない」
エァンダは一転、真剣な眼差しでセラを見つめた。
「これからお前を外に出す」
エメラルドの瞳は鮮やかな輝きを帯びていた。
黒きエァンダから同色の液体が広がり出でた。怪物の、悪魔の本体。
友を亡くしたのか泣き咽ぶ女の声。なんだなんだと空を見上げる男の声。何が起きたかもわからずに、ただただ鉄臭さ生臭さに泣きわめく子供の声。地上からは様々な音がする。
「霊長も霊長……異空を統べる者の誕生だ」悪魔は自身に酔っているようで、恍惚とした表情でセラに問い掛ける。「偉大なる瞬間。そう、思うだろ?」
まるで恋人に向けて放たれる甘美な音。セラは黙ったまま闇の続く瞳を睨み続けた。
「もう、諦めたか」
悪魔は彼女の首から手を離した。しかし彼女は落ちず、尻尾によって捕らわれた。
「安心しろ。抵抗しなければ、この男のように苦しむことはない。むしろ、快楽を覚える」
セラは悪魔に身を任せるように、瞳を閉じた。今回ばかりは逃れることはできない。諦念は今まで味わったことのない大きさだった。
終わりの時。
彼女の手からオーウィンが滑り、まるで翼にロープでも絡まったかのように、フクロウは乱回転しながら落ちる。
落ちて、落ちて、落ちる。
大地と剣が鐘を打ち鳴らす。それを合図として、悪魔の血は彼女を包み込みにかかる。
セラは闇に包まれた。
瞳を閉じていても分かる深い闇は、彼女からあらゆる感覚を奪っていく。それでいて、彼女はどこか気持ちよさを感じていた。暖かくこそばゆい。幸福と呼べる快感。これが悪魔の言っていた快楽かと過った考えも、闇に消えて行く。
意識が溶けていく。
己の身体の境界がどこなのか、分からなくなる。
彼女が彼女でなくなる。
セラフィが、セラフィでなくなる。
「「セラっ!」」
その二つの声はセラにとって聴き覚えのある声だった。
だが、それが誰のものなのか彼女には判断できない。そうしているうちに声が聴こえたことを忘れていく。
「諦めちゃ駄目だっ」
「戻って来いっ!」
誰だろう。わたしを呼ぶのは……。
ふと浮かび、消えていく。
諦めたくないよ、でも……。
ふと浮かび、消えていく。
もう、駄目だよ……。
ふと浮かび、消えていく。
エァンダだって抵抗できなかっただもん……。エァンダ? 誰だっけ……。
誰だっけ……。
光。
闇の中、群青が照らす。
決して明るくないはずの群青が、闇を払っていく。闇が群青に塗り替えられていく様はさながら夜明け前。
エァンダ……。
「俺を忘れるか、普通?」
「エァンダ!」
闇が決壊する。
溢れんばかりの光が、満ち満ちる。群青に輝く世界。
しかし、未だセラは悪魔の取り込みの中にいるようで、意識だけがまるで不完全幽体のように群青の輝きの中に浮かぶ。兄弟子の姿と共に。
「どうして……?」
「サパルが扉を開いた。コイツが弱ってるとは言えないが、お前を助けるためだ」
エァンダの声とは別のもの。あれはサパルの声だった。
そして、彼の言う扉とは彼の作戦に何かしらの意味があったものだったはずだ。つまり、それは――。
「ったく、俺の作戦台無しだぞ、お前」エァンダはおどけてみせる。「ま、サパルの判断なら仕方ないけどな」
しかし今の彼女に笑う余裕なんてない。「ごめん……わたし…………」
「ストップ! 泣き言はなしだ。まだ終わってない」
エァンダは一転、真剣な眼差しでセラを見つめた。
「これからお前を外に出す」
エメラルドの瞳は鮮やかな輝きを帯びていた。
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