碧き舞い花

御島いる

176:地に伏して空

「がぁあぁっ……」
 一方的だった。
 セラは鎧のマカを纏い、動きを読めないにしても、目で見て躱せる攻撃には対応した。
 それでも、反撃など許されない。
 一方的だった。
「……はっぁ…………」
 耐えれば時間を稼ぐことはできる。しかしエァンダの作戦のためには悪魔を弱らせることが必要だとサパルは言っていた。
 悪魔を弱らせることはできない。
 これではエァンダの作戦は成立しない。
 その想いはセラを焦らせ、動きを悪くさせる。悪くなった動きが、また彼女を不安にさせ、さらに動きを固くさせる。
 負の連鎖だった。
「んっ、はぁ……はぁ……んっ……はぁ…………」
 彼女の肺は呼吸を整えさせようと必死に働くが成果は出ない。ビュソノータスの蒼白に少しずつ白を足す行為を繰り返すだけだった。
 纏った魔素のおかげで新たな傷ができることはなかったが、それが恐ろしい。悪魔の実力ならば、セラの鎧など簡単に掻き消せる。なのに、そうしない。
 やはり、遊ばれている。
 エァンダの能力を手に入れた今、悪魔の言葉が嘘ではないかと彼女は疑い始める。自分を手に入れる必要があるのかと。
「っんく……」
 頭がぼんやりとし始め、戦いに集中できなくなっていた彼女に二本の刀から斬撃が飛んできた。セラはただただ、それを避けるためにナパードを使った。
 たった数歩分の距離のナパード。斬撃をやり過ごすためだけのナパード。それだけでも、彼女には精一杯だった。しかし彼女はやり過ごした斬撃を振り向いて、ハッと目を瞠る。
「ぅんっ!」
 そして今避けたばかりの斬撃を追い抜かすように跳んだ。斬撃をオーウィンで受け止める。
「くっ、ぅ……」
 重たい。それでも、彼女はそれを止めなければならない。
 後ろには数えきれないほど多くの人々がいるのだから。
 高台。
 そのほとんどはビュソノータスの三部族で、異世界人はごくわずか。そんなことは関係ない。どこの誰だろうと守るのがセラフィだ。
「セラ!」
 背後から友の声。エリンだ。
「みな、逃げるのだ!」
 叫んだのはプライの父。セラが横目で見ると、彼は上半身に包帯を巻いた息子を背負っていた。キテェアの処置は終わったらしい。が、プライの背中、翼が対を成していなかった。そのときは気付かなかったが、片翼に大きな被害を受けたのだろう。
 セラはきつく口を結ぶ。渾身の力を込めて、強力な斬撃を押し退ける。
「ぁあ゛っ」
「よくできました。でも、放っておけばよかっただろ?」
 悪魔は彼女の耳元で囁いた。
「お前は自分の身を案じることに専念した方がいい」
「……っく!」
 オーウィンを振るうが手ごたえはない。
「ああ! どうせなら、専念できるようにしてやろう」
「!?」
 囁きが余韻を残し、セラの背筋を震わせた。
 気配は読めなかった。
 だが、彼女はすぐさま高台に目を向けて叫んだ。
「駄目っ!」
 血が飛んだ。多くの血だ。赤以外も見て取れる。
 血だけではない。腕が、脚が。頭が臓物が。
 一瞬にして。
 全員ではない。まだごくわずか。だが犠牲者は決して少なくなく、多数。
 悲鳴。
 怒号。
 悲鳴。
 彼女はその中心へと跳んだ。視界に捉えている悪魔のもとへ。
「ん゛ぁっ!」
 タェシェがオーウィンを受ける。
「まだ残ってる。ちょっと待っていろ」
「ふざけんなっ!」
 彼女の怒り、憤りは頂点も頂点。蒼天を突き抜けるほど跳ね上がっていた。それは焦りや不安の兄弟かのように、彼女の動きを悪くする。
 師からの教えを忘れてしまったかのような、雑な動き。大雑把な斬撃が敵を捉えられるわけもなく、蹴り飛ばされ、翼や尻尾に弾き飛ばされ、彼女は何度も地に伏す。
 マカの鎧は悪魔に剥がされることなく、彼女自身が冷静さを欠いたことで消えていた。
「遊びも終わりか」
「ぁぐぁっ…………」
 悪魔はその手から刀を消してセラの首を掴み、軽々と持ち上げる。ヌロゥ・ォキャの姿は重ならない。それほどに彼女は追い詰められていた。ただ、苦しみながらもサファイアは黒くなったエァンダの瞳を睨んでいる。
「どうせなら世界への見せしめとしよう。ここにはすべてとは言わずとも、あらゆる世界の生命が居合わせているのだから」
 悪魔は翼を広げ、羽ばたくこともせずゆっくりと天へ昇っていく。
 彼女のピンチはいつも天高く。しかし、今回ばかりは大地に向かって落とされることはないだろう。
 つまり、受け止めてくれる存在もない。

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