碧き舞い花

御島いる

173:メッセージ

 ぽつり、ぽつり。
 刃を伝い鮮血が滴り落ちる。数滴。
 ぽつり、ぽつり。ぽ、ぽつり。
 刃は数本。その刀身は漆黒。
 白き鎧を貫いて、将軍の命を削り取る。
「っぐぁ……ぶぁっ……」
 白き槍は主の手を離れ、力なく地面に伏した。
 主人であるデラヴェスは、前方から後方に向かって刺さったいくつもの刃に支えられ、辛うじて立っているといった様子だ。
 彼に背を向けるエァンダと彼の間。その足下から刃は突き出していた。黒い液体。エァンダとセラで仕留めた怪物から噴き出していたあの黒い血だった。
 デラヴェス将軍の槍が膝をつく死神に迫ったその時、黒き血の池が地面を高速で這った。そして二人のもとへ辿り着くや否や、ハリネズミの背のように数本の細き刃へと姿を変えた。
 黒き血は、刃から液体へと戻る。
 粘り気のある液体の音と共に、将軍は倒れる。ビタンッ――。
「サパル! セラ! 早く、しろっ!」
 顔を上げたエァンダ。セラは兄と姉の記憶を握りしめながら、動くことができない。それはサパルも同様だった。
「くっそ……もう…………ここまでか……」
 膝をつく彼の背後、デラヴェスの下敷きとなっていた黒い液体が立ち上がって影を落とす。
「しツこい抵抗ダ。ガ、こレで終ワりだ」
 エァンダの体内と背後から反響するように聞こえる声。
 液体は死神を覆いこもうと膨れ上がった。
「ぁ!」
「エァンダ!」
 その様子に何もできないでいる二人。そんな二人をまるで寄生が嘘のようにしっかりとエァンダが見つめた。
 まずはセラだ。
「セラ。お前が背負ってるのはただの剣じゃない。英雄の意気と誇り、そして苦悩だ。それがビズラスのってわけだからじゃないぞ。英雄はずっと背負うんだ。色んなもんを。……捨てるなよ、苦悩。悩み苦しんだことを忘れたら、英雄は死ぬ。もちろん、誇りもな。……色々省いたけど、ナパスの英雄『輝ける影』の言葉だ」
 下唇をきゅっと噛むセラフィ。彼女の体が動いたのか、オーウィンがエァンダの言葉に呼応するように音を立てた。
 続いてサパルを向くエァンダ。
「サパル。セラに色々言い過ぎて時間がない。俺の半身とも言っていいお前なのに、短くなる。悪いな」
 エァンダが黒いカーテンの中に包まれていく。残るのはわずかな隙間。
「色んなことあったけど、俺は忘れない。特に閉じ込められたこととかな」
「……!」未だ唇を噛むセラの横。サパルの口角は微かに上がって見えた。「そんな昔のこと」
「あ、あと、これ返さねえとな」
 黒の隙間から鍵束が飛び出した。正確に鍵束の民の手に納まる。
「あとは任せた」と声だけ残し、『世界の死神』はその名にふさわしく、黒く染まった。
 黒い繭に包まれた友に向かって、サパルは小さく「ああ、分かったよ」と呟いた。
 余分な液体を垂れ落としながら、黒い塊は次第に形を整えていく。
 出来上がったもの。
 薄墨に塗られたエァンダそのものだった。そして、その瞳は暗黒。どこまでも深く深く、闇が続いた瞳だ。
 落ちていたタェシェを拾い、ゆったりと立ち上がる。
「さぁ、次は、お前だ!」
 彼の声ではなく、怪物の声。前から聞こえていたかと思ったら、すぐに横からのものに変わった。
「っ!……ぁあ゛!」
 反応こそできたもののオーウィンを抜くことも出来ず、セラは蒼き大地に張り倒された。さらにエァンダに纏わりつき、まだ落ちていなかった黒い血が彼女の手足を拘束した。
「よかったな、助けたかったんだろ、この男を」
「……!?」
「お前が代わりにその体を渡せば、こいつの身体は解放されるぞ」
「……っ」セラは拘束から逃れようともがくがびくともしない。
「まあ、生きているかは知らないがな」
 随分賢くなったものだ。それに、流暢にナパス語を話す怪物。セラはそのことが不愉快でならなかった。
「ふざけないでっ! 絶対、助ける!」
「拘束解除!」
 サパルの声。するとセラの拘束が解かれた。
「なにっ!?」
「僕の前に拘束は無意味だ。セラ!」
 虚を突かれた黒エァンダを衝撃波のマカで吹き飛ばすセラ。立ち上がると、一瞬ためらってから英雄の苦悩を、意気を、誇りを、抜いた。
 こうなってしまった以上、止めなければならないのだろうと。

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