碧き舞い花

御島いる

163:洒落にならない嘘

 全身を痙攣させながらも、踏み止まるプライの背後。そこには初めの二体の一方の気配があった。納得のいくものだった。プライともあろう強者でも背を向け、父を守ることで精一杯だったのだ。
 セラは剣の柄を強く握りしめながらも、プライ親子に手を触れ、プライに負担を掛けないようにそれはそれは慎重に渡界術を使ったのだった。


 彼女が選んだのは市場の人々が避難する高台だった。その中でも人々の固まりから距離を取った場所だ。
 ズィーが言うには、ここにキテェアがいる。戦いよりも、彼女にプライを診てもらうことを優先したのだ。
「プライ!……プライ!……」
 ゆっくりとプライを横にさせながら、セラはキテェアの存在を目一杯探った。横で息子に向かって叫ぶ父親の声など意に介さない。
「いたっ!」
 彼女は跳んで、すぐに戻った。
 キテェアはセラとの再会とナパード酔いに浸ることなく、命辛々の副隊長の姿に驚いた。「プライさんっ!!」
「セラちゃん、さっきの場所に道具がある。取ってきて」
「はい」
 言われた通りに、彼女はキテェアの医療道具を一式持ってくる。すぐさまキテェアの処置が始まる。
「なぜ助けた! 死の覚悟はできて――」
「黙、れっ……」
「喋らないで、プライさん!」
「……」
 言われたプライは、父から視線を外した。向いた先はキテェアの手伝いをはじめようとしていたセラだ。
「セラ……ジュラ、ンを…………見つけろっ……」
「!?」セラはその言葉に眉根を寄せた。「ジュランは……死んだって…………」
「意志だ、っ。……言っ、た……ろ、今頃……呑っ……気に、寝てるってな」
 嘘だったのだ。
 とても洒落にならない嘘だったのだ。
 理解したセラは文句の一つでも言いたかったが、強く頷くだけにとどめた。
 一度、戦場へと目を向けるセラ。それから、深く呼吸をして目を閉じた。
 どこにいるか分からないジュランを探すには超感覚では果てしなく不可能。今、気読術の真価が問われる。
 世界全てとなると不安定だが、場所を特定して使うことでセラの気読術もかなりの精度だ。今さっき見下ろした戦場が瞼の裏に映る。
 ズィーも、エァンダも、サパルも、はたまたデラヴェスも力の限りを尽くしている。今となっては将軍も死神を狙うことはないようだ。余裕がないと見える。
 破界者から生まれた最初の二体は、一方はエァンダと。もう一方は先程まで彼女たちがいた場所を起点に戦士たちを殺し回っている。そして、目が合った。
 突然の出来事に彼女は目を開いた。今、目が……? 彼女が思うと同時に、城で感じた冷たい気配が肌を震わせた。再び目を閉じ、意識を向けると、それは彼女に向かって来ていた。高台へと。
 彼女の背後には幾人もの人々。意識を向けるまでもなく感じる怯えや不安、それと、ある感情。
 ともかくこのままではマズイ。急いでジュランを探しに、この場を離れなければ。彼女がビュソノータスの方々へと感覚を向けようとしたその時、向かっていた生物に立ちふさがる人影が見えた。
 紅。
 セラは微笑みと共に息を吐いた。
「くそ、八羽教の奴らめ」
「どうしてこんな……ひどい……」
「憲兵さんたちが頑張ってくれるよね……?」
「そうね。応援しないとね」
 背後から感じる怯えと不安とは違う感情。八羽教への憎悪。
 プライを彼らから離れた場所に連れてきたのは正解だったと、セラは思った。彼らはこの戦いを起こしているのが八羽教だと考えているのだ。そんなところに回帰軍副隊長だった男が現れればどうなったことか。
 その偽りの憎しみを取り払うためにも、彼らの考えを改めるためにもジュランの登場は必要不可欠だとセラは考える。
 デラヴェスとサパルは一度凝り固まった民意は相当なことがなければ覆らないと言っていた。
 それはつまり、相当な出来事があれば変えられるということだと、セラは捉えていた。
 偽りの種から出来た雑草地を、花畑へと変えるための最初の一輪。それがジュランだと、彼女はぼんやりと感じはじめていたのだ。
 そして、その思考が彼女を彼のもとへと導く。
 限界まで拡張された感覚で彼女が最初に探した場所に、探すべき人はいた。それはもしかしたらエァンダの言う勘だったのかもしれない。
 思いながら、彼女は跳んだ。

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