碧き舞い花

御島いる

160:呆気ない幕切れ

「俺たちがあいつに隙を作る。その瞬間にズィーに首を斬ってもらう。あいつの太刀筋、きれいだろ?」自分の首に横に手を振りながら言うエァンダ。「スパッと」
「うん。ズィーなら」
「確かに。彼ならできそうだ。しかもあのときの『夜霧』の指揮官と同じ力だろ、あれは。尚更適任と言える」
「いくぞ」
 三人は揃って破界者とズィーに向かって行く。
 最初に到達したのはエァンダだ。二人の間に割って入る形で破界者の腕を後ろ手に止める。セラのサファイアはエァンダの口が動いたのを見た。隙を作る、首を狙え。
 頷くズィプをしっかりと見つめると、反転。エァンダは破界者と命のやり取りを始める。
 そこにプライが飛翔しながら割り込み、破界者の大腿を斬り裂いた。
 破界者はエァンダの剣を防ぎながら反対の腕の関節をぐるり回し、プライの背中を狙う。しかし、天原族は空中での戦いに適した体を持っている。
 プライは空中、その場で宙返りをして破界者の反撃を躱すと、そのままの流れで破界者に真っ直ぐと二本の剣を振り下ろした。
 破界者の背中に二本の筋が入る。
 深緑の体液が吹き出し、すぐさま止血される。
 着地したプライはその場でしゃがみ、頭上、斜め上からオーウィンが真っ直ぐ駿馬の勢いを持って現れた。
 セラだ。
 彼女は先陣を二人に任せて、あえて戦士たちの合間を縫って破界者から距離を取り、建物の壁を軽快に、それも駿馬の技術を使って蹴って破界者に強烈な一撃を浴びせようとしたのだ。
 思わくば、その一撃で破界者を仕留める心意気で。
 グヂャリ――。
 オーウィンが深く、破界者の心臓を背後から貫いた。
 しかし、破界者が命尽きる気配はない。むしろ、口を利く余裕まであった。
「心臓を貫かれて死ぬノハお前ラ、ダ、ろ?」
 顔の歪みが口を通り過ぎて、喉元まで広がった。そのせいなのか、濁った声がさらに、不気味な音色を奏でる。
「セラ!」サパルの声がした。
 と思うと、彼女はブーツ越しに足場を感じた。下にいるプライではない。閉じた扉だった。少し離れたところで鍵束の民が鍵を構えていた。
 友の出現させた扉を足場に破界者の頭を超える跳躍をするセラ。その時抜かれた剣に続いて大きく血が噴き出した。プライは避けるように後転で距離を取った。
 そして、エァンダが二人に変わるようにズィーと共に、二人してナパードで現れた。
 破界者を含めた三人の周りに紅と群青が共演する。
 ルビーとエメラルドが互いに睨むがごとく見つめ合う。
「ビズの弟子なら決めろよ!」
「ああ!」
 エァンダが破界者の脚を一本、見事に斬り離した。そして、残った脚を払う。
 そのことで体勢を崩し、斜めになった破界者。心臓に合わせ脚の修復が開始される。
 歪みが、鎖骨、肩甲骨まで広がる。 
 追い撃ちとばかりにタェシェを斬り返すエァンダ。破壊者の腕が飛んだ。
 破界者はなす術をなくしたと言ってよかった。
 ほぼ水平になったその首めがけて、淡く輝くハヤブサが急降下。
 あまりに真っ直ぐに、容赦なく振り下ろされたスヴァニは高音と共に空気を裂き、そのまま破界者の首を音もなく通り過ぎた。
 斬れたのか、斬れていないのか。
 その光景に戦場までもが息を呑んだ。
 ただ一人、いや、二人を除いて、破界者の生死を見極めようとしていた。
「んぬあっ!」
「ふっ……!」
 白き槍が黒き剣と交わる。静まった戦場に甲高い音を響かせる。ちょうどそのとき、思い出したように破界者の首にきれいな斬り筋が入り、ぽとりと胴体から離れた。
「おいおい、将軍殿。まだだろ?」
「そうだ。奴がいなくなれば、貴様の番だ」
「違うっ、まだなんだよ!……どっちかていうと、悪くなった。最悪だ」
「何? 何を言っている、貴様」訝しむデラヴェス。
「サパル! 破界者は死んだ! 気配はない!」
 エァンダの怒号。
 彼の言う通り、セラにも破界者の気配は首が離れると同時にぱったりと消えたように思える。それも故意に消しているのではなく、絶命。完全に命が消えた。
 それでも兄弟子の怒号に、いくつかに斬り分けられた破界者の死体に意識を集中させた。慣れない気読術ではなく、超感覚だ。
 とくん、とくん……。とっくん、とっくん……。
 何かの鼓動。それも、一つではない。
 トクン、トクン……。トックン、トックン……。
 次第に大きくなる。
 ドどクン、どックん、どッくンドド……!
「だが!――ズィー! 離れろ!」
 その叫びに真っ先に動いたのセラだった。ズィーは意味を理解できずにキョトンとしていた。
 彼女は駿馬と共に碧き花を散らし、ズィーに体当たり。がむしゃらだった。
「どわぁっ……」
 地面に転がる二人。
「なんだ……?」
 ズィーが覆いかぶさるセラごしにさっきまでいた場所に目を向ける。
 セラは目を向けなくとも把握できる。
 何かが、いる。
 破界者ではない、何かが。


 破界者の呆気ない幕切れは、異空史に名を残す大戦争の幕開けとなる。そのことをこの時点で予想した者はいなかったことだろう。

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