碧き舞い花

御島いる

149:思い出されるあの日

 手枷は始まりの悪夢を思い出させる。あまりいいものではない。
 異空のため、ビュソノータスのためとセラは心に鞭を打つ。
「サパル殿。そやつは?」
 上質な布が張られた椅子に納まる大柄の男。ビュソノータスを治めることを任された『白旗』の将、デラヴェス・グィーバ将軍だとサパルは言っていた。
 ビュソノータスとは思えない煌びやかさと彩りで満ちた『白旗』の拠点である城。似て非なるものだが、城という場所もまた彼女にあの日の光景を思い出させる。
「市場で八羽教の古い名を口にしたとみられる少女です」
 セラの後ろに添うように歩くサパルが応えた。
 猛禽類を思わせる瞳がセラ見つめる。「ほう」
「捕えているプライという者と面会させてみてはどうでしょう。新たな事柄が分かるかもしれませんよ」
「ふん、おいおいな」
 デラヴェスは興味なさげだった。
 それもそうだろう。『白旗』たちにとって回帰軍は三部族もといビュソノータスを支配するために必要な仮初めの悪でしかない。セラがサパルから訊いたところによれば、今現在彼ら自体は八羽教を追っていないのだという。執拗なのは三部族の方だと。
「それよりも、死神はどこへ行った? 我らを探る者に逃げられて、あやつも逃げたのか?」
 死神。『世界の死神』というのがエァンダ・フィリィ・イクスィアの通り名。破界者を追ううちに彼が訪れた世界が壊れるのだと勘違いされて名付けられたそうで、本人はなぜサパルには付かなかったのかと不満を漏らしていた。
「偵察者に逃げられたことは申し訳ないと思っています。しかし、破界者に関していえば、僕たちは全力です。この地で破界者を追う旅を終わらせたいと思っているのでね。見つかり次第、全戦力を向けてください」
「ふん。全戦力。我らの武力を侮ってもらっては困るな」
「それはこちらの台詞です。破界者を侮ってはいけません」
 二人の男の視線がぶつかり合う。協力関係とは形だけ、『白旗』は支配したばかりの世界を手放すことを避けるために、サパルとエァンダを利用しているのだ。
「……では、僕はこの少女を牢へと連れて行きますから」
 サパルはセラを連行しようと彼女に出口を示す。それに従うようにセラが歩き出した時だった。
「待て」デラヴェスが二人を呼び止めた。「その手枷はサパル殿が?」
「そうですが。何か? 鍵は僕が扉の中に厳重に保管していますし、このような少女の力では破壊することも出来ないものです」
「念のために『幻想の狩り場』のものに変えるとしよう」
 言いながら純白の布を懐から取り出すと手を覆う将軍。そして数秒。将軍が手の上から布を取り除くとそこには黒い靄を纏った手枷が載っていた。
「市場から忽然と姿を消したという情報がある。死神と同種の者かもしれんからな」
「……分かりました」
 サパルはデラヴェスから手枷を受け取り、セラに付けていたものと取り換える。
「――!?」
 突端、セラの背筋に悪寒が走り、内臓が浮き上がる感覚を覚えさせる。頭に何かが引っ掛かり、気持ち悪く、不安。
 ナパードができない。
 彼女がこの状況に陥ったのはこれで三度目だった。前回はマグリアの洞穴、そして前々回はあの日だ。つくづく悪夢を思い出させようとする。
「よし、連れていけ」
 サパルは頷き、セラの後ろにピタリとついて部屋を出た。


「ごめんよ。考えていた中で一番最悪なケースになった」
 デラヴェスの部屋を出て長いこと沈黙していたサパルが小声で言う。
「呪具の鍵はデラヴェスが持ってるから、もちろん作戦は変更だ。少しの間、セラには牢屋に入っていてもらうことになる。ごめんよ」
「大丈夫です。わたし、待ってますから。必ずみんなと、来てください」
 当初のサパルの作戦はこうだった。
 セラは捕らわれたフリをしてプライのもとへ行き、プライと共にナパードで逃亡。
 エスレがエリンのもとで身を隠すための条件として探っていた八羽教。彼らが裏で集会を開いているという情報をもとに、エァンダを中心に捜索、協力の提案。そこへのセラとプライの合流。
 そして、破界者までも利用。
『白旗』は限界まで支配した世界を守るために戦う。もちろんセラたちや回帰軍の戦士たちもビュソノータスのために戦う。三つ巴の戦いへと発展させたのちに破界者、『白旗』両者をビュソノータスから退ける。
 万事がうまくいくことはないと前置きをしながらも、サパルはこの地で破界者を仕留めることができると確信していると作戦説明の最後に付け加えていた。今までこれほど多くの戦力を持って破界者に挑める状況に出くわしていれば、どれだけの世界を守れたことか。と、目を伏せながら。

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