碧き舞い花

御島いる

139:無駄

「あの……これじゃ、わたしだけが瞬間移動について訊くのは、不公平ですよね」
 別の円筒状の建物の広間で、チャチはオルガの額を開けて申し訳なさそうにしている。ただしその目は好奇心に輝いている。
「……教えるのは構わん」ゼィロスが言う。「だが、どうにかしてこちらも情報が欲しい。セラ、ズィー」
「なに?」
「なんだ?」
「二人でドクター・クュンゼの説得を試みてくれ。俺はチャチと話してくる」
「俺たちで? 冗談だろ? どうみたって無理そうだったじゃん」
「じゃあ、他に何か考えがあるの、ズィーには?」
「ぇ? ねぇけどさぁ」
「じゃ、行こっ。止まってなんていられないんだから」
 セラは金属的な床を闊歩していく。後ろからはズィーがついてくるのが感じられる。溜め息も。


 プスーン……。
「クュンゼさん?」
 自動で開いた引き戸の外から、セラは覗き込むように部屋の中を見た。彼女にしてみればドクターがどこにいるのかは、一目見るより早くわかることなのだが、それでは失礼だと思ったのだ。
 わざと視線を巡らせて、彼女は目的の場所に目を留める。
 ドクター・クュンゼは機械人間から降りていた。配線の奥に手を伸ばしているようだ。
「手伝うぜ、小さなじいさん」
 セラの後ろから来たズィーは部屋の中に入ると、配線を軽く指先で持ち上げた。彼女たちにとっては造作もない作業だが、小人にとっては重労働だ。
 そしてその反対も。
「うわっ、細かっ!」
 ズィーの後ろからセラも覗くと、クュンゼの小さな手がたくさんのボタンがついた装置をいじっていた。彼女たちでは決して操作できるものではない。
「それは、何をやっているの?」とセラは訊く。
「手伝えば協力すると思っているなら、やめておけ。そう単純なことではない。これが終わったら出てってくれ、忙しいんだ」
「何がそんなに忙しんだ? 機械いじりっていつもやってんじゃないの?」
「これは手段なのだよ」
「手段? じゃあ、目的が別にあんの?」
「科学者としての務めを果たすことじゃ。ほれ、終わった。もう下げてよいぞ。そして、出てってくれ」
「ちょっと」ズィーは配線を下ろす。「その勤めってヤツだけでも教えてよ、じいさん」
「わたしたちも異空のためにやらなくちゃいけないことがあるんです」
「それはさっき聞いて分かっている。だが、俺も異空のためなのだ」
「え? じゃあ、俺たちが手伝った方が早いんじゃねえの?」
「いいや、駄目だ。これは俺の務めだ。自ら犯した罪への贖罪なのだからな」
「贖罪? どういう意味ですか?」
 セラは訊く。協力への糸口が見つかりそうだ。
「贖罪ってのは罪を償うってことだろ? じいさん、何かやらかしたのか?」
「話してやってもいいが、協力を仰ぐことはせんぞ? つまり、お前らに協力することもな」
「あー、わかったわかった。いいから話して」
 ズィーの投げやりな態度に溜め息を吐くクュンゼ。二人を見上げ。
「俺は怪物を放ってしまったのだ」
 クュンゼは傍で腰を低くした姿勢になっていた機械人間に乗り込む。
「渡界人に協力する見返りに、様々な世界の生体サンプルを提供してもらった。霊長たる生命体を造るためにな」
「怪物を放ったってことは完成したんだ。んで、逃げられたと」
「馬鹿を言え! 完成などしておらんぬっ! 不完全故に怪物なのだ……!!」
 小人の識者の鬼気迫る表情にセラは息を呑んだ。
 その音は研究室の機械たちが出す小さな駆動音たちの中に割って入って、消えた。
「さあ、出て行ってくれ。俺の話は終わりだ。お前らでも理解できるだろ? 俺の務めが何なのか」
 自らが放ってしまった怪物を、自らの手で始末する。それが彼の責務。セラにも理解できた。その想いは尊敬に値することだろう。しかし、彼女は退かなかった。
「その怪物は、どれくらい危険なんですか?」
 ドクターが怪物と呼び、自ら始末をつけようとする生命。安全なはずがない。
「話してどうなる? お前らが戦うわけではない。出ていけ」
「そうだとしても、その怪物が今どこかの世界の人達を苦しめてるかもしれない……」
 彼女は守るために戦うと決めたから。
 放っておけるわけがない。
 知ってしまったからには、今にでもまだ見ぬ怪物を止めに行きたい。
「わたしたちに協力してもらわなくてもいい……でも、わたしたちに協力させて」
「お前は話を聞いていなかったのか?」クュンゼは作業に戻る。「時間の無駄だ、出ていけ」
「そうだ、セラ。俺も、話し訊くために協力しないって言っちゃったしさ。戻ろう」
 ズィーがセラの手を取り研究室を出ようとするが、セラは抵抗する。「駄目! そもそも、わたしたちは伯父さんに説得するよう頼まれたんだよ? 全然説得してないっじゃんっ!」
「無駄だろ、説得なんて」
「ズィー! ズィーはいいの? もしかしたら、ズィーがお世話になった人たちが危険かもしれないんだよ?」
「分かってるよ、そんなことは。だから、無駄なんだろ、説得なんて」
「え?」
「止まってなんていられないんだろ? じゃあ、行こうぜ。時間がもったいない」
「ズィー……」
 セラはそのままズィーに手を引かれて研究室を出ることとなった。すっと、力が抜けて。
 そして、ズィーは最後に悪戯っぽく、クュンゼに言い残した。
「俺たちが知らない間に怪物倒しちゃってても、それは協力じゃないだろ?」

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