碧き舞い花

御島いる

133:舞い戻り、始まりの地。

 開拓士団の面々に主にズィーが別れを告げた後、二人は魔導書館司書室に赴いた。
 そこには部屋の主であるヒュエリではなくユフォンがいた。
「やあ、二人とも。挨拶回りお疲れさん。ヒュエリさんは禁書に行ってるよ。僕を放って置いてさ。ははっ」
「そっか。じゃあ、邪魔しない方がいいよね」
 セラが言うと司書室に沈黙がやってくる。
「おいおい、なんで誰も喋んないの!?」
 ズィプが慌てたように音を出す。
「ああ、ごめんよ。今度はいつ会えるかなって考えてたんだ。……またね、二人とも」
「うん」
「ああ」
 二人の返事を訊くと筆師は『紅蓮騎士』をしっかりと見つめる。「ズィプ。僕もそのうち一緒に旅できるようになってみせるけど。その時まではセラを君に任せるよ。しっかり守ってくれよ?」
「ユフォンが入る隙、なくなってるかもな?」ズィーは肩を竦めて見せる。
「言ってくれるなぁ。そこまで言うんだから、何があってもセラを守ってもらわないと」
「ああ、もちろん。命に代えてもな!」
 堂々と言ってのけるズィー。セラはそんな彼に肩を抱かれた。「ちょっと、ズィー!?」
 いきなりの出来事に頬を染める彼女だったが、すぐに息を呑む。瞳に映るのは決意に満ちた面持ちの幼馴染。
「もう二度と、離れる気なんてない」
「……」
「僕だって、必ず隣に立ってみせるよ」
 ユフォンの声も、表情も、強い意志を感じさせた。
 二人の男の視線はぶつかり合う。だがそこに敵意がないのは傍から見ているセラにも分かる。二人とも、微笑みを湛えているのだ。
 それから先ほどの沈黙よりも長い静寂。
 ついに耐え切れなくなったセラ声を発する。「えっと、そろそろ……」
「ああっ……!」
「ははっ……!」
 ズィーがセラを解き、場がほぐれる。
「ま、またね、ユフォン。マカの修行頑張って」
「うん、二人も頑張って」
 三人は互いに頷き合い、セラがズィーの手を取って、跳んだ。
 もちろん、碧き花を散らして。


 彼女が手を取って跳んだのだから二人の行く先は当然、アズだ。
 セラフィにとっての始まりの地、アズ。
 その小さな世界は今日も静かだった。小川のせせらぎと、森の方から聞こえてくる小鳥たちのさえずり、それだけに包まれた世界。
 今は夜が明けたばかりのようだったが、そうでなくとも、セラの記憶しているアズはその程度の静けさを持つ。
「へぇ、ここがアズか」
 ズィプガルの声がよく通る。
「ゼィロス伯父さんきっと驚くよ、ナパスの民と一緒なんて」
 セラは先導して伯父、ゼィロスの住処である小屋に入った。
「ゼィロス伯父さーん!……?」
 入ってすぐの部屋に伯父の姿を認められなかった彼女は奥にある浴室にまで届くように声を張ったのだが、ゼィロスを探るため同時に高めた超感覚で彼とは異なる者の存在を捉えたのだ。
「伯父さんじゃない、誰かがいる」
 声を潜めてズィーに言う。そして、そのものがいる浴室に向かって、ゆっくりと歩を進めていく。その手をオーウィンの柄に掛けて。
 そんな彼女の姿を見て、ズィーもスヴァニに手を掛けて続いてくる。「危険そうか?」
「たぶん大丈夫だと思うけど、念のため」
 浴室の前まで来た二人はそこで一旦止まり、目配せをするとセラがゆっくり浴室の扉を押し開けた。
 何者かが振り向く気配を彼女は感じた。
「ん?」
 ズィーに頷くと、勢いよく浴室に入った。
「ズエロスかぁ、あああっ!!?」
 何者かは大きな一つの目を見開いて浴槽に跳び込んだ。浴槽には水が張られていて、激しく飛沫を散らした。
「ぅわっ」
 セラは軽く仰け反った。
 後ろからズィーが彼女を支える。「だいじょぶか」
「うん」
 二人は揃って浴槽を覗き込んだ。
 すると、そこには大きな目が一つ、パチクリと辺りを見渡すように動いていた。
「うわっ、なんだ、気持ちわりぃ……」
「……えっと、聞こえる?」
「おい、セラやめろよ」
「でも、さっきゼィロス伯父さんのこと知ってみたいだったし」
「はぁ? ゼィロスなんて言ったか? だとしたら相当訛ってたぜ?」
「……あなたは、誰? ゼィロス伯父さんを知ってるの? わたしは伯父さんの姪のセラフィ」
「……セラフィ。さいか!」
 ばしゃんっと大きな音を立てて、何者かが水中から姿を現した。
 その姿はセラが翌日ホワッグマーラでヒュエリから聞いたものと相似している。
 大きな一つ目、くちばしのような口、そして緑の肌はヌメヌメと光りを照り返していた。
「わしはカッパ・カパ・カッパー。クァイバルより参った。テングの友ぞ。よかぁ!」
 なんと、緑のお化けの正体はクァイバルの住人、カッパだったのであった。

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