碧き舞い花
131:帝居での出来事
「セラちゅぁあ~んっ!!」
突然、ヒュエリ一人と幽体ヒュエリ一体が一方は地に足を着けて、一方は宙に浮かんでセラに向かって物凄い速さで迫ってきた。
「うわぁっ!?」
そのまま二人のヒュエリがセラに抱き付いた。その勢いでセラはよろめく。
「……ど、どうしたんですか。ヒュエリさん?」
「ぅぅ……」ヒュエリは二重の潤んだ声だ。「緑の、ヌメヌメの、目が一つしかない鳥が……!! 水溜りからぁ~……うぅ、あれは、お化けでしょうかぁ!?」
自分のことは棚に上げるヒュエリにセラとユフォンは苦笑だ。
「ええと……落ち着いてください。まずは、幽体を戻しましょう、ヒュエリさん」
ユフォンが極めてゆっくりと、動転する師匠に言い聞かせた。
「ぅぅ……はいぃ……」
ヒュエリがセラに抱き付いたまま一人に戻る。そこへジュメニの声が聞こえてきた。「ヒュエリーっ!」
シューロとの戦いの疲労が完全に抜けていないのだろうか、少しばかり苦しそに走ってきたジュメニ。
「相変わらず、足、速いな……もう、緑のやつも、追ってきてない……」
「あの、ジュメニさんまで、どうしたんですか?」
抱き付くヒュエリを優しく剥がしながら、セラが尋ねる。
「ああ、そこらの警邏隊員よりセラちゃんの方がいいかもな、ちょっとついて来て、人が倒れてて、ヤーデンさんに負けた人」
ロマーニ・ホルストロ。気の抜けた男。
人が倒れてるだけなら、警邏隊でいいはずのところをセラに頼むところ。何かがあるのだろうとセラは快諾してジュメニについて行く。それにヒュエリの言う緑のお化けというのも気になってはいた。
「ほら、ヒュエリさんも行きますよ」
「うえぇ~……!? 戻るんですか!? また、またあの緑のヌメヌメがいたらどうするんですか!?」
踏ん張るヒュエリをユフォンが引きずりながらセラの後ろに続いた。
ジュメニに連れ立った場所は大広間のいくつもある出入口の一つから少し離れた、角を一つ折れたところのひと気のない廊下だった。
「あれ? ドルンシャ帝?」
そこには床に伏すびしょ濡れの男を見下ろすように立つ帝の姿があった。ジュメニが声を掛けると、ふらついて壁に手をついた。
「! 大丈夫ですか?」
ジュメニが支えるように寄り添う。
「あ、ああ、すまない。俺としたことが、酒を飲みすぎたかな。もう、大丈夫だから……」
言ってジュメニから離れると、ふらふらとした足取りで去っていくドルンシャ帝。
「そっちは広間じゃないんじゃ……」
彼の進む方向が大広間とは逆だったことにセラは少し疑問を感じながらも、帝居の住人である彼の方が建物に詳しいだろうと、今は目の前で倒れているずぶ濡れのロマーニだろうと、それ以上言わなかった。
「いやぁ~! 緑の! ヌメヌメの! 鳥ぃ!」
後方から遅れてユフォンとヒュエリがやってきた。途中でセラたちと分かれて呼んできた警邏隊員も一緒だ。
「ヒュエリ、もういないよ」
「ぅぅ……そうですか?」
ロマーニを軽く揺すりながら言うジュメニに、ヒュエリは恐る恐る辺りを見渡している。
そんな彼女はユフォンに任せて、セラもロマーニと彼の周辺に目を向ける。
帝居の床は毛足の長い絨毯が敷かれているが、それが濡れるを通り越して浸っているという表現の方が正確なほどで、まさに水浸しの状態だった。ヒュエリの言葉通り、水溜りがいくつも出来ている。
「この人、水を使う魔闘士でしたよね? 自分でこれを? 試合のときみたいに」
セラは彼がヤーデンとの試合で、巨大な水の塊を出現させたが、放つことなく倒れた光景を思い出して、ジュメニに訊く。
「だとしたら、なんのため?」
「私はこの辺りを巡回しておりましたが、確かつい先ほどドルンシャ帝と会われていましたが」
警邏隊の男が言う。この場にいるのが名の知れた人物ばかりだからだろう、警戒せずに協力的だ。
「ああ、さっきまで確かにおられた。わたしたちも会った……」
ジュメニはそこで言葉を止めて、警邏隊員に視線を向けた。
「先ほどとはどれくらい前だ? 会っていたのは?」
「十分ほどですかね」
「ジュメニさんたちがわたしたちのところに来たくらい……。ってことは、この人は一度起き上がってドルンシャ帝と話して、また倒れた? だとしたらドルンシャ帝はどうして行っちゃたんですかね。確かに気分が悪そうでしたけど……わたしたちが来たから、ですかね?」
セラはジュメニに小首を傾げる。すると彼女は頷いてロマーニに目を向ける。
「彼に訊いてみよう。起きそうだ」
彼女の言う通り、伏していたロマーニの体が動く。もさもさとゆっくり、小さな唸り声を上げながら彼は腕をついて体を起こす。
「無理しないでください」
セラはずぶ濡れの男をそっと支える。
「……ぁうぁっぁ……」
ローマニは目を細めて辺りを見渡す。その視線がジュメニで止まる。
そんな彼と目を合わせ、ジュメニが問う。「ここで何があった? ドルンシャ帝とは何を話したの?」
「あ、あと、あの緑のヌメヌメの一つ目の鳥人間は何ですか?」とヒュエリが付け足す。
「……」
魔闘士は何も答えない。
そもそも、セラたちは彼の声を一度しっかりと聞いたことがない。会話ができるかどうかも分からない。
そんなことを彼女たちが思っていたところに、少し高めの声が発せられる。
「一体何が? 大体、ここはどこですか? 僕のような人間がドルンシャ帝と話せるわけないじゃないですか。それに、緑の? 何を言っているか分かりません。……僕のような人間が、ジュメニさんやヒュエリ司書のお世話になることなんてもったいないっ」
「?」その場にいたロマーニ以外の人間が眉をひそめて彼を見つめた。
男はそそくさと立ち上がって警邏隊の男に訊く。
「出口は、どこでしょうか……すいません。酔ってしまったのでしょうか? 勝手に入ってすいませんでした」
「いや、ちょっと待ってください」
彼を制止したのはユフォンだ。
「僕はあなたに取材した筆師です。覚えてますか? あなたは何も答えなかったけど……」
「筆師? なんで筆師は僕に取材を? それに、僕が何も答えないなんて、そんな滅相もない……」
「……あなたは、ロマーニ・ホルストロさんですよね? 魔導・闘技トーナメント予選十三位の」
「はいぃ?」素っ頓狂な甲高い声を上げるロマーニ。「確かに僕はロマーニ・ホルストロですが……魔導・闘技トーナメント? 僕が? お二人のような方々まで、僕を弄んでいるんですか? 僕は何か悪いことをしたのでしょうか?」
ヒュエリとジュメニに目を向けるロマーニ。その顔は自虐的だ。
「悪いことはしていないと思います。わたしたちも、少し混乱しています」
ヒュエリが不安そうな表情で優しく声を掛ける。そしてジュメニの耳元で小さく。
「ブレグさんを呼んで警邏隊本部で事情を聴いた方がよさそうだよ」
「そうだな。ドルンシャ帝にも話を訊けるか、ジイヤさん頼んでみよう」
「あ、あのぉ~……ほんと、ここはどこなんでしょうか?」
ヒュエリとジュメニの会話の合間にセラはロマーニに問われた。そして事実をそのまま伝える。「帝居ですよ」
すると男は息を呑み、そのまま「ていきょぉ~……」と言いながら気を失って倒れてしまった。
突然、ヒュエリ一人と幽体ヒュエリ一体が一方は地に足を着けて、一方は宙に浮かんでセラに向かって物凄い速さで迫ってきた。
「うわぁっ!?」
そのまま二人のヒュエリがセラに抱き付いた。その勢いでセラはよろめく。
「……ど、どうしたんですか。ヒュエリさん?」
「ぅぅ……」ヒュエリは二重の潤んだ声だ。「緑の、ヌメヌメの、目が一つしかない鳥が……!! 水溜りからぁ~……うぅ、あれは、お化けでしょうかぁ!?」
自分のことは棚に上げるヒュエリにセラとユフォンは苦笑だ。
「ええと……落ち着いてください。まずは、幽体を戻しましょう、ヒュエリさん」
ユフォンが極めてゆっくりと、動転する師匠に言い聞かせた。
「ぅぅ……はいぃ……」
ヒュエリがセラに抱き付いたまま一人に戻る。そこへジュメニの声が聞こえてきた。「ヒュエリーっ!」
シューロとの戦いの疲労が完全に抜けていないのだろうか、少しばかり苦しそに走ってきたジュメニ。
「相変わらず、足、速いな……もう、緑のやつも、追ってきてない……」
「あの、ジュメニさんまで、どうしたんですか?」
抱き付くヒュエリを優しく剥がしながら、セラが尋ねる。
「ああ、そこらの警邏隊員よりセラちゃんの方がいいかもな、ちょっとついて来て、人が倒れてて、ヤーデンさんに負けた人」
ロマーニ・ホルストロ。気の抜けた男。
人が倒れてるだけなら、警邏隊でいいはずのところをセラに頼むところ。何かがあるのだろうとセラは快諾してジュメニについて行く。それにヒュエリの言う緑のお化けというのも気になってはいた。
「ほら、ヒュエリさんも行きますよ」
「うえぇ~……!? 戻るんですか!? また、またあの緑のヌメヌメがいたらどうするんですか!?」
踏ん張るヒュエリをユフォンが引きずりながらセラの後ろに続いた。
ジュメニに連れ立った場所は大広間のいくつもある出入口の一つから少し離れた、角を一つ折れたところのひと気のない廊下だった。
「あれ? ドルンシャ帝?」
そこには床に伏すびしょ濡れの男を見下ろすように立つ帝の姿があった。ジュメニが声を掛けると、ふらついて壁に手をついた。
「! 大丈夫ですか?」
ジュメニが支えるように寄り添う。
「あ、ああ、すまない。俺としたことが、酒を飲みすぎたかな。もう、大丈夫だから……」
言ってジュメニから離れると、ふらふらとした足取りで去っていくドルンシャ帝。
「そっちは広間じゃないんじゃ……」
彼の進む方向が大広間とは逆だったことにセラは少し疑問を感じながらも、帝居の住人である彼の方が建物に詳しいだろうと、今は目の前で倒れているずぶ濡れのロマーニだろうと、それ以上言わなかった。
「いやぁ~! 緑の! ヌメヌメの! 鳥ぃ!」
後方から遅れてユフォンとヒュエリがやってきた。途中でセラたちと分かれて呼んできた警邏隊員も一緒だ。
「ヒュエリ、もういないよ」
「ぅぅ……そうですか?」
ロマーニを軽く揺すりながら言うジュメニに、ヒュエリは恐る恐る辺りを見渡している。
そんな彼女はユフォンに任せて、セラもロマーニと彼の周辺に目を向ける。
帝居の床は毛足の長い絨毯が敷かれているが、それが濡れるを通り越して浸っているという表現の方が正確なほどで、まさに水浸しの状態だった。ヒュエリの言葉通り、水溜りがいくつも出来ている。
「この人、水を使う魔闘士でしたよね? 自分でこれを? 試合のときみたいに」
セラは彼がヤーデンとの試合で、巨大な水の塊を出現させたが、放つことなく倒れた光景を思い出して、ジュメニに訊く。
「だとしたら、なんのため?」
「私はこの辺りを巡回しておりましたが、確かつい先ほどドルンシャ帝と会われていましたが」
警邏隊の男が言う。この場にいるのが名の知れた人物ばかりだからだろう、警戒せずに協力的だ。
「ああ、さっきまで確かにおられた。わたしたちも会った……」
ジュメニはそこで言葉を止めて、警邏隊員に視線を向けた。
「先ほどとはどれくらい前だ? 会っていたのは?」
「十分ほどですかね」
「ジュメニさんたちがわたしたちのところに来たくらい……。ってことは、この人は一度起き上がってドルンシャ帝と話して、また倒れた? だとしたらドルンシャ帝はどうして行っちゃたんですかね。確かに気分が悪そうでしたけど……わたしたちが来たから、ですかね?」
セラはジュメニに小首を傾げる。すると彼女は頷いてロマーニに目を向ける。
「彼に訊いてみよう。起きそうだ」
彼女の言う通り、伏していたロマーニの体が動く。もさもさとゆっくり、小さな唸り声を上げながら彼は腕をついて体を起こす。
「無理しないでください」
セラはずぶ濡れの男をそっと支える。
「……ぁうぁっぁ……」
ローマニは目を細めて辺りを見渡す。その視線がジュメニで止まる。
そんな彼と目を合わせ、ジュメニが問う。「ここで何があった? ドルンシャ帝とは何を話したの?」
「あ、あと、あの緑のヌメヌメの一つ目の鳥人間は何ですか?」とヒュエリが付け足す。
「……」
魔闘士は何も答えない。
そもそも、セラたちは彼の声を一度しっかりと聞いたことがない。会話ができるかどうかも分からない。
そんなことを彼女たちが思っていたところに、少し高めの声が発せられる。
「一体何が? 大体、ここはどこですか? 僕のような人間がドルンシャ帝と話せるわけないじゃないですか。それに、緑の? 何を言っているか分かりません。……僕のような人間が、ジュメニさんやヒュエリ司書のお世話になることなんてもったいないっ」
「?」その場にいたロマーニ以外の人間が眉をひそめて彼を見つめた。
男はそそくさと立ち上がって警邏隊の男に訊く。
「出口は、どこでしょうか……すいません。酔ってしまったのでしょうか? 勝手に入ってすいませんでした」
「いや、ちょっと待ってください」
彼を制止したのはユフォンだ。
「僕はあなたに取材した筆師です。覚えてますか? あなたは何も答えなかったけど……」
「筆師? なんで筆師は僕に取材を? それに、僕が何も答えないなんて、そんな滅相もない……」
「……あなたは、ロマーニ・ホルストロさんですよね? 魔導・闘技トーナメント予選十三位の」
「はいぃ?」素っ頓狂な甲高い声を上げるロマーニ。「確かに僕はロマーニ・ホルストロですが……魔導・闘技トーナメント? 僕が? お二人のような方々まで、僕を弄んでいるんですか? 僕は何か悪いことをしたのでしょうか?」
ヒュエリとジュメニに目を向けるロマーニ。その顔は自虐的だ。
「悪いことはしていないと思います。わたしたちも、少し混乱しています」
ヒュエリが不安そうな表情で優しく声を掛ける。そしてジュメニの耳元で小さく。
「ブレグさんを呼んで警邏隊本部で事情を聴いた方がよさそうだよ」
「そうだな。ドルンシャ帝にも話を訊けるか、ジイヤさん頼んでみよう」
「あ、あのぉ~……ほんと、ここはどこなんでしょうか?」
ヒュエリとジュメニの会話の合間にセラはロマーニに問われた。そして事実をそのまま伝える。「帝居ですよ」
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