碧き舞い花

御島いる

122:太古の法

 前日に燃やしたローブがないせいか、マスクマンは心なしか小さく見えた。むき出しの鉄仮面が午後の日差しを素直に照り返す。
 フェズの青白い髪も艶やかに陽光を反射している。彼の表情はセラと戦っていた時以上に楽しそうだった。
「あんたがどこの誰だろうと、俺は負けないよ。楽しませてもらうけど」
「俺も君との戦いは楽しみだよ、フェズルシィくん」
「ほお……おっ!」
 フェズは唐突に飛び退いた。
 かと思うと、今さっき彼がいた地面が爆ぜ上がった。
「昨日の君と渡界人の子の戦いを見て思い付いたんだ」
「へぇ、面白い。ま、俺もできるけどっ」
 マスクマンが何かしらをして舞い上がった土の柱。その柱に真ん丸ときれいに穴が空いた。
 衝撃波のマカだ。フェズの足から出た真っ直ぐな衝撃波は柱を突き抜けて、マスクマンに迫る。
「よっ」
 マスクマンは見えない衝撃波を軽々と、避けた。
 だが、そのことでできた隙を天才美少年は見逃さない。
 彼は昨日覚えた駿馬で鉄仮面に迫った。
 しかし、マスクマンはその場から消えた。瞬間移動のマカだ。
「……っずるいな、それ!」フェズはすぐさま反転してマスクマンに迫った。「俺が一番したいヤツ!」
「俺には君がその高速移動をできるのに、このマカを使えないことの方が驚きだ」
 二人の拳がぶつかった。
 マカを纏っているわけでもないのに、光りが飛び散った。
「魔具が壊れちゃうんだよ」
「うむ、なるほどな。魔素の扱いが下手なんだな」
「なにぃ……!?」
 フェズの瞳に怒りの色が入った。
「ははっ、珍しいな。フェズ、怒ってるや。何か言われたのかな」
 セラの隣でユフォンが物珍し気に笑みを零した。付き合いの長い彼にはちょっとした変化が感じ取れたようだ。
「魔素の使い方が下手だって」
「あ、そうか、セラには聞こえてるんだね。そっか、それは今まで誰も言ってこなかったことだろうね。僕らとは次元が違い過ぎて上手い下手なんて指摘できないからね」
「同じくらいの力を持つ鉄仮面の人だから言えることってか」
 ズィーが感心したような声を漏らした。
「どうなっても知らないからな!」闘技場ではフェズが似合わず声を荒らげた。そしてマスクマンと距離を取った。
 対するマスクマンは余裕の佇まいだ。「どうなるのかな?」
「……ムカつく!」
 子どもじみた声と共に彼から放たれたのは莫大な魔素の塊。それは彼にとってはただの衝撃波のマカなのだろうが、セラを含め、闘技場の二人を除いたすべての人にとってはその範疇を超えていた。
「うむ、では」
 マスクマンはまるで呼応するようにフェズと同じことをした。
 まるで嵐が起きたかのように会場が荒れる。
 二つの衝撃波は会場の中央で激しくぶつかり、押し合い圧し合いを繰り返す。コロシアム全体が揺れる。会場を守る障壁のマカはバリベリと音を立てて、その形を歪める。ヤーデンとの試合でオルガの起こした爆発が霞むほどのものだった。
「だいじょぶかよ、建物……!」
 控え室では天上からぽろぽろと落ちてきた欠片に頭を打たれた鍵使いのポルトーが不安気に言う。
「障壁が歪むなんて初めてだ」とジュメニ。
「係りの人たちは大丈夫でしょうか?」ヒュエリが姿の見えぬコロシアムの魔闘士を想う。
「先生……?」とドード少年がブレグを見上げる。
「そうだな。試合の行く末も気になるが、観客に被害が及ぶのはまずいだろう。俺が加勢してこよう」
 ブレグは足早に控え室を出て行った。
 ぐぎゅるぃりぃぃぃ…………!
 びぃげぐあぁぁぁぁ…………!
「壊れる……」
 障壁のマカが限界を迎えようとしている。セラの超感覚で感じられる障壁はヒビだらけで、まだ形が保たれているのが不思議な状態だった。
 観客席もついには試合どころではなくなったらしく、皆が逃げるべきかどうかあたふたとしていた。
『会場の皆さん、落ち着いてください!! 動いては危険です! どうか、落ち着いて!!』
「父さん……」
 ジュメニが心配そうに零す。
「俺たち、避難か?」ポルトーが鍵束から一本の鍵をはずす。「なんなら、会場全員を強制的に収容する鍵もあっけど? 少し疲れっけど、人が死んじまうようなことは避けなきゃだろ?」
 ばぁぶばばばっばばばばばばっば――――!!
 未だ、闘技場の中は大荒れ。それなのに、渦中の二人は慌てた様子も見せず、ただただ相手に集中していた。
「二人とも周りが見えてないのかな」
 べ、べべべ、べっべー…………。
 ついに限界を迎え、ポルトーが鍵を構えた。その時だった。
 障壁のマカは今までの悲鳴が嘘だったかのように、ピシッと姿勢を正したのだ。
『皆さん! たった今、ブレグ隊長をはじめ、警邏隊の皆さんのおかげで障壁のマカが強化されました!! 安心して、試合を観戦してください!!』
 試合が終わったわけでもないのに、その実況に会場が沸いた。警邏隊への拍手喝采だった。
 その中でも、才能と才能のぶつかり合いは続いている。
 そもそも衝撃波のマカというものは身体から一瞬にして魔素を放出するマカだ。そんなマカがこれだけの時間ぶつかり合うということ自体が不自然なことだった。
 それをやってのけるほどの二人の魔素の量。
 だが、マスクマンはフェズに比べたら大した量の魔素を持っているわけではない。つまりこれが、彼の言う魔素の扱い方の上手さの差ということだろうか。
 セラはそう考えながらも、それを感じ取れないでいた。
 ユフォンが言った通り、次元が違い過ぎるのだ。
 次第に衝撃波の激突は収まり始めてきた。拍手も、ここからの戦いをしっかりと見ようとするようにその音を潜めていく。
 どぐぉおんっ!!!
 まだ荒れている闘技場に新しい音がした。それもまた、激しい。
 鎧のマカをはじめとした、マカを交えた格闘戦が始まった。
 体の至る所から刃が出る。地面が爆ぜ上がる。雷と炎がぶつかる。魔素で作られた剣と剣が削り合う。
 それはまるでここまでの試合を再現、いいや、格上げしたような応酬だった。
 そこまでやれば、二人の体にも傷がつき始めるというもの。致命傷はないものの、血が飛び交う。
 そして、二人とも酸素と魔素を求めて呼吸が荒く、激しくなっている。
 それでも、止まらない。
「死闘……だね」ユフォンが漏らす。
「マジで死んじゃわないか、あれじゃ」とポルトーが応える。
「いやいや、さすがに死にはしないだろ。二人ともそのくらいは分かってるだろ」ズィプは表情とは違う言葉を発する。
「そうっす、殺したら失格っすもん」とズィプに賛同するドードだが、彼もまた確信がなさそうな顔だ。
「魔闘士同士の戦いって、本当はこうなのかもしれないって思えてきた……」ジュメニが苦笑う。
「うーん…………」何やら考え込むのはヒュエリだ。
「止まった」
 セラの呟き通り、闘技場の二人の動きが止まった。
 肩で息をする二人。
「こう、なったら、やるか……」
「……ん?」
 フェズが静かに、大きな深呼吸を一つ。わざわざ腕を大きく広げて行なった。
「まさか、フェズあれを!?」
 ユフォンが開口部から身を乗り出す。
「あれって、ユフォンくん。まさか……!?」
「完成していたんですか!?」
 ジュメニとヒュエリが声を上げる。それに応えるユフォンの声は静かなものだった。
「まだ完成はしてないはずですけど、そうです。第一世代のマカ――」


「太古の法!!!」

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