碧き舞い花

御島いる

118:彼女の超感覚が捉えたものは

 二人は同時に駆け出した。二人とも駿馬だ。
 しかし今度は駿馬を続けることはなかった。剣をぶつけ合ったその場で、激しく立ち回る。
 打ち合い、躱し合い。
 本当に魔法の世界での戦いなのかと観客たちは思ったに違いない。
 その疑いを払拭するのは天才美少年の持つ魔素で作られた剣だ。
 セラとフェズが立てる音は地面を滑る音、衣擦れの音、それから金属の剣と魔素の剣のぶつかる高音と低音だけだった。
 誰もが静かに行く末を見守る。
 立ち回りの中で、フェズの剣術は変化していった。ズィーやブレグの剣術を見て学んだそれが、徐々に彼のものになっていく。
 フェズルシィに馴染んでいく。
 一撃一撃の重さは抑えられ、手数の多さが増える。真っ直ぐだけだった太刀筋は緩急を覚えた。そして、魔素で作られた剣だからこそ、その形は変幻自在に変わり、本来の剣では不可能な動きを見せ始めた。
 完全に彼のものになりつつある。
 超感覚を持つセラですら、その隙を突けないほどものなっていく。
 これはまずいと、セラはついに単純な剣だけの競い合いの均衡を破る。
「はっ!」
 自分に迫ってきていた剣のマカを衝撃波のマカで弾き、隙を生む。
 軽く後ろにステップした後、駿馬でフェズの目前に迫る。だが、これでは試合開始時と何も変わらない。
 だから、花を散らす。
 ナパードは跳ぶ前の動きのまま瞬間移動する。
 つまりは駿馬の勢いは死なないままだ。
 目前で碧き花となって消えたセラに対して、フェズはすでに背後への対処を始めている。振り返りオーウィンを迎え撃とうと。
 だが。
「違う!」
 セラは確かに彼の背後に跳んだ。
 だが、オーウィンは振るわず、彼女は駿馬の速さのままフェズの足元に体を滑り込ませたのだ。そのまま彼の足に手を掛け、勢いよく、払う。
「ほぉっ!?」
 フェズの体が宙に浮き、徐々に倒れていく。
 反対にセラは体を起こし、オーウィンの切っ先を地面に向けたまま振り上げる。もちろん、勝負が着くその瞬間に命を奪ってしまわないように、先端にだけ魔素を分厚く纏わせて。
「ゃあぁっ!」魔素を纏わせるだけ無駄だったと、そんなこと考えている場合ではなかったと、オーウィンを振り降ろしている最中に彼女は気付かされる。「っく、ぁ……!!」
 フェズルシィの衝撃波のマカは強力だった。
 セラの体は大きく、何度も回転した。途中でオーウィンが手から離れていった。
 そして、体が安定した彼女は夕日を望んでいた。
 打ち上げられたのだ。軽々と、コロシアムの全景を見下ろせる高さまでに。
 フェズの衝撃波は予備動作なく、体全体から出された。それはヒィズルでケン・セイ相手に彼女がやったものと同じものだったが、質が違い過ぎた。
 威力もそうだが、範囲も。
 セラは途中、超感覚で気付いていたわけだが、それでも、回避する方法はなかっただろう。
 見下ろした闘技場。地面は彼を中心に大きく押し退けられて、壁際に盛られていた。それほど広範囲に及ぶ衝撃波だったことを窺わせる。
「まだ終わってないよなぁっ!」
 地上からフェズが迫ってくる。その顔は笑み。
 彼女には今、愛剣がいない。
 迫るフェズルシィの手にも何もない。己の体と、マカのみでの空中戦が予想された。
 地上に跳ぶか。このまま戦うか。
 彼女は逡巡する。
 そして、鎧のマカを纏う。
 空中で動く方法を試す時がきた。
 セラはここを成長の好機と見たのだ。イソラから貰ったアドバイスを今。
 跳躍で迫ってきたフェズを、躱す。上手く足の裏から衝撃波のマカを放ち、空中で移動してみせた。それはまだまだ未熟で荒い移動だったが、意表を突いてフェズを躱すのには充分だった。
「ほお……!」
「……できた……!」
 彼女の歓喜の表情も束の間、セラを追い越したフェズはすぐさま空中で留まり、身を翻してきた。それは彼女の行った衝撃波のマカでの方向転換ではなく、完全なる浮遊。
 フェズは空中で自身を見事なまでに操作しきっていた。空中浮遊のマカだ。
 彼の空中一回転の勢いがついた蹴り降ろしがセラの脇腹に、それも痣のある側にきれいに落ちた。
「いっ…………!」
 呼吸が一瞬止まり、セラは闘技場に向かって落ちていく。
 蹴りそのもの痛みは鎧のマカのおかげで和らいでいたが、問題は中からの痛みだった。じんじんとまるで体中に広がっていくかのようだ。
 ここまでかな。
 地面が迫りくる。
 この時、彼女の脳裏にはビュソノータスが浮かんだと言う。負けの記憶。あのときも、彼女は地面に向かって落ちていた。
 フェズの衝撃波で荒れた闘技場に、ヌロゥ・ォキャのぬらっとした笑みが浮かんで見える。あのときはジュランとプライが助けに来てくれた。でも、今回は。
 今回は誰も。
 誰も。
「!」
 彼女の超感覚は彼らを捉えた。
 ズィプガル・ピャストロンとユフォン・ホイコントロ。
「「セラっ!!」」

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