碧き舞い花

御島いる

116:何かが起こる

 銅鑼が鳴るとシューロはマスクマンから大きく距離を取った。
「まずは距離を取って様子を見るということかな?」
 マスクマンは優しく言う。その言葉にうなずくことなく、シューロは彼から目を離さない。
 厳しい表情で対戦相手を見つめる少年は、その体に鎧のマカを纏い、自分から距離を取ったっばかりだというのに一気に駆け寄った。
「おおっ……速いな」
 懐に少年を許した鉄仮面は軽く仰け反った。
 そこからシューロの連撃が始まる。
 拳を振り上げ、回し蹴り。正拳突きに裏拳。足払いに踵落とし。
 しかし、その攻撃はすべて、マスクマンの翻るローブにすら掠らない。
 両手を地面に着いて、蹴り上げる足。そのつま先から鋭く尖ったマカの刃が飛び出した。
「おおっ……!」
 こればっかりはマスクマンも驚いたようで、彼が初めて大きく回避行動を取った。シューロの蹴りは彼に傷こそつけることはできなかったが、これまた初めて、彼のローブに掠り、斬り破いた。
「やった……!」
「今のは驚いたよ。なかなか魔素をうまくコントロールできている」マスクマンは破れてぱっくりと穴が空いたローブを自ら脱いで、燃やした。「ただ、都の未来を担う若者の力を見るのはここまでだ」
 燃えたローブの灰がゆったりと、落ちた。
「ここからは、僕が楽しませてもらおう」
 地面に落ちていたローブの残骸が、パチパチと音を立てて泡が爆ぜるように、跡形もなく消え去る。
 控え室で見ていたセラの背筋が凍る。「なにか、起こる……」
 セラが呟いたが先か、シューロが闘技場の壁に背中をぶつけたのが先か。
 試合はその一瞬で終わった。
「なにが起こった?」ジュメニが開口部から身を乗り出す。
「うわぁあああ~あぁ~…………」その隣ではヒュエリが奇声を上げて涙を零していた。
「おいおい、どうしたこの人は?」
 突然のヒュエリにポルトーが驚きの表情で困惑する。
「わたしにも、分かりません。ただ、何か起こると思ったら、あの子が……そして、ヒュエリさんが……」
 彼女は言って闘技場の壁際に倒れるシューロに目を向けた。シューロは鎧のマカも外れ、完全に気を失っているように見える。
『勝者、マスクマン!!! いったい何が起こったんだぁ!?』
 実況者は仕事をこなしたが、観客は呆然として仕事をしない。
 静まり返った会場で、マスクマンはシューロに近付き、その体に手を触れると二人して一転に集中するように歪んで、消えた。
『おっとぉ!? 今回は二人とも瞬間移動で退場だぁ! いったいどこへ?』
 ニオザは辺りを探るそぶりを見せるが、セラはすでに控え室の中ほどに目を向けていた。
 そこでは空間が一点に歪み、それが解放されるとマスクマンとシューロが姿を現した。
 マスクマンは出てくるや否や、ヒュエリに声を掛ける。「ヒュエリ司書、この子もあの渡界人の子のように回復させてあげてくれ。傷はないだろうから、疲れを取るだけで充分だろう」
「は、はいぃ……」
 ヒュエリは半べそ顔で頷く。
「ああ、君の幽体には悪いことをしたね。さすがは偉大なるアルバト・カフの弟子だ。なかなか面白いマカを考える。だけど、危険だから闘技場には入らないことだよ。それじゃ、俺はこれで失礼するよ」
 マスクマンが消えた。
 その消えた鉄仮面の男がいた場所を、セラとフェズが見つめていた。そして、二人は次第に視線を向かい合わせていく。
 あのマスクマンと同等の力を持つフェズルシィ。
 次の試合はセラと彼の戦いだ。
 仮にフェズがマスクマンがさっきやって見せた何か、それもできるのだとしたら……。
 彼女の頭にはそのことが過っていた。
 チャチは絶対の負けはないと彼女に言った。少なくとも可能性はあると。
 だがどうだろう、見つめ合った今。まだ闘技場で相対した訳でもないのに、勝てる気が、しない。
「やっと俺の番だ。ズィプの大事な人だからって手を抜くことはないから」
 その言葉にセラはぞっとした。
「おいおい、フェズ」
 そこに、彼女の折れそうな心を支える声が。
 二つ。
「セラを舐めると負けるぞ」
 壁にもたれて眠っていた大切な二人が、二人して口角を上げてフェズを見上げていたのだった。

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