碧き舞い花

御島いる

113:チャチ対ヤーデン

「準決勝が楽しみですな、ブレグ殿」
 試合の終わったブレグに声を掛けるのは次に試合を控えたヤーデンだ。
「もう、勝った気で? 油断は禁物だぞ、君でも」
「分かっていますとも。尽力し、勝つ。それだけです」
 鍛え抜かれた二人の体の間にオルガストルノーン・Ωが割って入る。
 そして、その額が割れてチャチが姿を見せる。
「準決勝でブレグさんと戦うのはわたしです」
「おっ、言ってくれるな、小さなお嬢さん」
「ヤーデンさんにはブレグさんと戦うためのデータ取りのお手伝いをしてもらうことになりますよ」
「データ? そんなもの取れん内に終わらせてやるさ、チャチ女史」
「あの、お二人とも、入場の準備を」
 試合の前から火花を散らす二人に、壮年の係りの男は軽く呆れた様子で入場の案内をした。
 二人が控え室を出て行く。
「ブレグさんはどっちが勝つと思いますか?」
 セラは興味本位で隊長に訊いた。
「どうだろうな。チャチちゃんについては情報が少ないからな。一回戦も不戦勝だったわけだしな」
「でも、先生」ドードが入場したヤーデンを見てから、師匠を見上げて尋ねる。「ヤーデンという人の方が予選は上っすよ?」
「予選は単純な力比べじゃないからな、得意不得意がある。あのオルガストルノーンという武器は集団戦闘が不得意なのかもしれん。なんといっても、『動く要塞』の技術力は見ものだ。ドードくんもセラちゃんも楽しむくらいの気持ちで見るといい」
 ブレグもどこか楽しそうに会場を見下ろしていた。


『一回戦ではその戦いを見ることができなかったチャチ・ニーニ選手。いったいどんな戦いを見せてくれるのでしょうか? はたまた、ここで勝利すると、誰もが見てみたい試合、ブレグ隊長との試合となるヤーデン・ガ・ドゥワ選手』
 両選手が闘技場の中央で向かい合う。
『それでは、準々決勝第二試合、はじめぇっ!!』
 どぅおおおおぉおぅおおおん――――!
 開始早々、開拓士の両腕が燃え上がる。
 その熱気はすさまじく、会場全体が揺らめいて見える。客席との狭間に張られた障壁で和らいでいるものの、ヒュエリやポルトー、ドード少年は額に汗を浮かべていた。
 離れたところで寝ている『紅蓮騎士』と筆師は大丈夫そうだった。それにマスクマンも恐らく暑がってはいないのだろう、全く身じろぎ一つしない。
「あっちぃ……」と服をパタパタとさせるポルトー。鍵束がジャラジャラと音を立てる。
「暑いですね。ジュメニもセラちゃんも、どうしてそんなに涼しい顔していられるんですか?」
 ポルトーに続いて口を開くヒュエリ。ローブを脱ぎながら二人に問う。
 変態術を会得しているセラにとっては大した暑さではない。それでも、確かにジュメニやブレグそれにフェズルィも汗をかいていない。そこはセラも気になった。
「わたしはそういう技術を学んだので、昨日もィルさん、わたしに毒を使ってたんですけど、それも効かないような」
「ほぇ~、そうだったんですか。で、ジュメニは?」
「どうだろうな? マカへの抗体? みたいなのがあるんじゃないの? そういうの、ヒュエリの方が詳しいだろ?」
「え~? そんなの、わたし聞いたことないよ?」
「新しい研究対象になりそうだな」とブレグ。「研究機関に進言してみようか」
「ふーむぅ……そうですね。これは研究価値がありそうです」
「おっ、機械人間から湯気が出てきたぞ」
 ポルトーが汗を垂らしながら言う。
 彼が言うように、オルガが湯上りのように白い湯気をたなびかせていた。
「攻撃する前に溶けるのではないか、その機械人形」
「オルガはそんなに軟ではありません。そちらか仕掛けてこないのならこちらからいきます」
 機械仕掛けの男の中から聞こえるチャチの声は自信に満ちていた。何やら算段があるのかもしれない。
 はっきり言って、オルガの力量はセラにも分からない。超感覚でも大きなエネルギーの動きがない限りはチャチのことしか感じ取れない。それが機械人間というものだった。
「茹で上がった機械になにが……!!」
 ヤーデンはガシガシガシガシともの凄い速さで迫ってきたオルガの拳をごうごうと燃え盛る腕で防いだ。
「重い……」
「茹で上がったと言いましたが、違いますよ」
「なん、だと!?」
 チャチの冷静な指摘と、ヤーデンの暑苦しい驚愕。
 魔導士の拳の炎が、消えた。
「ふんっ!」
 空いているもう一方の拳でオルガを殴るヤーデン。その拳はチャチのいる額辺りを強く打ったが、首を少し傾げるほどにしかオルガは動かなかった。
「固い……」
 そして、その拳の炎も消える。
「これは冷気です」
「そうか、氷のマカに似た力ということだな。だが、俺の炎は一度消えたとて、再び…………何故だ!?」
 第一回戦、ロマーニ戦で水中発火を見せたヤーデンの火炎が再び燃え上がることはなかった。
 セラからしてみれば、不思議でならなかった。
 ヤーデンの腕にはしっかりと魔素が流れ、力も増しているのだ。それでも、火は着かない。
「知っていますか?」チャチが呟く。「火を使わなくても物質が燃焼を始める温度を発火点と言うんです」
「なに?」眉を顰めるヤーデン。
「炎のマカというのは魔素を発火点まで熱することで燃やしているわけで、他の火を使って着火させているわけではない。つまり、発火点に到達しないようにすれば、火は着かない」
「……」ヤーデンはオルガから距離を取る。「言っている意味が分からんのだが……」
「はぁ……。確かにこの世界の人には理解し難いことでしょう。科学というものは」

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