碧き舞い花

御島いる

111:警邏隊長と渡界人

「準々決勝第一回戦、間もなく始まります。ブレグ選手、ズィプガル選手。準備をお願いします」
 壮年の係りの男が控え室に告げた。
 どうやら昨日の若い男は今日は当番ではないようだ。
「よし。ブレグ隊長が相手だしな、張り切っていかねえとな」
 ズィプは楽しそうに笑う。
「父さんは当たり前に強いけど、ズィプくん、応援しているぞ」
「ありがと、ジュメニさん」
「お、なんだ? ジュメニはズィプくんの方を応援するのか、父さん寂しいぞ」
 と、こちらも楽しそうに笑うブレグ隊長。
「よろしくな、ズィプくん。いい試合にしよう」
「うっす!」
 二人は二人して楽しそうな顔で控え室を出て行った。
「セラちゃんはもちろん、ズィプくんを応援するんですよね」
「はい」
 ヒュエリの問いにセラは迷いなく頷いた。


『残念ながらドルンシャ帝はお見えになられませんが、早速、始めていきましょう!』
 ニオザの言う通り、貴賓席の一番豪華な席は空席だ。しかし、ここまでくると観客たちは帝のことなど全く気にしていなかった。今から出てくる二人の選手に興味津々だ。
『準々決勝で相手は渡界人、同一人物ではないが十四年前の第十一回大会の雪辱戦! ブレグ・マ・ダレ!!』
「先生! いけーっ!」とドードが叫ぶ。
「どういうことですか?」セラはニオザの実況に首を傾げて、隣りにいたジュメニに訊く。「開会式の時も少し気になってました」
「父さんはね、渡界人の人に負けたんだよ。それも今回と同じ準々決勝で。確かビズラスって人、知って……セラちゃん?」
 ジュメニが発したその名前を彼女が知らないわけがなかった。聞いた瞬間に彼女のサファイアは見開いて、動きを止めてジュメニをただ見返していた。
「どうした?」
「兄様……です」
「え!?」
 セラを囲むマグリアの友人二人は呆気に取られて声を上げた。
「だいぶ歳が離れたお兄ちゃんですね、そうすると」
「はい。兄妹でわたしだけ歳が離れてて。そっかぁ、兄様が、この大会に……」
 セラは兄の存在を近くに感じて、嬉しくなった。ビズと同じ舞台に立てていることに頬が綻ぶ。
「ズィーにも教えてあげよ」
『そして隣りを歩くは『紅蓮騎士』ズィプガル・ピャストロン!! 優勝候補筆頭を下して、渡界人初の優勝へと駒を進めることはできるのかぁ!!』
「ズィー!」セラが声を張った。それはもう、観客たちの歓声に負けないくらい。「ビズ兄様は勝ったって! ブレグ隊長に!!」
「!」
 ズィーとブレグが彼女に声に反応して、互いに視線をぶつけた。
「ブレグさんに勝ったのってビズだったんだ」
「そうだ。しかし、セラちゃんの兄さんだったのか。あのときはビズラスとしか聞いてなったからなぁ、そうか、彼もヴィザ・ジルェアスだったのか」
「そ。そして、俺の師匠だ。こりゃ、俺も勝たないとな」
「ほお、そうか! 彼の弟子なんだな、ズィプくんは。なら、俺も負けられないな」
 紅と暗い赤が向き合い、紅と赤く縁取られた瞳がキュッと睨み合う。
『両選手、闘志に満ち満ちています!! それでは、わたしも心して、開始の銅鑼を鳴らさせていただきます! 魔導・闘技トーナメント本戦準々決勝第一試合、はじめっ!!』
 どぅおおおおぉおぅおおおん――――!
 闘技場の二人が早々に剣を構えた。
 一人はマカを、もう一人は外在力をその体に纏う。
 ズィーも、ブレグ隊長ですら本気だ。
 そして、銅鑼の残響があるうちに二本の剣が、激しく、ぶつかった。
 ガギューィン!!!
 弾け飛んだマカと外在力が地面と空気を払い除ける。
 地鳴りと風圧がその衝突の激しさを語る。
 二人が二人して距離を取る。
 距離を取りながらズィーがスヴァニを振るうと、斬撃は衝撃波となり空間を歪ませながらブレグへと迫る。その鋭い衝撃波はセラがビュソノータスで見たヌロゥ・ォキャのそれと似ていた。だとすれば、天原族の族長のように簡単に体が切断されてしまうほどのものだ。
「ふんっぬっ!」
 セラの考えもろとも、ブレグは飛来した斬撃を腕で、払い除けた。
「うそ!」
 いくら鎧のマカを纏っているとはいえ、迷いなく、いとも簡単に外在力の鋭利な衝撃波を弾き消す。ブレグはそれほどにマカに自信を持っているのだ。
 そして、ブレグは反転していた。
「やっべ……!」
 剣を振るう彼の背後には紅き光の残滓を侍らせたズィーの姿があり、すぐに紅き閃光と共に消えた。
「反応できる感覚を持ってると思えなかったが?」
 隊長はさらに振り返り、元の体勢に戻りながら言う。その視線の先には彼から離れたところに、額に汗を浮かべる『紅蓮騎士』の姿があった。
「空気が教えてくれんだ」
「それがその力か。纏ってるのは空気そのもなんだな?」
「そこまでバレんの? やっぱ、ブレグさんすげぇな」
「魔素が君に集まってるのが分かる。だが、使っているのはマカではない。つまりは空気そのものってわけだ」
「確かに」セラの隣のヒュエリがウンウンと頷く。「空気を纏ってますね、あれ。ズィプくんの周りの魔素の濃さがすごいです」
「そうなんですか。わたし、空気中の魔素までは感じられないんで分からなかった……って、ヒュエリさん、二人の会話聞こえるんですか?」
 二人の会話を聞いていたかのように口を開いたヒュエリに対して、セラは驚きを隠せなかった。
「はい。すぐそばで幽体のわたしが聞いてますからね」
 言われて、セラは闘技場、睨み合っている二人とは別のところに超感覚を向けた。確かに自身の幽体と意思を通じさせて会話ができる彼女なら、会話の内容を知ることは可能だろう。
「あ、ほんとだ」
 間もなく。セラは白ヒュエリを見つけた。闘技場にぷかぷかと浮かんでいた。その目には涙を浮かべていて、とても楽しそうな表情ではなかったが。
「大迫力ですけど……弟子のためです。しっかり見ておかないと、ですからね」
 と言うローブのヒュエリ本体も涙目になっていた。会話だけでなく、感情まで伝わっているらしい。
 早くユフォンが起きることを願ったセラだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品