碧き舞い花

御島いる

103:少年の実力は?

 選手控え室に戻って来たフォーリスは無言のまま、誰とも目を合わさずに出口の扉に向かう。
 誰も彼に声を掛けようとする者はいなかった。
 頼みのブレグ隊長もほろ酔い状態。フェズルシィも空気を読んだ、というより特に興味を持たなかったのだろう。今もなお、闘技場に残るマスクマンのことを見ていた。
 そんな彼を見たついでに、マカの極地とも言えよう技を見せた素性の知れぬ男にセラもサファイアを向ける。
 すると闘技場のマスクマンは、一点に集中するように歪んで、消えた。
「えっ!?」
『お~っと! マスクマン選手、瞬間移動での退場だ』
「瞬間移動できるのか、あいつ。いいなぁ」とフェズが零す。
 ナパードがあるセラには瞬間移動のマカは必要ないし、異世界人の彼女にはマスクマンの見せたところまではできないだろう。だが、極まった魔素使いを目の当たりにしたこの時、自分の中でマカの成長のアタリがついたのだと彼女は語った。


「次はわたしの番だな」
 マスクマン騒動が会場、控え室ともに落ち着いてきたところで第六試合が始まろうとしていた。
 コロシアムの人間に呼ばれて、やる気に満ち満ちたジュメニと、おろおろとした乳白色のシューロが控え室を出て行く。
「あの人、大丈夫なんすかね? 先生」
 壁にもたれているブレグにシューロを見ながらドードが疑問を投げかけた。
「あぁ……予選通ってるんだ。性格はどうであれ、実力はあるはずだ」
「でも、ジュメニのあねさんなら負けないっすよね」
「まぁ、負けんだろ。あの態度に油断しなければな」
「油断?」
「いいか、戦いで相手を判断するときは一つの事柄にだけに囚われては駄目だぞ。特に、目に飛び込んでくるようなことには注意だ。あの子がそうかは分からんが、手の内を隠すために行動や物で注意を引いておくのも一種の戦術だからな」
「おおぉ! なるほど~!」理解しているのかどうかは分からないが大きく頷くドード少年。
 酔っているからか弟子の反応には特に目もくれず続けるブレグ。「大抵の人間、戦いに生きる者ならなおさら、しんを隠そうとするものだからな。覚えておけ」
「はいっす!」
 二人の会話にセラは心の中で頷くのだった。見た目というのは意外とあてにならないというのは彼女も経験済みだ。場合によっては内面、内に秘めた力ですらあてにならないこともあるのだから。
 そんなことを思いながらパレィジに視線を向けるセラだった。
「なにか?」とセラの視線に気付いた警邏隊副隊長が首を傾げた。
「ぁ、いえ。なんでもないです」
 失礼だったかなと思いながら、彼女は首を振ったのだった。
『両者出揃ったところで…………第一回戦第六試合、はじめっ!』
 どぅおおおおぉおん――――!
「よ、よろ、よろしくお願いします……」
 銅鑼が鳴ったというのに、構えることすらせずにジュメニに頭を下げるシューロ・ナプラ。
「あ、ああ。よろしく。君、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です」
「いけー、シューロ!」
「ジュメニさんに色々教わってこーい」
「ひっ……!」
 客席からの声は友人ものなのだろうが、何故だか彼は怯えたように体を強張らせる。
 ジュメニが声のした方に顔を向ける。セラもジュメニの視線を追った。
 そこには二人の少年がいて、何がおかしいのかゲラゲラと腹を抱え、大口を開けて笑っていた。
 なにやら様子がおかしい。
 開会式での入場の時もシューロは友人の声に強張っていた。それを緊張だと受け取ったのは間違えだった。
 それはジュメニも察したようだった。
 二人から視線をシューロに戻して、彼女は構えた。剣は使わないようだ。「試合、やろうか」
「ぇと……はぃ……」
 シューロは小動物のように小さく震えながら構えるが、それは構えと言っていいものか思うほどお粗末でなっていないものだった。
「あれで、予選通過したんだよね、あの子……」
 さすがのセラも呆れ交じりに漏らしてしまった。
「ふぅ……もっと自信持って! 本戦出場だぞ? 胸を張っていいんだ」
「ぼ、ぼくは……そんな……はぁあっ!」
 ウジウジとするシューロに抱き付く手前まで距離を詰めたジュメニ。会場に全く聞こえない、セラの超感覚ですら断片的にしか聞こえない程小声で後輩に何やら言っている。
「――め――だろ。――な?――に――って――いい。予選――んだ。――いぞ。――からな。どんと来い! それとも――ない――な?」
「……」
 シューロは黙って首を横に振った。それを見たジュメニは彼から間合いを取った。
「じゃ、仕切り直しだ」
「はい……!」
 まだまだ固い構えだったが、さっきよりマシになったシューロの構えだった。

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