碧き舞い花

御島いる

98:前半戦の幕は閉じる

 やる気満々な筋骨隆々の男と気の抜けたヒョロ男が対峙している。
 闘技場は妙な雰囲気だ。
 それにしてもこれから行われるのはトーナメント開始から初めての魔闘士同士の戦いだ。今しがたの思考のままセラは二人の戦いから何かを学ぼうと見入っていた。
『第一回戦第四試合! はじめっ!!』
 どぅおおおおぉおん――――!
 銅鑼の音が鳴るや否や飛び出したのはヤーデンだ。その手は煌々と輝く炎を纏う。
「ボーっとしてる暇はないぞぉ!」
「……」
 ポシューッ…………。
 水が蒸発する音がして、二人を白煙が包み込んだ。
 ニオザが開会式でローマニを紹介した時、彼は水を操ると言っていた。つまりはヤーデンの炎を掻き消したということだろう。
 靄が薄れ、二人の姿がはっきりとしてくる。
 ヤーデンの拳からは炎が消え、ロマーニの手のひらに溜まる人の頭ほどの水の球に納まっていた。
「人は見かけで判断できんなぁ、まさか拳を止められるとは……だが、俺の火はそう簡単に消えぬぞ!」
 開拓士が叫ぶと、水色髪の男が初めて表情を変えた。目を見開いたのだ。
 そして、直後に彼の手の水がぐつぐつと音を立て始めた。次第に水の球から湯気が立ち上り、しまいには熱湯と化した水球からロマーニが手を離した。
 バァウッと火炎が翻る。
 そのまま、ヤーデンはロマーニの頬を殴った。
 マローニから汗かマカの水か、液体が飛び散る。それも大量に。
 飛び散った水たちはまるで意思があるかのようにすぐさま集まり、地面に倒れようとするロマーニ本人を受け止める。
「ほう、そこまで自在に操るか」
「……」
 ロマーニは何も言わずに立ち上がる。その頬には軽い擦り傷だけがある。一切火傷がないのは水のマカを使うからか。
 そんな彼が両手を天に向ける。
 見る見るうちに中空に水の球が出来上がっていく。徐々に、徐々に大きくなり、ヤーデンも身構える。だが、その巨大な水球は放たれることなく、その場で弾けて落ちた。
「?」
『おーっと、どうしたぁ!?』とニオザ。『どうしたことでしょう!!』
 水が落ちて色の変わった地面の上にはずぶ濡れのロマーニが倒れていた。身動き一つない。
 そのまま十秒――。
『ロマーニ選手、戦闘不能だぁ!! ヤーデン選手のパンチが効いていたようですっ! とういうことは……勝者、ヤーデン・ガ・ドゥワ!!』
 勝者宣言が成され、会場が観客たちの轟音に包まれる。
 そのとこで気を取り戻したのか、ロマーニがむくっと立ち上がった。立ちあ上がった思うと気の抜けた足取りで独り階段へ戻っていく。
「あ、おい。一人で行くな。試合した仲だろうが」とヤーデンが小走りで彼の横に並んで歩調を合わせる。
 片や観客の声援に応えて手を振り、片やただ真っ直ぐだけを見つめて歩く。何ともの不思議な状況だった。


『トーナメント左のブロックの試合がすべて終了いたしましたので、ここで一息入れたいと思います。第三試合がなかったため、少し早く終わってしまいましたが、第五試合の開始時間はそのままですのでご注意ください』
 選手が引くとニオザが観客に向けて説明を始める。
『そして、ここまで試合をご観覧されておられたドルンシャ帝ですが、残念ですがここで帝務のためにご退場です』
 貴賓席のドルンシャ帝は客席に向けて手を上げてから、その手の黒紫色の水晶のついた指輪を光らせる。帝の姿は一点に集中するように歪んで、消えた。
『さすがドルンシャ帝! 見事な瞬間移動のマカです!』
 会場は試合を見た後のように拍手や口笛を鳴らした。帝本人がいる前では決して見せない馬鹿騒ぎだった。
『選手の皆さま』ニオザは選手控え室の方を向く。『試合が終わった方は本日はお疲れさまでした。そして、これからの方は、どうぞひととき緊張をほぐしてください』
 続いてニオザは客席を一通り見渡す。
『それでは客席の皆さま、マグリアの食事を楽しんだ後、またこの地で会いましょう!! 今後の激闘も見逃す手はありませんよぉ!』
 その言葉を最後にニオザは実況台を降りた。
 客席に波が起こり、長い長い時間を掛けて引いていく。
「僕らも行こうか」
 ユフォンがまばらに数人が残る客席をから顔を上げて言う。
「俺はフェズ探してくるよ。前半が終わったこと伝えてくる」
 そう言ってズィーは紅い光を残して消えた。
「お昼にはちょっと早いよね」
 一試合分早く終わってしまったこともあり、セラにはまだ空腹感はなかった。それはユフォンも同じようで、肩を竦める。
「そうだね」
 他の参加者たちも各々部屋をあとにしていく。
「ブレグ殿、この後飲みに行きませんか?」と楽し気なヤーデンと「いいだろう」とこちらも上機嫌なブレグ。その二人に「ちょっと、父さん。終わったからって昼間から飲むなよな」と眉根を上げるジュメニと「先生! 俺はまだ飲めねっす!」とドードが連れ立っていく。
 セラの初戦の相手であるナマズ顔の大男ィルは白衣をたなびかせて黙って出て行く。
 ヤーデンに負けたロマーニはなんの感情もなく扉を押していった。
「俺はちょっと、休憩」と言って空間に向かって鍵を回し、淡く透けている扉を出したポルトーはその扉を通る。
 パレィジはセラたちに「では」と言ってから出て行った。
 それに続き、、みんなが出て行くからそうするかのように、おどおどとしたシューロも部屋を出る。
 壁に寄りかかって不貞腐れていたフォーリスはまだ、壁に寄りかかったままだ。
 そして、チャチの乗る機械仕掛けの男はというと……。
 セラとユフォンに近付いて来た。
 機械男の額が開く。
「あの、もしよければ、お話し聞かせてくれませんか?」
 小さな、小さなチャチ・ニーニが椅子から乗り出し気味になってセラを見つめていた。その声はオルガストルノーンを通って聞こえてくる。
「ぜひ!」
 もしよろしければという言葉はただの枕詞だったようで、身体に対して少し大きめの目をキラキラとさせる小人の彼女の姿に、セラは「はぁ……」と呆気にとられつつも頷くのだった。

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