碧き舞い花
92:開戦目前
それからセラとユフォンはライラおばさんの作った家庭的な朝食を頂き、ライラおばさんの激励を背にコロシアムに向かった。向かったのだが、街はすでに人々で溢れ返っていたので、セラのナパードで一気に選手控え室に跳んだ。
控え室にはすでにほとんどの参加者が揃っていた。いないのはヤーデン、ナギュラ、フェズ、マスクマン、それから第一試合でブレグと対戦するドード少年だ。
「おはよう、ズィー。すごいね」
セラはズィーに声を掛けつつ、闘技場を囲む客席を眺める。
すでに満員。第一試合にして大本命、ブレグ隊長の試合をまだかまだかと待ちわびているといった様子だった。
「これからあそこで試合するんだぜ。すっげぇ楽しみっ!」
ズィーはまだ始まってもいないのに、楽しそうに笑う。期待に満ちた顔だ。
「そんなこと言って、初戦で負けたりしてぇ」と悪戯っぽく言うのはユフォンだ。
「おっ、ユフォン。そんなことゼッテーねえよ。そう簡単に負けるようじゃ、セラは守れねえからな」
「ちょ、ズィー。わたし、もう自分の身は守れるよ」とセラは少し頬を染めて口を尖らせる。
「ま、でも、初戦で負けないにしても、二回戦で勝てるかどうかわかんないよ」ユフォンの視線はブレグに向かう。「ブレグ隊長は絶対王者だからね。それに、セラだって二回戦は簡単じゃな――」
言いかけて視線を迷わせるユフォン。ズィプに向き直る。
「フェズは?」
「あー、フェズは午後からだからって、どっか行った」
「はぁ……ははっ、フェズらしいな。とにかく、セラも順当にいけば二回戦でフェズと当たることになる」
「うん」セラはしっかりと頷く。「分かってる。フェズさんの魔素の量、ユフォンの五倍はあったもん」
「いやいや、フェズは特殊なんだよ。魔素過多症候群、しかも重度のね。普通の人より多く空気中から魔素を取り込んじゃうだ。だからこそ使うマカは強大なんだけど、寿命がね」
ユフォンの言葉に表情を曇らせるセラ。
彼は慌てて笑って見せる。
「大丈夫だよ、大丈夫。フェズはさらに特殊だからムカつくんだ。魔素過多症候群のくせに、体に異常が起きない。だから安心して、セラ。心置きなく戦って、そんでもって負かしてやってよ」
コンッ、コンッ――。
その時、控え室の闘技場に通じる側の扉が叩かれた。
「第一試合、間もなく始まります。ブレグ選手とドード選手はご準備を……あれ? ドード選手は?」
扉を開けた若い男が近場にいたブレグに訊く。
ブレグは肩を竦める。「まだ来てないようだぞ」
「えっ、それは困ったなぁ……第一試合から不戦勝……しかもブレグさん……やばい、どうしよ、やばい、クビ、やばい、どうしよ、やばい…………」
若い係員は自分の役目を完全に忘れてしまったようで慌てふためく。
そんな彼の肩にブレグが優しく手を添える。「落ち着け。俺は少しぐらい待ってもいい。ひとまず上の人にこの状況を伝えに行きなさい」
「は、はいっ!」
さすがは警邏隊を統べる男と言ったところか、焦り一つ見せずに指示を出す。その指示に、部下でもないのに若い係員は背筋をピンと伸ばす始末。
「では、皆さま。しばしお待ちをっ」
若い男はビシッと頭を下げてから部屋を出て行った。
「まったく、これだから貧乏なガキは」フォーリスがブレグに近付く。「ブレグさんの戦いが見れないのは残念ですけど、ルールの守れないやつなんて不戦敗にした方がいい。警邏隊なら即刻クビ、ですよね、ブレグさん?」
「フォーリスといったかね」
「はい! 光栄です。名前を憶えて――」
「君も都市を守る任を負う者だろう。選民意識は捨てた方がいいぞ」
ブレグは他都市の警邏隊員の言葉を遮って、諌めるように言う。
「え? いや、別に、俺は。だってあの子どもはルールを――」
「別に破っていないだろう。開始時間はまだ過ぎていないのだからな」
「は、はぁ……すいま――」
『皆さん!! 静粛に!! 静かにしないと、試合が始められないぞぉっ!!』
フォーリスの言葉を掻き消すようにニオザの声が会場中に響いた。
『よーし、それでは、第一試合を始める前に、我らが帝! ドルンシャ帝が、ご多忙の合間を縫ってお越しくださったぁ! 貴賓席中央にご注目を!』
先程の係りの者の報告からか、元々その予定だったのか、すぐに試合の話題に入らずにニオザが貴賓席を示す。会場中の視線が開会式の時に空いていた席に集まる。もちろん、セラたち参加者も視線を上げる。
そこには淡い紫色の瞳と髪を持ち、大仰なローブを羽織った男が澄ました顔で座していた。マグリアを治める絶対権力者ドルンシャ帝その人だ。
ただ座っているだけだというのに、周りの高貴な人々すらも寄せ付けない圧倒的な存在感を醸し出している。
「笑ってる?」セラが呟く。澄ました顔の彼を見ていてどうしてかそう思った。朝、ユフォンには冗談で言ったが、超感覚が意識していない部分で何かを感じ取ったのだろうか……。
セラが一人考えていると、ドルンシャ帝に恐る恐る近寄っていく係りの者が目に入った。どうやら、拡声の魔具を持って行っているらしい。
ドルンシャ帝が魔具を受け取る。係りの者はすごすごと退いていく。
『みんな、見るべきは俺ではない。今日の主役はその力を、その技を、その心を披露する参加者諸君だ。僕も楽しむから、みんなも楽しんでくれると嬉しい』
それだけ言って魔具を口元から下げて方々に手を上げて見せた。
会場に厳かな盛り上がりが押し寄せる。誰も囃し立てるような馬鹿騒ぎはしない。
『ドルンシャ帝。ありがとうございました! それでは、これより、お待ちかね! 第一試合を始めたいと思います!!』
今度は狂乱にも似た盛り上がりが押し寄せた。
「これは本当に不戦勝かもしれんな……」
ブレグが溜め息交じりに零した、その時だった。
控室の扉が大きな音を立てて開き、少しばかり息を切らし、乱れた格好でドードが入って来た。
「すんません! 遅れましたぁ!!」
控え室にはすでにほとんどの参加者が揃っていた。いないのはヤーデン、ナギュラ、フェズ、マスクマン、それから第一試合でブレグと対戦するドード少年だ。
「おはよう、ズィー。すごいね」
セラはズィーに声を掛けつつ、闘技場を囲む客席を眺める。
すでに満員。第一試合にして大本命、ブレグ隊長の試合をまだかまだかと待ちわびているといった様子だった。
「これからあそこで試合するんだぜ。すっげぇ楽しみっ!」
ズィーはまだ始まってもいないのに、楽しそうに笑う。期待に満ちた顔だ。
「そんなこと言って、初戦で負けたりしてぇ」と悪戯っぽく言うのはユフォンだ。
「おっ、ユフォン。そんなことゼッテーねえよ。そう簡単に負けるようじゃ、セラは守れねえからな」
「ちょ、ズィー。わたし、もう自分の身は守れるよ」とセラは少し頬を染めて口を尖らせる。
「ま、でも、初戦で負けないにしても、二回戦で勝てるかどうかわかんないよ」ユフォンの視線はブレグに向かう。「ブレグ隊長は絶対王者だからね。それに、セラだって二回戦は簡単じゃな――」
言いかけて視線を迷わせるユフォン。ズィプに向き直る。
「フェズは?」
「あー、フェズは午後からだからって、どっか行った」
「はぁ……ははっ、フェズらしいな。とにかく、セラも順当にいけば二回戦でフェズと当たることになる」
「うん」セラはしっかりと頷く。「分かってる。フェズさんの魔素の量、ユフォンの五倍はあったもん」
「いやいや、フェズは特殊なんだよ。魔素過多症候群、しかも重度のね。普通の人より多く空気中から魔素を取り込んじゃうだ。だからこそ使うマカは強大なんだけど、寿命がね」
ユフォンの言葉に表情を曇らせるセラ。
彼は慌てて笑って見せる。
「大丈夫だよ、大丈夫。フェズはさらに特殊だからムカつくんだ。魔素過多症候群のくせに、体に異常が起きない。だから安心して、セラ。心置きなく戦って、そんでもって負かしてやってよ」
コンッ、コンッ――。
その時、控え室の闘技場に通じる側の扉が叩かれた。
「第一試合、間もなく始まります。ブレグ選手とドード選手はご準備を……あれ? ドード選手は?」
扉を開けた若い男が近場にいたブレグに訊く。
ブレグは肩を竦める。「まだ来てないようだぞ」
「えっ、それは困ったなぁ……第一試合から不戦勝……しかもブレグさん……やばい、どうしよ、やばい、クビ、やばい、どうしよ、やばい…………」
若い係員は自分の役目を完全に忘れてしまったようで慌てふためく。
そんな彼の肩にブレグが優しく手を添える。「落ち着け。俺は少しぐらい待ってもいい。ひとまず上の人にこの状況を伝えに行きなさい」
「は、はいっ!」
さすがは警邏隊を統べる男と言ったところか、焦り一つ見せずに指示を出す。その指示に、部下でもないのに若い係員は背筋をピンと伸ばす始末。
「では、皆さま。しばしお待ちをっ」
若い男はビシッと頭を下げてから部屋を出て行った。
「まったく、これだから貧乏なガキは」フォーリスがブレグに近付く。「ブレグさんの戦いが見れないのは残念ですけど、ルールの守れないやつなんて不戦敗にした方がいい。警邏隊なら即刻クビ、ですよね、ブレグさん?」
「フォーリスといったかね」
「はい! 光栄です。名前を憶えて――」
「君も都市を守る任を負う者だろう。選民意識は捨てた方がいいぞ」
ブレグは他都市の警邏隊員の言葉を遮って、諌めるように言う。
「え? いや、別に、俺は。だってあの子どもはルールを――」
「別に破っていないだろう。開始時間はまだ過ぎていないのだからな」
「は、はぁ……すいま――」
『皆さん!! 静粛に!! 静かにしないと、試合が始められないぞぉっ!!』
フォーリスの言葉を掻き消すようにニオザの声が会場中に響いた。
『よーし、それでは、第一試合を始める前に、我らが帝! ドルンシャ帝が、ご多忙の合間を縫ってお越しくださったぁ! 貴賓席中央にご注目を!』
先程の係りの者の報告からか、元々その予定だったのか、すぐに試合の話題に入らずにニオザが貴賓席を示す。会場中の視線が開会式の時に空いていた席に集まる。もちろん、セラたち参加者も視線を上げる。
そこには淡い紫色の瞳と髪を持ち、大仰なローブを羽織った男が澄ました顔で座していた。マグリアを治める絶対権力者ドルンシャ帝その人だ。
ただ座っているだけだというのに、周りの高貴な人々すらも寄せ付けない圧倒的な存在感を醸し出している。
「笑ってる?」セラが呟く。澄ました顔の彼を見ていてどうしてかそう思った。朝、ユフォンには冗談で言ったが、超感覚が意識していない部分で何かを感じ取ったのだろうか……。
セラが一人考えていると、ドルンシャ帝に恐る恐る近寄っていく係りの者が目に入った。どうやら、拡声の魔具を持って行っているらしい。
ドルンシャ帝が魔具を受け取る。係りの者はすごすごと退いていく。
『みんな、見るべきは俺ではない。今日の主役はその力を、その技を、その心を披露する参加者諸君だ。僕も楽しむから、みんなも楽しんでくれると嬉しい』
それだけ言って魔具を口元から下げて方々に手を上げて見せた。
会場に厳かな盛り上がりが押し寄せる。誰も囃し立てるような馬鹿騒ぎはしない。
『ドルンシャ帝。ありがとうございました! それでは、これより、お待ちかね! 第一試合を始めたいと思います!!』
今度は狂乱にも似た盛り上がりが押し寄せた。
「これは本当に不戦勝かもしれんな……」
ブレグが溜め息交じりに零した、その時だった。
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