碧き舞い花

御島いる

78:ユフォンのマカ講座と異空の行商人

 ごった返すコロシアム前の広場は、これぞお祭り騒ぎといった状況だった。
 出店を回りながらコロシアムの入り口を目指すのは、熾烈なチケット争いを勝ち抜いた客席観戦組の観客。出店そっちのけで広場の外れ、屋台の立ち並びと同じくらいの広さが設けられた屋外観戦場を目指すのは、惜しくもチケット争いから漏れた人々だ。
 屋外観戦場にはコロシアムを背にする形で置かれた巨大なスクリーンとそこにコロシアム内の映像を映す映像投影の魔具が置かれ、その前では今現在、これまた壮絶な席取り合戦が行われている。
 そんな人ごみの中をセラとユフォンも進んでいた。
「ねぇ、ユフォン。あのチョーカーってなんなの?」
 セラが言いながら示すのは人々の大半が首に着けている、水色の水晶が一つついた布製のチョーカーだ。
「あれは通訳の魔具だよ」ユフォンが応える。「ここ何年かで急発達した第四世代、魔具だけのマカさ。あれができてからのこの大会の盛り上がりはそれ以前とは比べ物にならないよ」
「みんなナパスの民みたいになるってことだ……そういえばテイヤスさんと喧嘩してた時も第三世代とか、第一世代とか言ってたよね」
「よく覚えてたね。そ、マカには世代があるんだよ。出来た時期と様式によって」
 それからユフォンのマカ講座が始まった。
 一番新しい、魔素を取り込めない他世界の人間でも使える魔具から発動するマカを第四世代と呼ぶ。学者によっては第四世代以上のマカはないと言い切る人もいるほどの最先端技術だ。テイヤス・ローズンが使っていたロケットペンダント、通話のマカを応用した魔具による通話は第四世代のマカだ。
 第三世代は魔具の補佐を得て発現させるマカで、瞬間移動のマカもこれに当たる。強大なマカや特異なマカの多くが第三世代だが、人によっては魔具の補佐なしにそれらのマカを使用できる。その例がヒュエリ・ティー司書の霊体化のマカだ。
 そして、ヒュエリの霊体化も含め、魔具を使わず己の魔素のみで使用できるマカを第二世代のマカと呼ぶ。それは異世界人であっても同じことで、セラのマカもここに分類される。
「そして、一番古い第一――」
「あっ!」
 ユフォンの説明が一番盛り上がろうとするところで、セラは屋台の棚に並んだものを見て声を上げた。そこには彼女がよく知る、盛大な雲海を緻密に再現して織られた高性能な布、雲海織りがあった。
「セラ、ここからが……ははっ……」ユフォンは諦めた様子で溜め息交じりの笑いを零した。
「これ、雲海織り」
「お、オジョサン、よく知ってるネ」
 出店の店主が訛りのあるホワッグマーラの言葉で返してきた。よく見るとこの店の店主は翻訳のチョーカーを着けていなかった。
「ビュソノータス、えっと、『三つの蒼』に行ったことがあるんですか?」
 セラは雲海織りで織られた服を広げて、懐かしむように見つめながら店主に訊いた。
「あるネ」
「どんな、様子でした?」なんといってもセラが一番気になるのはそこだった。三部族の争いと回帰軍の戦いは果たしてどうなってしまったのか。
「最近異世界と繋がり持ち始めた世界だけど、いい世界だったヨ。寒かったけどネ」
「争いとかは?」
「争いカ? ないネ。それより、買っていくカ?」
「あ、いえ。もう、着てるから。他のものを見ても?」
 服を畳んで戻すとセラは棚の他のものに目を向ける。棚には衣服、植物、書物、食品、工芸品などなど、中には何の目的のためのものか分からないものまで、その種類の多さからこの店主が様々な世界を巡ったことが窺える。
「もちろんヨ。いろいろあるネ。ワタシ、いろいろな世界回る商人ネ」
「セラと一緒だね」
 セラの横に並んで一緒になって品物を眺めるユフォン。歪んだ顔を模した工芸品を手に取って、見つめ合う。
「お、オジョサンも旅してるカ? じゃ、どこかでまた会うかもしれんネ。ワタシ、ラィラィいうネ。どこかで会ったらよろしくネ」
「わたしはセラです。これと、あとそれももらえますか?」
 セラはそう言って手に持った数種類の植物と、少し離れたところに置かれた七芒星の形をした種子をラィラィから買うことにした。
「ほいネ。お金は他世界と交流ある世界のなら、どれでもいいネ」
「わたし、ナトラード・リューラのお金しか持ってないけど、これは使える?」そう言ってラィラィに漂流地の硬貨を見せるセラ。
 店主は首を傾げ、硬貨を手に取って眺めた。「これは知らないネ」
「じゃ、僕が払うよ」ユフォンが代わりに代金を支払った。
「まいどネ……ン?」セラに品物を入れた麻袋を渡すと、彼の視線はセラの胸元に止まった。「そのペンダント、見たことあるネ。オジョサンは逃げてきたカ?」
「え?」セラは袋を受け取って訝しむ。「今なんて?」
「逃げてきたカ、と言ったネ?……オジョサン、違うカ? あの薄暗い世界から逃げたと違うカ?」
 それはセラにとって喉から手が出る程欲しい情報の糸口。連れ去られたナパスの民がいる世界のことに違いなかった。そこはグゥエンダヴィードだという可能性もある。彼女は強く棚に手をつき、ラィラィに詰め寄る。
「それは! それはどこ!?」
「おっおう、オジョサン、びっくりネ」
「いいから、教えてっ!」
「ちょっと、セラ、さすがに落ち着いて」ユフォンが宥めにかかる。
「無理よ! みんながいる場所が分かるの!!」
「あぁ……ははっ……」
 セラの剣幕に、ユフォンがたじろいぐ。それほどの表情だ。そして、そんな彼の姿を見て、彼女は我を取り戻す。
「ぁ……ごめん、わたし……」
「何か事情があるネ、オジョサン」ラィラィが二人を落ち着かせるように手をゆったりと上下させながら口を開いた。「でも、残念ネ、場所は分からないヨ」
 ラィラィは懐から茶色く変色した厚手の紙を出してセラに見せた。そこにはくねくねとした黒い線が様々な図形を描いていた。
「ほら、見テ。『異空図』にも跡がないだロ?」
「『異空図』?」
「なに? オジョサン、『異空図』知らないカ? どう旅してるネ。いいカ、これ、滞在した世界を覚える紙ヨ。ここが、この世界ヨ」
 そう言って店主は比較的大きめな図形を示した。そこがホワッグマーラらしい。
「オジョサン探してる世界、薄暗くて恐い場所ネ。すぐ逃げ出したヨ、ワタシ。だから、紙も覚えないヨ」
「そう、ですか……でも、その世界にわたしと同じ首飾りをした人たちがいるんですね」
「いるネ……たくさん」ラィラィは少しばかり眉を顰める。「……言いたくないけどネ。みんな、酷い顔だったヨ。まるで奴隷の世界ネ」
「奴隷……それは、酷いな……」
 呟くユフォンの隣で『記憶の羅針盤』を強く握りしめるセラだった。

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