碧き舞い花
75:酒豪セラフィ
「それは大変だったね」セラからヒィズルでの出来事を聞いたユフォンは言う。「それじゃ、明日の予選のために今日は休んだ方がいいね。ブレグ隊長から、知り合いの出場者とその周辺の人でパーティをしようって誘われてたんだけど、断っておくよ」
「待って、うーん……行くよ。開拓士団のパレードも結局見れなかったし、大会に出る人たちを見ておきたいかなって」
「そっか。パーティは夜だから……それまでどうしよっか?」
ユフォンは少しばかりそわそわしながら、セラを伺った。
「今、あの酒場がいい雰囲気だとは思えないけど?」
セラは少し呆れてながら、窓の外を見やった。
「ははっ……そうだよね。そうだ、そうだよね、ははっ」
「ユフォン?」
「え?」
「どうかしたの?」
「いや、どうもしないよ。どうもね」
「じゃあどうしてさっきから鼓動が早いの?」
「え? まいったな、感覚鋭くなった? ははっ、これは君にまた会えたからで……そのぉ……はぁ、ごめん」
あまりにもセラが訝しむので、ユフォンは肩を落として謝った。
「実はニオザのアドバイスでね――」
ユフォンはセラがヒィズルに行っている間に、コロシアムの魔闘士ニオザと何度か酒を飲み交わしたらかった。そこでは女性に関する話が主だった。どう接するか、告白するならいつどこがいいか、マグリアで女性が好きなスポットはどこか等々、どれも純粋な恋愛話だった。決して不純な話は一切ない。とのことだった。
そして、つい昨夜の酒の席でニオザが「彼女が今度戻ってきたら、すぐにムードのある場所に行ってコクっちゃえ! 勢いが大事だ、勢い!」と酔った勢いで言ったことを実行しようとしたのが今のだったのだと言う。
「また今度にするよ」
「うん」
その後、二人は窓の外が街灯の橙色に染まるまで他愛ものない話をした。セラの旅の話に深く触れることもなく、時間を忘れてお互いをさらに知り合う二人の雰囲気は、傍から誰かが見ていれば口笛を鳴らして冷やかしただろう。
今思えばこの時に想いを告げることも出来ただろう。全く、まだまだ甘いな当時の僕は。
惜しみながらも話を切り止め、二人はブレグ隊長が催すパーティへと出向いた。
パーティはマグリアの北東の地区、警邏隊本部の近くにある大衆酒場で行われていて、セラとユフォンが付いたときにはすでに、遮る壁のない広々とした空間には多くの人がグラスやジョッキを片手に盛り上がっていた。独りでに宙で踊る様々な楽器たちが賑やかな音楽を奏で、規則的に等間隔で置かれたテーブルの上には様々な料理。人々が分け隔てなく談笑し、どのテーブルも同じ皿が並んでいることから、どうやら店は貸し切りの様だった。
入ってすぐのところから二人は主催者であるブレグを探した。屈強な体躯で赤黒い髪というのは探すのに難くない。すぐに見つかった。同い年くらいの、こちらもブレグ程ではないが鍛えられた肉体を持つロマンスグレーの髪の男と愉快に談笑していた。
「ブレグ隊長」セラが声を掛ける。
「おうっ! セラちゃん、ちゃんと戻って来たんだな、よかった、よかった。少しひやひやしたぞ」
主催者はすでに気分よく酔っていた。話していた男を少し待たせ、空いたグラスを二つ取る。それをセラとユフォンに渡すと、有無を言わさずに黒い液体を注いだ。黒酒。ホワッグマーラでも一、二を争う度数を誇る酒だ。アルコールはきついが、その味は甘美。故に依存してしまうと死に至る人までいて、『霊誘う酒』、『幽鬼の酒』などと言われている。
「幽霊の誘いに乗る気はあるかい、二人とも?」
ブレグの問いにセラは首を傾げてユフォンを見る。
「幽霊になるなら、ヒュエリ司書に教わりますよ」ユフォンは黒い酒が入ったグラスをブレグに返した。
「セラちゃんは?」
「どういうこと?」
ユフォンは黒酒について説明する。そして、ホワッグマーラの習わしについても。
「で、黒酒を飲める人が他の人に勧める。普通は断って、勧めた人にグラスを返すんだ。そして、返された人が黒酒を飲む。だから、セラも返した方がいいよ」
「え、でも、それってブレグ隊長が二杯も飲むってことでしょ? 危ない――」
「いやいや、こいつはそれが平気なんだよ」会話に朗らかに割って入ってきたのは、先のロマンスグレーの髪の男だった。彼の名はヴェフモガ・ジュ・クルート。何を隠そう開拓士団の団長様だ。「今だってもう、十は超えてる」
ヴェフモガの言葉にどうだと言わんばかりにブレグが白い歯を覗かせる。「どうする?」
セラはなみなみと注がれた黒い液体を見つめる。「返さない場合は普通に飲めばいいの?」
「おっ? ブレグが気を掛ける子だけあっておもしろいな。一気だ。勧めた奴に見せつけるように一気飲みだ」
「ちょ、セラ、いくら君でも、黒酒はやめた方がいいって……ははっ……冗談だろ?」
眉を顰めるユフォンを尻目に、彼女はクイッとグラスを呷った。喉が数回上下する。
黒酒を飲み干した彼女を三人が様子を伺うように見つめる。セラはまだ上を向いたままだ。
「!?」
顔を下げた彼女の頭が一瞬後ろにガクッと倒れて、すぐに戻ってきて正面を見た。その目は酔いでとろんと潤んでいた。
「セラ……?」ユフォンが心配そうに尋ねる。
「……うん、ふふっ、なぁに? ユフォン? ふふふ」
セラは完全に酔っていた。
それでも黒酒を一気に飲んで意識を保っていられるということにブレグとヴェフモガは感嘆の声を漏らしていた。
セラはそんな周りの反応など露知らず、ブレグの持つ、ユフォンから返されたグラスを見つめている。「ブレグ隊長!」
「お、なんだ?」
「飲まないならぁ、わたしが貰いますっ」ブレグの手からグラスをひったくる。「これ、美味しいよ! ユフォンも飲めばよかったのに。あーっ、今欲しいって言っても上げないからね」
はははっとユフォンが苦笑いで応えると、セラはまたしても一気に黒酒を飲み干した。これには隊長も団長も呆気に取られていた。
「はーっ……おいしっ、ふふふ」
「待って、うーん……行くよ。開拓士団のパレードも結局見れなかったし、大会に出る人たちを見ておきたいかなって」
「そっか。パーティは夜だから……それまでどうしよっか?」
ユフォンは少しばかりそわそわしながら、セラを伺った。
「今、あの酒場がいい雰囲気だとは思えないけど?」
セラは少し呆れてながら、窓の外を見やった。
「ははっ……そうだよね。そうだ、そうだよね、ははっ」
「ユフォン?」
「え?」
「どうかしたの?」
「いや、どうもしないよ。どうもね」
「じゃあどうしてさっきから鼓動が早いの?」
「え? まいったな、感覚鋭くなった? ははっ、これは君にまた会えたからで……そのぉ……はぁ、ごめん」
あまりにもセラが訝しむので、ユフォンは肩を落として謝った。
「実はニオザのアドバイスでね――」
ユフォンはセラがヒィズルに行っている間に、コロシアムの魔闘士ニオザと何度か酒を飲み交わしたらかった。そこでは女性に関する話が主だった。どう接するか、告白するならいつどこがいいか、マグリアで女性が好きなスポットはどこか等々、どれも純粋な恋愛話だった。決して不純な話は一切ない。とのことだった。
そして、つい昨夜の酒の席でニオザが「彼女が今度戻ってきたら、すぐにムードのある場所に行ってコクっちゃえ! 勢いが大事だ、勢い!」と酔った勢いで言ったことを実行しようとしたのが今のだったのだと言う。
「また今度にするよ」
「うん」
その後、二人は窓の外が街灯の橙色に染まるまで他愛ものない話をした。セラの旅の話に深く触れることもなく、時間を忘れてお互いをさらに知り合う二人の雰囲気は、傍から誰かが見ていれば口笛を鳴らして冷やかしただろう。
今思えばこの時に想いを告げることも出来ただろう。全く、まだまだ甘いな当時の僕は。
惜しみながらも話を切り止め、二人はブレグ隊長が催すパーティへと出向いた。
パーティはマグリアの北東の地区、警邏隊本部の近くにある大衆酒場で行われていて、セラとユフォンが付いたときにはすでに、遮る壁のない広々とした空間には多くの人がグラスやジョッキを片手に盛り上がっていた。独りでに宙で踊る様々な楽器たちが賑やかな音楽を奏で、規則的に等間隔で置かれたテーブルの上には様々な料理。人々が分け隔てなく談笑し、どのテーブルも同じ皿が並んでいることから、どうやら店は貸し切りの様だった。
入ってすぐのところから二人は主催者であるブレグを探した。屈強な体躯で赤黒い髪というのは探すのに難くない。すぐに見つかった。同い年くらいの、こちらもブレグ程ではないが鍛えられた肉体を持つロマンスグレーの髪の男と愉快に談笑していた。
「ブレグ隊長」セラが声を掛ける。
「おうっ! セラちゃん、ちゃんと戻って来たんだな、よかった、よかった。少しひやひやしたぞ」
主催者はすでに気分よく酔っていた。話していた男を少し待たせ、空いたグラスを二つ取る。それをセラとユフォンに渡すと、有無を言わさずに黒い液体を注いだ。黒酒。ホワッグマーラでも一、二を争う度数を誇る酒だ。アルコールはきついが、その味は甘美。故に依存してしまうと死に至る人までいて、『霊誘う酒』、『幽鬼の酒』などと言われている。
「幽霊の誘いに乗る気はあるかい、二人とも?」
ブレグの問いにセラは首を傾げてユフォンを見る。
「幽霊になるなら、ヒュエリ司書に教わりますよ」ユフォンは黒い酒が入ったグラスをブレグに返した。
「セラちゃんは?」
「どういうこと?」
ユフォンは黒酒について説明する。そして、ホワッグマーラの習わしについても。
「で、黒酒を飲める人が他の人に勧める。普通は断って、勧めた人にグラスを返すんだ。そして、返された人が黒酒を飲む。だから、セラも返した方がいいよ」
「え、でも、それってブレグ隊長が二杯も飲むってことでしょ? 危ない――」
「いやいや、こいつはそれが平気なんだよ」会話に朗らかに割って入ってきたのは、先のロマンスグレーの髪の男だった。彼の名はヴェフモガ・ジュ・クルート。何を隠そう開拓士団の団長様だ。「今だってもう、十は超えてる」
ヴェフモガの言葉にどうだと言わんばかりにブレグが白い歯を覗かせる。「どうする?」
セラはなみなみと注がれた黒い液体を見つめる。「返さない場合は普通に飲めばいいの?」
「おっ? ブレグが気を掛ける子だけあっておもしろいな。一気だ。勧めた奴に見せつけるように一気飲みだ」
「ちょ、セラ、いくら君でも、黒酒はやめた方がいいって……ははっ……冗談だろ?」
眉を顰めるユフォンを尻目に、彼女はクイッとグラスを呷った。喉が数回上下する。
黒酒を飲み干した彼女を三人が様子を伺うように見つめる。セラはまだ上を向いたままだ。
「!?」
顔を下げた彼女の頭が一瞬後ろにガクッと倒れて、すぐに戻ってきて正面を見た。その目は酔いでとろんと潤んでいた。
「セラ……?」ユフォンが心配そうに尋ねる。
「……うん、ふふっ、なぁに? ユフォン? ふふふ」
セラは完全に酔っていた。
それでも黒酒を一気に飲んで意識を保っていられるということにブレグとヴェフモガは感嘆の声を漏らしていた。
セラはそんな周りの反応など露知らず、ブレグの持つ、ユフォンから返されたグラスを見つめている。「ブレグ隊長!」
「お、なんだ?」
「飲まないならぁ、わたしが貰いますっ」ブレグの手からグラスをひったくる。「これ、美味しいよ! ユフォンも飲めばよかったのに。あーっ、今欲しいって言っても上げないからね」
はははっとユフォンが苦笑いで応えると、セラはまたしても一気に黒酒を飲み干した。これには隊長も団長も呆気に取られていた。
「はーっ……おいしっ、ふふふ」
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