碧き舞い花

御島いる

69:いざ……勝負

 マサ・ムラは瓦礫の上に立ち、虚ろな瞳で真っ赤に染まった惨状の地を見下ろしていた。
 そこから、ベグラオに向かって飛びかかった。
「見ていろ、ケン・セイっ!! この俺が終わらせる!!」
 ガキンッ!
 マサ・ムラと――――ケン・セイの刀が大きな音を立ててぶつかった。
「邪道ぉっ! 何をしている!」
「お前、今、勝てない。退け」
「仲間割れかなんか? ま、どうでもいいっ!」
 マサ・ムラと自身の間に割って入ったケン・セイに向かってその鋭い爪を向けるベグラオ。だがその腕をケン・セイに蹴り上げられ、退しりぞいた。
 間髪入れずにケン・セイは体を翻し、マサ・ムラを瓦礫の向こう側へと蹴り飛ばした。
「イソラ。テム。セラフィ。ここは三人で。俺はマサ・ムラ止める」そう言い残して自分も瓦礫の向こうへと跳んでいった。
「三人でやれって言ってたよ? みんなでベグラオに殺されちゃってよ」
 優雅に唇を動かし、ルルフォーラはセラたちを気だるげに見据えた。
「あなたとは三人でやってあげる」セラはルルフォーラを見上げ睨む。
 傾きだした日はすでに空気を赤く染めていた。二人の麗人の間をよそよそしく風が吹き抜けていった。
「へぇ~。ベグラオ倒す気満々だぁ」燃えるような瞳を細めるルルフォーラ。「でも、やる気だけで倒せるようなのを部下にはしないのよ、わたし」
 主の言葉にへへへと笑うベグラオ。そんな彼にセラはサファイアを向ける。その顔は微笑みを湛えていた。
「やる気だけかどうか」
 彼女はすでにベグラオの背後だ。
「試す時間もないかも」
 オーウィンが音もなく青い肌を斬り裂いた。碧と赤の花が散る。
「あら」瓦礫の上の淑女は感心した顔で呆けた。
「ぁ゛…………」青き男は自らが作り出した血溜まりに突っ伏した。
「そういえば、ロープス持ってるよね? それ、欲しいんだけど」
 青から目を離し、桃と朱に目を向けるセラ。
「あげるわけないでしょ?」
 ルルフォーラは未だ座ったまま言い返す。それもそのはず、ベグラオはまだ息絶えていない。セラも超感覚により知り得ている。立ち上がり、腕を振り上げている。
 確かに力は外在力を纏ったヌロゥに匹敵する。でも反応も動きも鈍い。ケン・セイと修行をしていなければ太刀打ちできず、集会所にいた男のように腕を持っていかれることはおろか、命すら奪われていたことだろう。そんなことを考えられる余裕すら彼女にはあった。
 すでに再びの背後だ。ベグラオの爪が空を突き刺す。そして、頭が飛ぶ。
『夜霧』相手に容赦はしない。ケン・セイとの修行を経て、彼女の精神もまた強くなったのだ。敵だと分かっている相手に情けはいらない。斬らなければ斬られる、それだけのこと。
 セラの足下ではベグラオの体が血を吹き出している。そして、飛んでいった頭は。
「あら……」主の手の中にきれいに収まった。「ベグラオ……」
 まだ微かに動いている部下の顔に憐みの表情を向けるルルフォーラ。
「残念ね」
 ルルフォーラがそれだけ言うと、何をしたのか、彼女の手に乗るベグラオの頭が一瞬にして灰となり、夕焼け空に流れていった。
 そして、まるで何もなかったかのようにおもむろにルルフォーラは立ち上がる。彼女の動きに合わせて瓦礫が少し崩れた。
「あなた、あれね? 白金の髪に青玉の瞳、碧き花と共に舞うナパスの女戦士。ヌロゥが探してたわよ? 珍しく熱くなって」
「そう。じゃあ、伝えておいて、そのうちこっちから行くって…………あぁ、無理だね。あなたは帰れないんだから」
 セラが冷たく言い放つと、彼女の横にイソラとテムが並び立った。
「言ってくれるわ。まあ、いいけど。言った通り三人でかかってきてね。一人ずつ殺すの面倒だもの…………あぁ、殺しちゃったら伝えても意味ないわね」
 ルルフォーラは言って瓦礫の上からふわりと地面に降りた。ぺちゃっと小さく血が鳴る。
 血溜まりは夕日を鈍く反射させて、風は弱々しく四人の髪を揺らした。
 周りで起きている喧騒が一層際立つ。四人がいるその一帯だけがいやに森閑としていた。

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