碧き舞い花

御島いる

67:ヒィズルに咲き乱れる

「セラフィ。イソラと組手。ナパードのみで」
 町の巡回から戻ったセラは少しの休憩をしたのちに、またしてもケン・セイと戦うために彼を訪ねた。しかし、ケン・セイの口から了承の言葉は出てこなかった。
「おおっ! やっとあたしと組手出来るね!」
 傍にいたイソラが喜びの声を上げてサッとセラのもとへ駆け寄ってきた。セラもそんなイソラに嬉しそうに頷くが、ケン・セイの言ったことがいまいち分からずに、どういうことかと訊き返す。
「俺はゼィロスではない。ナパードの修行は分からん。だが」ケン・セイはイソラを見据える。「今のイソラ。感覚鋭い。生半可な瞬間移動、通じない」
「ああ! だからあたしとナパードの修行か!」
 ケン・セイは頷く。「イソラに感づかれない。ビズラス超える」
「ビズ兄様より、静かなナパード……」
『異空の賢者』ゼィロスの修行が終わったことで彼女のナパードは静かなものになっていた。それでも兄や伯父に並ぶナパードはできないのだ。セラは思い返す。
 ビュソノータス。
 プライと戦った時、自分だけ跳ぼうとしたが、触れていたプライも一緒に跳んでしまったこと。ヌロゥの意表を突こうと背後に跳んだが、そこで目が合ったこと。
 まだ、ナパードの技術には上がある。
 戦いの感覚を取り戻し、さらに高めた今、そこも極めない手はない。
「うん、やるよ」
 かくしてセラとイソラの特異な組手が始まった。


 セラは跳ぶ。
 何度も、何度も。
 剣も握らず、イソラの超感覚から逃れることだけに集中する。しかし、そうなるには時間がかかりそうだった。セラが跳ぶ先々にはイソラの拳や蹴りが待っていた。そのすべては寸止めだったが、そのすべてが的確に急所を狙ったものだった。
 視界を閉ざされながらここまでの正確性を出せるということから、イソラがどれ程超感覚をものにしているかが窺える。昨夜、部屋で脛をぶつけたのを感じ取られていたのも頷ける。
 今、イソラと本気で戦ったら自分は勝てるだろうか。
 セラの頭にふと疑問が過る。すると、その瞬間、姿を現した彼女の頬をイソラの平手が、程よく弱められた力で打った。
「いた……」
 今まで寸止めをしていたイソラの変化に呆気に取られて動きを止めるセラ。イソラを見つめる。
「もう」組手とはいえ真剣な眼差しで挑むイソラは、少しばかり頬を膨らませる。「セラお姉ちゃん! 分かるんだからね、違うこと考えてるの」
「あはは……ごめん。今イソラと戦ったらどっちが勝つかなって考えちゃって」
「なーんだ、そんなのあたしだよ」イソラは表情を緩め、おどけて胸を張る。
「あ、言ったなぁ」セラは口角を上げる。そして、碧き花を散らす。
「っ!」
「ほんと、あたしが勝つね、これじゃ」
 再び花を散らして現れたセラの眼前には小麦色に焼けた小さな拳があった。


 イソラとのナパードの鍛錬は次の日も行われた。
 その日はイソラを含めケン・セイの一派の見回りはなく、朝食を済ませるや否や二人は前庭に出た。縁側ではケン・セイが胡坐をかいて異様な追いかけっこをする二人を見つめている。テム・シグラは作戦会議だ。
「セラフィ! 焦るな。俺でも分かる」
「分かってるよ」
 セラはさすがに苛立ち始めていた。何度やってもイソラから逃れることができないでいる。さすがにこれは無理なのではないかと思い始めていたほどだ。
「でも、イソラの感覚が鋭すぎる」
「確かにそうかも、お師匠様。あたしはずっとこの状態だから、たぶん、どんなに静かでも、音とか以前に――」
「分かっている」
「え?」
 ケン・セイの言葉に二人は揃って首を傾げる。
「イソラ、ヌォンテェに並ぶ。その気になれば、ヒィズルを見渡せるだろう」
「うええ! さすがにそれは無理だよ!?」
「気の持ちようだ。大事なのは」
「気の持ちよう……」
「セラフィ。イソラに感づかれないよう、心がける。おのずとナパードの精度、高まる」
「そっか……」セラは顎を伝う汗を拭い、小さく口の端を上げる。「そういうことね」
 言うとセラは小さく息を吐き、ケン・セイの視界から消えた。
「!」
「ニシシっ」
 目を見開いて驚くケン・セイを余所にイソラの顔は悪戯な笑みを浮かべ、彼の背後に目を向けるように上がった。
「まさか、俺が見失うとはな」
 振り返ることもせず言うケン・セイの背後には白い歯を覗かせるセラの姿があった。

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