碧き舞い花

御島いる

41:外在力

 二対一の攻防は均衡したものだった。
 セラと老戦士の連携がいまいちということも理由の一つだったが、なによりヌロゥの腕が立っていた。そのぬらりくらりとした独特の動きで二人の刃を躱しては的確に反撃を繰り出してくる。しかも、執拗に老戦士の方ばかりを狙い、セラがそのことでできるであろう隙を狙うが、男は引き際を知っていて隙を見せる前に老戦士から一度、また一度と間合いを取って仕切り直すのだ。
 そして、ついに。歪んだ剣が老戦士の肌を裂いた。
 今までその歪んだ刃を受けても破れずに耐えてきた雲海織りの衣が悲鳴を上げ、老戦士は苦痛に声を上げながら脇腹から胸部にかけて入った亀裂から噴火する山肌のように血を噴き出した。
「やっと斬れたな」吹き出した血を避けるように老戦士から距離を取ったヌロゥはその手に携えた歪んだ剣に着いた血を払った。「ほんと、なかなかいい技術を手に入れたわけだ」
「ぐぉお……ぐぅ……!」
 老戦士の傷は盛大な出血にしては浅いものだったらしく、駆け寄り支えようとしたセラを手で制して自らの足でしっかりと踏ん張っていた。
「こうなろうものなら、貴様らに教授など――」
「もう遅いだろ? ウジウジ言うなよ」
「ぐぉおおおお!」
 老戦士は傷を負っても鈍ることのない動きでヌロゥに斬りかかった。セラもその雄姿に続く。
 だが、老戦士は何かに弾かれるようにセラの前からあらぬ方向へと飛ばされた。「どぅおっ……!」
「マカ!?」
 老戦士を気にしながらもセラは自分に向かって手を差し向けてくすんだ緑色の髪を揺らすヌロゥにこれまで以上の注意を向けた。超感覚を研ぎ澄まし、あの手から再び放たれるであろう魔素を感じ取ろうと試みる。すると、セラの踏んだとおりその手からは何か、魔素ではなかったが、目に見えないものが放たれた。すかさず彼女も腕を振り衝撃波のマカを放つ。
 空間を少し歪ませる二つの衝撃波は二人の中間地点でぶつかり合い相殺した。そして、再び二人の鍔迫り合いが始まった。ヌロゥの歪んだ剣の窪んだ部分にセラのオーウィンが重なる。
 お互いが鍔迫り合いを終わらせようと剣を動かすことでカチカチと音がする中、ヌロゥが口を開く。
外在力がいざいりょくの類を使うとはな」
「お前のとわたしのマカは別物よ」
「マカ?……確かに聞いたことがない」ヌロゥはしばし思案した後、ぬらっと笑った。「では、そのマカとやらと外在力の力比べといこうではないか」
 ふわっと、ヌロゥに向かって空気が集まった。その風がプラチナと暗緑を揺らしたそのとき、セラは危機を感じ取ってヌロゥから離れようと飛び退いた。しかし、セラより早く、ヌロゥに向かって集まっていた空気が向きを変え彼女に一斉に襲い掛かってきたのだ。それは目の前の男がさっき手から放った目に見えない何かだった。恐らくそれが外在力という力。
 纏まった空気の塊に吹き飛ばされたセラは土埃を上げながら戦場を何度も転がった。空気の塊は想像以上に力強く、セラが地面に落ちてからも執拗にぶつかってきたのだ。ようやく勢いがなくなったのはヌロゥからかなり離された位置だった。蒼白い土と細かい掠り傷や切り傷から滲んだ血で汚れたセラが立ち上がるとセラが転がった地面は抉れるようにへこみ、周りにあった天原族と『夜霧』の死体はきれいに吹き飛ばされていた。これだけの激しさの中でも雲海織りの服やグローブ、それからブーツなどはまったくほつれを見せていなかった。
 セラは鎧のマカを纏った。プライに見せた紐状のマカ同様、いや、それ以上に長く保つのは大変なものであったが、ヌロゥのあの力を受け続けたら服よりも先に体がもちそうにないと判断したのだ。
 当のヌロゥは体に外在力を纏ったのか、淡く輝き、長い距離を凄まじい速度でセラに迫っていた。その速さは駿馬に匹敵する。
 こちらも淡く輝くマカの鎧を纏ったセラは剣を構え、受ける姿勢を万全に備えた。
 セラの前で高く跳び上がったヌロゥ。歪んだ形の剣を振り上げた。セラは振り下ろされるであろう剣に迎え撃つために剣を引いたが、目前に迫ったヌロゥから別の動きを感じ取った。とても早い蹴り。セラがそれを感じ取ったときにはすでにヌロゥの足が彼女のこめかみに触れていた。
 外在力を纏ったヌロゥの力はセラの想像をはるかに超えていた。防御も受け身もできず頭から地面に叩き付けられ、勢いのまま地面を擦っていく。
「なんだ、渡界人の戦士ってのはこんなものなのか」ヌロゥは地面に伏せるセラに近付きながら、ぬらっとした声で淡々と言った。「奴の背に傷を負わせた奴が特別強かっただけかぁ。本気を出せば敵じゃないな。あのお方は何を恐れているのやら」
 ヌロゥがセラを見下ろす。セラの鎧のマカはすでに消え去っていた。だが、彼女のサファイアにはまだ戦う意思が輝いていた。碧き花を舞い散らせ、彼女はヌロゥの背後を取った。
 背後を取ったはずなのに、彼女のサファイアはくすんだ緑と目が合った。
「ぐっ……」
 ヌロゥの淡く輝く手が彼女の首を掴んだ。その細い体躯からは想像できない程軽々と彼女を持ち上げる。セラは足をバタバタと暴れさせるが、なんの意味も成さなかった。
「美しく、静か……さっきから実に見事だ。二度と見れなくなるのが惜しいな」
 歪んだ刃がセラに迫る。

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