碧き舞い花

御島いる

37:力試し

 砦の外は真っ青で、頭の上に輝く太陽が眩しい。
 陸地が雲に乗っかるようにして浮かぶ、ビュソノータスの浮島。蒼白い地面は陽光を優しく照り返し、地面の果てにある真っ白な雲は太陽を映す鏡のように煌々とその白さを披露している。その雲の上にはセラが地上で見たものとは少しばかり形の違う帆船が浮かんでいた。船側に翼と帆をつけ、中央の帆をはじめ、船体全ての帆が下からの風を含んでアーチを作っている。
「地上の船とは違うでしょ?」
 セラの後ろからひょっこりと現れたのはエリンだった。
「あれ、あたしが設計したの。すごいでしょ! どの向きの風も受けれる立体マストに、船底には浮上・加減速用のプロペラが付いてるんだよ。残念なのは、海中には潜れないってこと。陸海空三用船トライシップを造れたらまさに回帰軍じゃない?」
「……うん、そうだね」熱のこもったエリンの言葉に勢いのまま賛同するセラ。同い年の少女が口にする自らの知らない分野の言葉の七割くらいは理解できなかったが、エリンが回帰軍のことを考えて発言していることは容易に判断できた。だから、賛同した。
「おっ、来たか!」
 二人が帆船の方を見ていると、その帆船からジュランが顔を出した。よく見ると、船にはたくさんの男たちが乗っていた。


 セラとエリンが揺れる船上に上がると、天原族と野原族の男二人が甲板を所狭しと動き回りながら戦っていた。武器は持たず、殴る蹴るの応酬だ。だが、武器を使ってはいなかったが、甲板にあるものを利用していた。巻き置かれていたロープ、重々しい樽、階段の段差、それに周りにいる二人の戦いを楽しむ他の男たちが落として転がっていたビンまでも。
 二人の戦いが一瞬だけ止まったところで、周りの男たちの中にいたプライが叫んだ。「二人に剣を!」
 二人を囲む男たちの群れの中から、二人に向かって一本ずつ細身の剣が投げられた。今までの戦闘で少々息の上がった二人は剣を掴み取ると鞘から抜いて、再び戦いを始めた。樽やロープ、それから帆柱など、戦いの障害になるようなものが多くあるなか、二人の男は時にそれらを利用しながら剣を交えた。
「何をやってるの? ジュラン」セラはジュランに尋ねる。
「船上戦の訓練だ。三部族は船で移動することが多いからな、限られたスペースとか揺れとか、まあ、色々慣れとかねえと戦いにならねんだよ」
「ふーん」
「着心地はどうだ?」
 セラとジュラン、エリンのもとへ移動してきたプライはセラを上から下までじっくりと見つめた。
「うん、問題ないよ、プライさん」織ってもらった服のことだとすぐに解釈したセラは笑顔で応える。
「だから、なんでプライはさん付けなんだよ。俺にもさんを付けろって言ってんだろ」
「えー、ジュランはジュランでしょ」
「なんでだ!?」
「雰囲気?」
「っけ、ほら、お前の番だぞ、セラ」
「え?」
 ジュランは少しばかり不貞腐れながらも、甲板の中央を顎で示した。すでにそこで戦っていた男二人の姿はなく、観衆たちの目はセラに集まっていた。
「そういえば、セラ。お前、剣は?」セラの背を見るようにしてプライが訊く。
 だが、そこにオーウィンはない。セラはオーウィンを使うことはないだろうと考えてキテェアの部屋に置いてきていたのだ。
「キテェアの部屋だけど……?」
「あ、じゃ、あたし取ってくるよ。それまで剣なしでやってて」
「ぇ、あ、うん」エリンに応えるセラの視線はエリンではなくジュランの方を向いていた。「ジュラン、聞いてないんだけど?」
「あ、そうか? 言ってなかったか? 面倒だから、言わなかったかもな」
「おい、ジュラン。そこが一番重要なところじゃないか」ジュランを責めつつ、プライはセラに説明する。「みんなでセラがどれだけ戦力になるかを見ておこうと思ってな。この場を用意した。気を悪くしないでくれ、俺たちは真剣に三部族の回帰を目指してるんだ」
「ううん、いいよ。それで、相手は?」
 プライは黙って腰に帯びた二本の剣をジュランに渡した。「俺だ」


「旅の子とは副隊長がやるみたいだぜ」
「厳しいんじゃないか?」
「力を見るんだ、妥当だろ」
「頑張れ、セラちゃん! 応援してっぜ」
「プライさん、泣かすなよ」
「隊長じゃないのか? ジュランさんは?」
「って、寝てるっ!?」
 観衆の男たちが甲板の中央に視線を注ぐ中、ジュランは船べりを背もたれにいびきをかいていた。
「ジュランのやつ……」プライは溜め息を吐いて頭に手を当てる。「はぁ、俺の判断に任せるらしい。セラ、手加減はしないぞ」
「もちろん。わたしもだから」
「確認するが、剣がなくても戦えるのか? エリンの帰りを待って――」
「大丈夫だよ。剣だけに頼った戦い方、してないから」
 セラはヒィズルでのイソラとの組手を思い出していた。イソラのようにとまではいかなくても、自分は動ける。それに、セラはさっき見た男二人の戦いを見てあることを思った。あらゆる環境で対応する遊歩の技術、あれは移動だけに留まらないのではないか、戦いにも応用できるのではないかと。
「ふっ、では、始めよう」プライは近場にいた男に目を向ける。「開始の合図を頼む」
 言われた男は頷き、少し間を置いてから騒がしい甲板に響く声で叫んだ。「はじめっ!!」
 男の声を合図に、甲板は少しトーンを落とし、二人の戦いの行方を見守った。
 セラが試される側として先に動いた。様子見などせず、駿馬で間合いを詰めた。鎮まったはずの甲板は再びどよめき交じりの歓声で包まれた。彼女はすでに腕を振りかぶっている。それはプライの顔面を狙ったものだった。
「!」
 プライはどよめく男たちとは違ってとても冷静だった。目前に迫ったセラの拳を片手で捌き、反対の手で反撃に出ていた。それは容赦なくセラの顔に迫る。サファイアの瞳でしっかりと相手の拳を捉えていたセラは足を蹴り上げて後転する。そして、振り上げた足はプライのシュッとした顎を狙っていた。
 惜しくも足はプライの顎を捕えることは出来なかったが、彼の頬を縦に小さく裂いた。
 プライは頬を拭う。「やるな」
「どうも」セラは静かに応える。
「おい、あの子プライさんに傷つけたぞ」
「かすり傷だろ? 副隊長の方が強いに決まってる」
 そんな会話がセラの耳に届く。同時に、目の前の天原の戦士が甲板を蹴る音も届いた。
 遅い。その動きはイソラやケン・セイの駿馬には到底及ばない速さだった。駿馬に対応したプライだが自身はそこまで早く移動できるわけではないようだった。
 タイミングを計り、飛び掛かり間合いを詰めてきたプライに蹴りで反撃しようとセラがモーションに入ると、ピタッと、プライの動きが空中で止まった。
「えっ!?」動きを止められずにセラは空を蹴り裂く。だが、彼女のサファイアはプライに何が起きていたのか、彼が何をしたのかはっきり映していた。羽だ。プライは腰に生えた羽で一瞬だが空中で止まったのだ。
 セラの足が甲板に着く寸前、彼女の背中にプライの蹴りがきれいに決まった。勢いで転がるセラ。どうにか勢いを止め、甲板に手をついた。そして、振り返ろうと首を回し始めたところで、回転を止め、頭を下げた。彼女の頭上すれすれをプライの脚が通り過ぎて行った。

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