碧き舞い花

御島いる

36:三部族と回帰軍

「まずは三部族について話しましょう。わたしたちは野原のはら族、海原うなばら族、天原あまはら族という三つの部族にわかれているの。獣の耳と尻尾を持っているのが野原族、わたしがそうね」
 キテェアは自分の耳と尻尾をセラに示し、その後にエリンに視線を向ける。
「鼻の脇にエラと両足の小指側にヒレがついてるのが海原族」
 エリンは靴を脱いで片足を上げる。そして、小指側についたヒレを開いた。ヒレを開くと片足だけで両足ほどの大きさになる。
「泳ぐときしか使わないんだけどね」
「こら、エリンちゃん。食事中よ」エリンを優しく諌めるキテェア。
「はーい、ごめんなさい」エリンはすぐさま足を降ろした。
「それで、頭に羽根っ毛があって、腰の上あたりにこっちは正真正銘の羽が生えてるのが天原族。ジュランさんとプライさんは天原族よ」
「ジュランにも羽根っ毛と羽が?」
「ええ、もちろん。バンダナと服で隠しているけどね」
「どうして?」
「うん。あれはね、ジュランさんの意思の現れなの」キテェアは一旦言葉を切った。そして、小さく一息吐いてから続ける。「今、三部族はどの部族が一番か、どの部族に支配権があるのかを長い間争っているの。わたしたちが生まれるよりずっと前からね。でも、それよりももっと昔、この砦、元は遺跡だったんだけど、ここが遺跡と呼ばれるよりも前の時代では三部族はお互いに協力し合って生きていたの。大地も海も空も分け隔てなく、とても仲が良かったことがここを含めて至る所の遺跡の壁画に描かれてる。ジュランさんはその時代を取り戻すために決起したの。そのときから羽根っ毛と羽を隠して、三部族に違いなんてない、みんな同じだってことを示してるのよ。そして、プライさんと二人から始まって、ジュランさんの意思に賛同する人たちが徐々に集まった」
「あたしはね」話に割って入ったエリンの表情は愁いを帯びていた。「小さいころ、戦場でジュランに助けられて、それからずっとここにいる」
「……。人数が増えてきて、この遺跡を砦として拠点にし始めた頃。わたしたちは回帰軍を名乗るようになった。軍だなんて矛盾してるって思うでしょ? でも、争いを長く続けてきた三部族とは話し合いなんてできないの。戦いで示すしかない。これはみんなで話し合って決めたことよ」
「矛盾はしてるかもしれません」セラは静かに言葉を紡ぐ。「でも、わかります。わたしも一緒ですから」
 争いをなくすために戦うという回帰軍の考え方は、セラにブレグ隊長の言葉に近いものを感じさせた。
 決意した信念を貫く限り、行動と目的との間に矛盾が生じることがある。その矛盾が生まれたとき苦しみながらも、決して行動と目的を混同せずに、行動が目的のための通過点だということを忘れてはいけない。決意した信念を忘れず、強く想い、己を支える。
「……セラ」
「分かってもらえて、よかったわ。それでね、セラちゃんに協力してほしいことなんだけど、その戦いの手助けをしてほしいの。改めて、お願いできる?」
「もちろん」
 セラはゆっくりと、それはもう丁寧に頷いたのだった。


 それから数日。
 キテェアの腕の良さとセラの傷薬の薬効の高さが相まって、セラの傷は完全に塞がり、傷跡もよく見ても分からないときがあるほどきれいになっていた。
「セラちゃん。これ、セラちゃんが着てた服と手袋に靴よ」
 キテェアの部屋で最後の診察を受けたのち、キテェアから自分が元々着ていた服を返してもらったセラ。しかし、受け取るとその重さの違いに気付く。
「軽い……これって」
 今まで着ていた服だと思っていたそれは、今セラが着ているシャツとスカート、それから回帰軍のメンバーが着ている服と同じ雲海織りで織られた服だった。グローブやブーツも服より少し硬めだが同じ雲海織りだ。
「前のとそっくりでしょ、それ、プライさんが織ったのよ」
「え?」セラはクールな表情で黙々と服を織っているプライの姿が想像できず思わず声を上げた。
「あ」それを聞いたキテェアが少々不安気に言う。「もしかして、今までの服に何か思い入れとかあった? 捨ててないから、気に入らなかったら――」
「いえ、ありがとうございます。ちょっと、プライさんが織ったってことが想像できなくて」
「うふふ、言われてみると、ちょっと面白い光景よね」
「ふふふっ」
「でも、プライさんの腕は確かよ。雲海織りは元々天原族の伝統でね、プライさんは数少ない伝統を受け継ぐ天原人なの。動きやすいし、強いけど柔らかくて、温かいけど涼しい。不思議でしょう?……あれ、でも、セラちゃんって前の服で外にいたのよね?」
 キテェアの疑問はもっともだった。ビュソノータスは凍ってはいないが陸地も海もはたまた空も極寒なのだ。毛皮を着こむなり、雲海織りの衣服を纏っていなければまともに生活できない、というより生きていられないのだ。
「わたしは、へんた……色んな環境に耐えられるような修行をしたので」
 彼女が変態術と言おうとしてやめたのは他でもない、女性相手に変態術という言葉を使うのはあまり良しとしたものではないと感じているからだ。使わないで説明できるなら極力使いたくない。
「そう。ほんと、すごいのね、セラちゃん」
「キテェア、入るぞ」
 突然、部屋の扉が開き、ジュランが入ってきた。
「ジュランさん、また! ノックしてくださいよ。今日という日は言わせてもらいますよ! セラちゃんがこれから着替えるところだったんですよ! 変態なんですか? 変態ですよね? 出てってください。ほら、早く!」
「ぁ、なんだよ、めんどくせぇ」憤慨するキテェアに背中を押されるジュラン。「別に覗きに来たわけじゃねえよ。エリンがいればエリンに頼んでたさ、めんどくせぇ。セラ、着替え終わったら外に来い。怪我、もういいんだろ?」
「はいはい、用事が済んだら出てってくださいねっ」
 キテェアに押し出されたジュラン。締まる扉の隙間から面倒臭そうだが、どこか試すような表情を覗かせる。
 セラは独り小首を傾げた後、扉が閉まるとジュランを待たせないようにと手早く着替えたのだった。
「やっぱ、ズボンの方が落ち着く」

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