碧き舞い花

御島いる

28:洞穴

 洞穴に入りどんどん下っていくセラと白ヒュエリ。追っていた不干渉幽霊は随分と先に行ってしまっていたが、洞穴が一本道だったのが幸いした。二人は迷わずに進んで行き、ついには幽霊に追い付いたわけだ。
 淡い二つの光に照らされる洞穴はセラの足音だけを小さく響かせるばかりで、何かしらの生き物がいる気配は全くなかった。
「……!」
 不干渉幽霊を追って洞穴が下り坂から平坦になったところで、セラは何かを感じ取った。
「どうしました?」
「この奥に気配があります。人が二人と追ってたやつと同じ感じなのがたくさん」
「灯り、消した方がいいですかね?」
「そうしましょう」
 セラとヒュエリは灯りを消し、壁に手を当てながらゆっくりと静かに進むことにした。そうして数分が経つと暗闇だった洞穴の先、柱のような岩の陰から光が覗いているのが見えた。不干渉幽霊は光の中へと入っていく。人の気配もその奥から感じるものだった。
 二人は岩の柱の陰から光の中を覗く。そこは洞穴の最深部で開けた行き止まり。ランプを地面に置き、それを二人の男と黒い霧が囲んでいた。
「随分集まったな」
「ああ、そうだな。あと一団で全員だ」
 二人の男は黒い霧を見回しながら頷き合う。
「聞く限り、不干渉幽霊が黒い霧……? 集まると黒く見えるということでしょうか。だとしたら新事実です!」
「ええ。でも、わたしが追ってる奴らじゃないのははっきりした」
 小声のヒュエリに同じく小声で返したセラは目の前でもやもやしている黒い霧が『夜霧』とは関係ないものだと判断した。それはヒュエリが推理した不干渉幽霊が集まると黒く見えるということや、二人の男が『夜霧』の黒光りする鎧を着ていなかったというのもあるが、霧が発生しているのに青白く縁取られたロープスの穴がどこにも見当たらなかったというのが一番大きかった。
「それにしても、わたしがいません。意思も通じませんし……」
「ぁ……」
 隣で静かに不安に駆られるヒュエリに、セラは声を掛けることができなかった。彼女自身、もう一体のヒュエリの幽体を感じてはいなかったのだ。
「あ?」突然。男の一人、頭に頭巾を被った男が黒い霧に向かって声を上げた。「なんだ?」
「会話してる!?」
「不干渉幽霊は不干渉幽霊ではなかったということでしょうか? だとしたらあれは? マカが使われている感じはありませんし、不干渉幽霊でもない……だとしたら、あれはなんでしょう……?」
 ヒュエリは独りで思考の世界に入り込みブツブツと言い始めてしまった。
「何!?」今度は頬に傷のある男が洞穴に響くほどの大声を上げた。「つけられただと!?」
「やばいっ。ヒュエリさん、戻りましょう!」
「ふぇ!? あ、はい、すみません」
 自分たちがつけていたことがばれたと分かった二人の行動は早かった。思考の世界に入り込んでいたヒュエリでさえ、すぐに引き返そうとした程だ。「一人で来たんじゃねえのかよ!?」「どうしてそれでつけられんだ!」などと喧嘩を始めた二人と声の聞こえないセラたちが追っていた不干渉幽霊。二人は喧嘩をする男たちの声を耳にしながら洞穴を引き返していたが、その足はすぐに止まることになった。
「おいおい、なんだ、騒がしいな」
 セラたちは黒い霧を引き連れたボサボサ頭の男と鉢合わせてしまったのだ。
「お? 女の仲間がいるとは聞いてねぇな」
「ヒュエリさん、下がってください」
 セラはオーウィンに手を伸ばしヒュエリを自らの背後に庇った。だが、それも意味がなかった。二人の後方からは二人の男と黒い霧が追いかけてきていたのだ。
「おいおい、ダズ。こりゃどういうことだ?」ボサボサ頭は頭巾を被った男に向かって言った。
「一人つけられたやつがいて。どうします、ギュマさん」
「あー、まー」ギュマと呼ばれた男はボサボサ頭を激しく掻く。「とりあえず、捕まえっか」
「セラちゃん、瞬間移動できますか?」
 ギュマの言葉を聞いたヒュエリが身長差を埋めるために少しばかり浮かびあがるとセラの耳元で囁いた。
 セラもそれに小声で応える。「できます」
「では、それぞれで移動しましょう、司書室まで」
「はい」
「おいおい、何しようとしてっか知らねえけど、もう何したって逃げられねえから」
「!」
 いつの間にか、セラとヒュエリの周りには纏わりつくように黒い霧が漂っていた。それは陰湿な雰囲気で二人を取り巻いていく。二人は霧から逃れようと体を動かすが、霧は纏わりつくばかり。そして、二人は霧ではなくロープのようなもので二人纏めて巻かれていることに気付く。霧に紛れ目には見えないが、ロープが肌に触れていた。セラとヒュエリは背中合わせで縛られてしまっていたのだ。二人を縛り終えたからか黒い霧は三人の男の後ろに引いていった。
 ロープが肌に触れた瞬間からセラはナパードができない状態になっていた。それはエレ・ナパスで鎧の男に手枷をはめられた時を思い出すのには十分で、あの手枷に比べれば気持ち悪さや不安感は少ないものの近いものを感じた。それはヒュエリも同じようで、彼女も消えることができていなかった。
「どうだ、狩り場の呪いは?」
「狩り場……? それは『幻想の狩り場』のことですか?」
「ふんっ」ヒュエリの質問に息だけで応えたギュマ。「ダズ、ヒュガ。二人を連れてこい」
 仲間二人に指示すると洞穴の奥に向かって歩き始めた。「ピクニックは明るい時間にするんだったなお嬢様方」
 セラとヒュエリはダズとヒュガと呼ばれた男に引っ張られる。後ろには黒い霧がぴったりとついて来ていた。

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