碧き舞い花

御島いる

27:再びの森は夜

「意思が通じません……」不安そうに眉をひそめるヒュエリ。
「何かあったのかもしれません」テイヤスは懐からロケットペンダントを取り出し、それを開く。「警邏隊に連絡しますか?」
「お願い、じまずぅ……」ヒュエリはそこまでかと思うほど涙声になっていた。それには訳があった。「じょでい、ざれで……ひっく、じまっだのでじょうがぁ……」
 それは文字に起こすと理解に苦しむような言葉だったが、彼女は「除霊されてしまったのでしょうか」と言ったのだ。なんでも、霊体分離した彼女たちは実体からある程度の範囲までなら意思の疎通が出来るらしいのだが、除霊されてしまったから意思の疎通が出来なくなったと考えたのだ。
「はい。お願いします」
 ペンダントに向かって話すテイヤスはそう言ってペンダントを閉じた。このロケットペンダントはマグリアの魔導学院が開発した通話のマカを応用した魔具だ。魔具には他に、照明のマカを応用した暗くなったら自動的に灯る街灯などがある。その街灯も今ではすっかり、日の沈んだマグリアの街並みの主役になっている。
「捜索してくれるそうです」
「うぅ……じゃあ、わたしも探しに行ってきます。留守をお願いします、テイヤスちゃん」部下の返事を待たず部屋を出て行こうとするヒュエリ。セラとユフォンに向き直る。「お二人は帰って休んでください、ぐすんっ」
「いえ、わたしも探します」セラはヒュエリに寄り添うように横に並んだ。「こうなったのもわたしがマカを教えてもらっていたせいだし……」
「あぁ……ごめんよ、セラ。僕はさすがに疲れたから、お言葉に甘えさせてもらうよ」セラの言葉を聞いたユフォンは申し訳なさそうに言う。「鍵は開けてお……かなくても大丈夫か。とにかく、無理はしないで」
「うん、ありがと。行ってくるね」
 セラはそう言うとヒュエリと共に司書室をあとにした。


 セラとヒュエリはひとまず日中に訪れた『竪琴の森』に来ていた。
 日が暮れても竪琴の音は爽やかに奏でられているが、森の様相はまったく違っていた。月も欠片も出ておらず、ヒュエリの照明のマカとセラが腰から掛けているランプの光だけが森を照らすが、街の橙色には遠く及ばない。
「意思は通じますか?」
「いえ……。やはり、すんっ、除霊されて……」
「大丈夫ですよ。必ず見つけましょう」
「はい……」
 隣を歩くヒュエリは元気がない。そんな彼女を見てセラの心はキュッと締め付けられる。どうにかしてヒュエリの元気を、小さな幽体を取り戻したい彼女は超感覚を目一杯研ぎ澄ましていた。
 すると、彼女は整備された道の先から誰かがこちらに向かってくるのを感じた。
「誰か来ます」
「ふぇ? 灯りなんて見えないですけど」
 ヒュエリの言う通り、道の先は夜の闇になじんでいるばかりでその闇を打ち消す光は微塵もなかった。もちろん、セラにもそのことは分かっていたし、彼女自身、目では何者の姿も捉えていなかった。ただ、肌で何者かが迫ってくる気配を感じていたのだ。
「集中しても目に見えないってことは、ヒュエリさんの幽体じゃない。でも、もうすぐ……そこ、まで……」
 途切れ途切れに言葉を紡ぐセラはその視線を前方から横、後方へと移動させていった。
「通り過ぎたのですか? 何かしらのマカが使われている感じはしないのですが……」
「追ってみましょう」
 セラの言葉にヒュエリは声を出さず静かに頷いた。セラの感覚を頼りに二人はそこに存在する音も匂いも影もない何かを追い始めた。
 その何かは二人に追われることなど意に介さずに進み続ける。そのうち整備された道を外れ、獣道とも呼べない道なき道を草木を揺らすことなく前進した。しかし、追う二人は草木を無視することは出来ない。セラがヒュエリのために道をつくるような形で先導する。変態術や遊歩を学んだ彼女にとって草木を分け入ることは造作もないことだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ、セラちゃんのおかげでなんとか」
「それにしても……どこに向かってるか分かりますか?」
「うーん……わたしも道を外れたことはないので、なんとも……。でも、わたしは感じ取れないあれが何なのか、思い当たるものがあります。不干渉幽霊、とても珍しい……というか、う~ん……」
「?」どうにも煮え切らないヒュエリの言葉にセラは首を傾げる。「どうかしたんですか?」
「う~ん……不干渉幽体を持つ幽霊というのは一度もその存在を確認されたことのない、空想上の、おとぎ話の幽霊なんです。不干渉幽霊が出てくるおとぎ話では、性質こそ完全幽体の幽霊と同じですが、一点だけ違いがあると描かれています」
「どんな違いですか?」
「命ある者にはその存在を知ることは出来ない、完全なる死者の国の住人です」
「わたしは生きてます」
「はい。創作されたおとぎ話ですから現実とは違うでしょうし、セラちゃんの感覚が鋭いので感じ取れたのだと思います。……でも、実在したとなれば、大発見です! 恐らく、この世界の誰もがその存在を感じることは出来ないでしょうけどね、ふふっ」
 おとぎ話の存在の実在に胸を躍らせるヒュエリは少しばかり元気が出てきたように見える。
「あっ! わたしも完全幽体になれれば感じ取れるかもしれません! セラちゃんとユフォンくんも頑張っていることですし、わたしも頑張りますよぉ!」
 宣言するヒュエリの口角は上がっていた。その顔を見てセラも口の端を上げる。「はい。頑張りましょう」
 二人の話が一段落して数刻経ったこ頃、不干渉幽霊と思われる存在は開けた場所に出た。次いでその場に出たセラとヒュエリはぽっかりと地面に穴が空いているのを見つけた。
 穴は地下に向かって斜めに空いていて、不干渉幽霊はその洞穴の中に入っていった。
「『竪琴の森』にこんなところがあるだなんて」
「どうします? 追いますか? それとも、一度戻って明るくなってからまた来ますか」
「追いましょう。何のためにこの中に入ったのか知りたいです。それに、地下なら意思が通じないのも頷けます」ヒュエリは実体と小さな白ヒュエリに分かれた。そして、幽体のヒュエリが続ける。「実体のわたしを帰してテイヤスちゃんに知らせておきましょう」
 ヒュエリの実体が来た道を引き返していくのを見送ると、白金髪と灰銀髪は洞穴を振り向く。
 洞穴を見つめる一人と一体。洞穴からは虚ろな闇が見返していた。

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