碧き舞い花

御島いる

18:同胞

 轟音と震動の中、セラは叫び声を上げた人物を強く感じ取ろうと超感覚を極限まで高めた。そして、ビルが形を失う直前にようやくその人物をはっきりと感じ取ることができた。本当にギリギリだった。もう少し遅れていたら彼女はその人物を目指してナパードを使う間もなく、潰れて瓦礫の仲間入りをするところだった。


「良かった」彼女が目指した人物は振り返ることなく、セラが背後に跳んできたことに気付いて優しく言葉を掛ける。「まさか、ナパードを使うとは思わなかったけど。ゼィロスの知り合いかい?」
 振り向きざまに質問を投げかけてきたのは、セラを男性にして五年くらい歳を取らせた感じの青年だった。セラより薄い白金と青玉を持つ彼はセラの姿を見て、少々驚きの表情を浮かべて小さく息を漏らす。「おや」
「うん。姪で弟子……って」
 セラは青年に応えつつ、その顔を見てこちらも驚く。
「まるで鏡を見ているみたいだね」
「ほんと。でも、ゼィロス伯父さんは何も言ってなかった」
「そうだろうね。ゼィロスは君にそんな顔をしてほしかったんじゃないかな?」
「ふふっ、あなたにもね」
「そうだね」
 向かい合い、二人は笑う。いつの間にか豪雨も止み始め、今ではしとしとと二人の空間を邪魔しないようにしているみたいだった。


「ゼィロスを知ってるってことはあなたが『遊歩の達人』?」
 セラはビルの端に降りてきた青年の隣に歩み寄って訊いた。
「ゼィロスが勝手に呼んでるだけだよ。ノアだ。よろしく」
「わたしはセラフィ・ヴィザ・ジルェアス。セラでいいよ」
「うん、よろしく、セラ」
 二人は軽めの握手をする。
「ゼィロスの姪でヴィザ・ジルェアスか。君はビズラスの妹だね? つまりは、ナパードを使うわけだ」
「そう」
「実はね、僕も使えるんだよ」
 さらっと言われたノアの言葉。当然、セラは声を上げて驚いた。なんていったって、ナパードはナパスの民しか使えないのだから。
 そう、つまりは――。
「ノアはナパスの民、なの?」
「そうなんだ。僕は」ノアはこれまたセラと似た、少し薄めの碧い光を放ってセラ背後にナパードしてみせた。「ふるさとを知らないナパスの民さ」
「ふるさとを知らない? エレ・ナパス・バザディクァスを?」
 振り向いたセラに、小さく頷くノア。
「ああ。僕は生まれてすぐ、この世界に跳んでしまったんだよ。自分の力でね。でも、赤ん坊だった僕に帰り方なんてわかるわけないだろ? だらか、この世界の人間として、ノアとして育った。今ではこんなに荒廃してしまったけど、とても技術発展したところだったんだよ、ここは。だから、どこからともなく現れた赤ん坊だって死なないですんだ」
 ノアはビルの外の景色に目をやる。
「まったくね。この世界の人間じゃない僕が死なずに、この世界の人間の多くが死んでしまった。天変地異は容赦なかったよ。育ての親も呆気なく逝ってしまった。まだ小さかった僕もナパードがなければ死んでいたし、ゼィロスとも出会わなかっただろう。天変地異で変わり果ててしまったこの世界で僕が生存者を探しているときだったよ。僕と同じ力を持った人間が現れたときは生存者だと思ったけど、話を聞くとそうではなかったし、僕がこの世界の人間ではないと知ることになった。そして、ゼィロスからナパードの使い方を教わりながら、色々な世界を旅した。エレ・ナパスにはいかなかったけど」
 黙って聞いていたセラはここで口を開く。「どうして?」
「はっきりとしたことは分からないけど、そこには僕の居場所はないのだろうと想ったのかもしれないし、子供ながらにここに帰って来て生きている人を探さなければという使命感があったのかもしれない。で、ゼィロスとの旅を終えてここに帰って来たときだ。『遊歩の達人』だなんてゼィロスに言われたのは。それから何年かしてビズラスとゼィロスが来た。そして、未だに生存者は見つからない。そろそろエレ・ナパスにでも行ってみようかな」
「……ぁ」
 セラはとても言い辛そうにしながらも口を開いた。エレ・ナパスに起きたことを、ビズラスが死んだことを、故郷を知らぬ同胞に語った。
 それを聞いたノアは、今では雫を垂らすのをやめて退場し、舞台を青に譲ろうとしている雲たちを見上げた。
「そうか。僕はふるさとを知ることはないんだね。天が僕に生存者を探すように言っているのかもしれないね」
 雲間にはいくつもの光の筋が指し始めていた。その筋の一つがノアの顔を照らす。
 セラは彼の頬に光るものを見た。優しく細められた薄いサファイアから流れ落ち、少しばかり上がった口角を通り過ぎ、スッとした顎に数刻とどまった後、遥か下にある水面に優しく波紋を描いた。

「碧き舞い花」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く