碧き舞い花
10:師範とその弟子
ナパードで跳んだ。
セラは跳んだ先で自分に向かって拳が飛んでくるのを感じて、顔の前に手を出した。しかし、拳はセラの手に当たることなく、ゼィロスの手に納まっていた。
「いきなりご挨拶だな。ケン・セイ」
跳んで来たや否や正拳を見舞ってきたのは、袖口、裾口 襟元が大きく開いた、軽く、風通しの良さそうな服を着た、漆黒の髪を後ろで一括りにした浅黒い壮年男だった。名をケン・セイという。『闘技の師範』だ。
「ゼィロス! 剣を抜け。勝負!」
ケン・セイは静かに、だが興奮した様子で腰の帯に差し込まれた鍔の無い刀を右手で抜いた。彼にとってこの右手でというのは重要なことだ。なんせ、その左袖はなんの支えもなくだらりとしているのだから。
「……はぁ。セラ、離れていろ」
ゼィロスは呆れて言うと、剣の柄に手を掛けながらセラを下げた。
ペク・キュラ・ウトラを離れた二人はヒィズルと呼ばれる世界のとある屋敷の広い板の間に姿を現したのだが、跳んで早々にこれだ。
剣を交える二人の男。それを傍から見て、その凄まじさを目で、耳で、肌で感じている少女。
特にセラの目を引いたのは普段見慣れている伯父のナパード交じりの剣術ではなく、異界人の男の自由自在な戦い方だった。
ゼィロスの動きに完全についていっているのはもちろん。ケン・セイは隻腕とは思えない程自在に、順手、逆手と刀を振るったかと思えば、その刀を床に突き刺し、支えにして蹴りを繰り出したり、峰に足を掛けて急な方向転換をしたりと剣術の域を優に超えていた。そして、その中でもセラが一番驚いたのは、ナパードとは違い足を使った高速移動だった。それは、エレ・ナパスの城門前で兄が見せたそれと全く同じもので、瞬間瞬間に異界の男に兄の姿を重ねていた。
対等にやり合っていた二人だったが、とうとうゼィロスが押され始めた。息が少しばかり早くなり、体が酸素を求め始めた。
「ゼィロス。老いたな。ビズラス、連れてこい。もっと、楽しむ」
ゼィロスと間合いを取ったケン・セイは刀を鞘に納め、涼しげな顔で言った。ゼィロスも剣を納めながら応える。
「ビズは死んだ」
「な、ん……」ケン・セイはその場に勢いよく胡坐をかいた。「つまらん。帰れ」
「おいおい、そういうな。そこにいる、お前が殴ろうとした少女はビズの妹だ」
「あんた。俺と同じか」
「同じ? どういうことだ」
「女子の弟子」
「おししょーさまー! おししょー……あれま、お客さん? はっ、もしや道場破り! 逆に!?」
ドタドタと板の間の外からやってきたのは、前髪を束ね上げて額を出したセラよりも二、三幼い、小麦色に焼けた少女だ。
「イソラ。落ち着け。客人」
「もぉ、そうならそう言ってよね、お師匠様。今日の道場破りは中止って。えっ!? 中止!? それは困る。お師匠様が戦ってくれないとあたしが学べないよ! ねぇ、お師匠様。今から行きましょうよ、道場破り。ねぇえったら~」
イソラのまくし立てられた喋りに、セラとゼィロスは呆気にとられた。なにかを言い出す気すら起きなかったほどに。
「行かん。気分、乗らない」
「いやだぁ! 行きましょう、行きましょうよ。てか、お客さん、土足!? やっぱ、道場破りっ!? 剣背負ってるし」
「……そうだ。よし、イソラ。そこの女子と戦え」
「え?」
「おい」
「あたしがっ!?」
ケン・セイの言葉に一番驚いたのはセラでもゼィロスでもなく、イソラだった。
「そうだ。刀取って来い」
「ふぉおおおおっ。わっかりました、お師匠様!」
ぱあっと顔を咲かせると、ドタドタとどこかへ行ってしまうイソラ。
セラは呆気にとられたまま、ゼィロスに問う。
「どういうこと?」
「お前とあのイソラという少女が戦うらしいな」
「でも、あの子あたしより小さいよ」
「ビズラスの妹。イソラ、舐めるな。イソラ、今まで、ずっと見てきた」
「見てきた……」
板の間で対峙する二人の少女。
セラは少々戸惑い気味にオーウィンを体の前で構え、イソラは刀を片手で持って構えた。
「その構えでいいの?」
「え? あ、そういえばお姉ちゃん名前は? あたしはね、イソラ・イチ。お師匠様の一番弟子です!」
「……わたしは、セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」
「うわっ、長いね? なんて呼べばいいの? 構えはこれでいいんだ。お師匠様もこうだから」
「セラでいいよ。じゃあ、始める?」
「うん、うん。初めての実戦っ、ワクワクするぅ~!」
「え、初め――」
「危険。俺とゼィロス止める。では、始めっ」
セラの言葉を遮り、開始の合図をケン・セイがすると、イソラがすぐに動いた。
その動きはケン・セイやビズラスの動きに比べたら遅かったが、紛れもなくセラが知っている高速移動だった。
「っ!」
「およ?」
イソラの刀を剣で受けるセラ。より速い動きをさっきまで見ていた彼女にとっては目で追えない速さではなかった。
刀を受け止められたことに驚きの表情を見せたイソラだったが、それも一瞬だった。間もなく真剣で鋭い表情をすると、刀から手を離し、タンッと床を蹴る。
支えを失ったセラは前方に体勢を崩し前のめりになる。イソラはそんなセラの頭上を悠々と跳び越えていた。
トンッ!
セラにはイソラが着地したのを感じ取れた。音もそうだが、超感覚を身に着けた賜物だ。そして自分の足を狙うイソラの足払いを感じた。
感じたが、崩れた体勢からでは反撃に出ることはおろか、対処することもできない。ただ受け身を取るための準備をしていた。
足払いを受け視界の縦横が急に変わる。
セラは倒れていく最中、イソラの刀は未だ宙を浮いていた。それだけ短い、刹那の間の出来事だった。
「はつしょーりぃ!」
宙に浮いた刀をすかさず掴んだイソラはそのままセラに向かって刀を突き立てようと振り下ろす。
だが、ゼィロスもケン・セイもそれを止めようとしなかった。
「お、よ? よよっ!?」
ドスッと音を立てて床に突き刺さった刀を見て、再び驚きの表情をするイソラ。さっきまでセラがいた場所には碧き光の残滓が花びらの如く舞っていた。
「はっ……!」
刀を見ていたイソラはその刀身に映るセラの姿を見つけ、刀を支えに転がり、静かに振り下ろされたオーウィンを躱す。
が、二人の戦いはそこで終わりを迎えた。
イソラが転がった先、イソラの背後では剣を振りかざしたセラがゼィロスにその手を押さえられていたのだ。二人はそれぞれ碧と赤紫の揺らめきを身に纏っていた。
イソラに関しても、ケン・セイがセラと彼女の合間に身を入れていつでもセラの一太刀を受け止められる準備をしていた。
「勝負、ここまで。ビズラスの妹、勝ち。イソラ、負け」
「ほえぇ~……初勝利ならずかぁ。セラお姉ちゃん強いね。ニシシッ」
戦いの中で見せていた真面目で締まった顔など微塵も見せず笑うイソラ。
セラはオーウィンを納め、イソラに手を差し出す。「イソラも、凄かった」
「えっへへ~ん」イソラはセラの手を取り立ち上がる。「お師匠様をずーっと見てきたからね」
これがセラとイソラの出会いだった。
セラは跳んだ先で自分に向かって拳が飛んでくるのを感じて、顔の前に手を出した。しかし、拳はセラの手に当たることなく、ゼィロスの手に納まっていた。
「いきなりご挨拶だな。ケン・セイ」
跳んで来たや否や正拳を見舞ってきたのは、袖口、裾口 襟元が大きく開いた、軽く、風通しの良さそうな服を着た、漆黒の髪を後ろで一括りにした浅黒い壮年男だった。名をケン・セイという。『闘技の師範』だ。
「ゼィロス! 剣を抜け。勝負!」
ケン・セイは静かに、だが興奮した様子で腰の帯に差し込まれた鍔の無い刀を右手で抜いた。彼にとってこの右手でというのは重要なことだ。なんせ、その左袖はなんの支えもなくだらりとしているのだから。
「……はぁ。セラ、離れていろ」
ゼィロスは呆れて言うと、剣の柄に手を掛けながらセラを下げた。
ペク・キュラ・ウトラを離れた二人はヒィズルと呼ばれる世界のとある屋敷の広い板の間に姿を現したのだが、跳んで早々にこれだ。
剣を交える二人の男。それを傍から見て、その凄まじさを目で、耳で、肌で感じている少女。
特にセラの目を引いたのは普段見慣れている伯父のナパード交じりの剣術ではなく、異界人の男の自由自在な戦い方だった。
ゼィロスの動きに完全についていっているのはもちろん。ケン・セイは隻腕とは思えない程自在に、順手、逆手と刀を振るったかと思えば、その刀を床に突き刺し、支えにして蹴りを繰り出したり、峰に足を掛けて急な方向転換をしたりと剣術の域を優に超えていた。そして、その中でもセラが一番驚いたのは、ナパードとは違い足を使った高速移動だった。それは、エレ・ナパスの城門前で兄が見せたそれと全く同じもので、瞬間瞬間に異界の男に兄の姿を重ねていた。
対等にやり合っていた二人だったが、とうとうゼィロスが押され始めた。息が少しばかり早くなり、体が酸素を求め始めた。
「ゼィロス。老いたな。ビズラス、連れてこい。もっと、楽しむ」
ゼィロスと間合いを取ったケン・セイは刀を鞘に納め、涼しげな顔で言った。ゼィロスも剣を納めながら応える。
「ビズは死んだ」
「な、ん……」ケン・セイはその場に勢いよく胡坐をかいた。「つまらん。帰れ」
「おいおい、そういうな。そこにいる、お前が殴ろうとした少女はビズの妹だ」
「あんた。俺と同じか」
「同じ? どういうことだ」
「女子の弟子」
「おししょーさまー! おししょー……あれま、お客さん? はっ、もしや道場破り! 逆に!?」
ドタドタと板の間の外からやってきたのは、前髪を束ね上げて額を出したセラよりも二、三幼い、小麦色に焼けた少女だ。
「イソラ。落ち着け。客人」
「もぉ、そうならそう言ってよね、お師匠様。今日の道場破りは中止って。えっ!? 中止!? それは困る。お師匠様が戦ってくれないとあたしが学べないよ! ねぇ、お師匠様。今から行きましょうよ、道場破り。ねぇえったら~」
イソラのまくし立てられた喋りに、セラとゼィロスは呆気にとられた。なにかを言い出す気すら起きなかったほどに。
「行かん。気分、乗らない」
「いやだぁ! 行きましょう、行きましょうよ。てか、お客さん、土足!? やっぱ、道場破りっ!? 剣背負ってるし」
「……そうだ。よし、イソラ。そこの女子と戦え」
「え?」
「おい」
「あたしがっ!?」
ケン・セイの言葉に一番驚いたのはセラでもゼィロスでもなく、イソラだった。
「そうだ。刀取って来い」
「ふぉおおおおっ。わっかりました、お師匠様!」
ぱあっと顔を咲かせると、ドタドタとどこかへ行ってしまうイソラ。
セラは呆気にとられたまま、ゼィロスに問う。
「どういうこと?」
「お前とあのイソラという少女が戦うらしいな」
「でも、あの子あたしより小さいよ」
「ビズラスの妹。イソラ、舐めるな。イソラ、今まで、ずっと見てきた」
「見てきた……」
板の間で対峙する二人の少女。
セラは少々戸惑い気味にオーウィンを体の前で構え、イソラは刀を片手で持って構えた。
「その構えでいいの?」
「え? あ、そういえばお姉ちゃん名前は? あたしはね、イソラ・イチ。お師匠様の一番弟子です!」
「……わたしは、セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」
「うわっ、長いね? なんて呼べばいいの? 構えはこれでいいんだ。お師匠様もこうだから」
「セラでいいよ。じゃあ、始める?」
「うん、うん。初めての実戦っ、ワクワクするぅ~!」
「え、初め――」
「危険。俺とゼィロス止める。では、始めっ」
セラの言葉を遮り、開始の合図をケン・セイがすると、イソラがすぐに動いた。
その動きはケン・セイやビズラスの動きに比べたら遅かったが、紛れもなくセラが知っている高速移動だった。
「っ!」
「およ?」
イソラの刀を剣で受けるセラ。より速い動きをさっきまで見ていた彼女にとっては目で追えない速さではなかった。
刀を受け止められたことに驚きの表情を見せたイソラだったが、それも一瞬だった。間もなく真剣で鋭い表情をすると、刀から手を離し、タンッと床を蹴る。
支えを失ったセラは前方に体勢を崩し前のめりになる。イソラはそんなセラの頭上を悠々と跳び越えていた。
トンッ!
セラにはイソラが着地したのを感じ取れた。音もそうだが、超感覚を身に着けた賜物だ。そして自分の足を狙うイソラの足払いを感じた。
感じたが、崩れた体勢からでは反撃に出ることはおろか、対処することもできない。ただ受け身を取るための準備をしていた。
足払いを受け視界の縦横が急に変わる。
セラは倒れていく最中、イソラの刀は未だ宙を浮いていた。それだけ短い、刹那の間の出来事だった。
「はつしょーりぃ!」
宙に浮いた刀をすかさず掴んだイソラはそのままセラに向かって刀を突き立てようと振り下ろす。
だが、ゼィロスもケン・セイもそれを止めようとしなかった。
「お、よ? よよっ!?」
ドスッと音を立てて床に突き刺さった刀を見て、再び驚きの表情をするイソラ。さっきまでセラがいた場所には碧き光の残滓が花びらの如く舞っていた。
「はっ……!」
刀を見ていたイソラはその刀身に映るセラの姿を見つけ、刀を支えに転がり、静かに振り下ろされたオーウィンを躱す。
が、二人の戦いはそこで終わりを迎えた。
イソラが転がった先、イソラの背後では剣を振りかざしたセラがゼィロスにその手を押さえられていたのだ。二人はそれぞれ碧と赤紫の揺らめきを身に纏っていた。
イソラに関しても、ケン・セイがセラと彼女の合間に身を入れていつでもセラの一太刀を受け止められる準備をしていた。
「勝負、ここまで。ビズラスの妹、勝ち。イソラ、負け」
「ほえぇ~……初勝利ならずかぁ。セラお姉ちゃん強いね。ニシシッ」
戦いの中で見せていた真面目で締まった顔など微塵も見せず笑うイソラ。
セラはオーウィンを納め、イソラに手を差し出す。「イソラも、凄かった」
「えっへへ~ん」イソラはセラの手を取り立ち上がる。「お師匠様をずーっと見てきたからね」
これがセラとイソラの出会いだった。
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