碧き舞い花Ⅱ
380:百色万花、舞う
セラはふっと笑って続ける。
「あなたの娘でもある。お父さん」
力なく寄りかかるように、彼女は父に抱き着いた。
「なにを……」
「わたしの想い」セラは父の胸に頭をすり寄せる。「届いたでしょ、もう」
「……」
「こんなに向き合ったんだもん……もう、後ろを向いてるわけ、ないよね」
「……」
「わたしの方、ちゃんと見てるでしょ」
顔を上げると、サファイアは青を真正面に捉えた。
戸惑いだった。ヴェィルは戸惑っていた。きっとセラから読み取ったのだろう。そして口を開く。
「……そんなことが、できるのか」
「うん。なんだってできるよ、今のわたしには」
「違う、そうじゃない。お前は、お前自身はどうなる、セラフィ」
「わたしの想いだもん、なにも問題ないよ」
「くっ!」
突然、ヴェィルがセラを突き放した。彼女はなにもできずに強かに尻餅をついた。
「……お父さん?」
想いが通じなかった。一瞬そう思ったセラだったが、見据えたヴェィルの異変にすぐに気が付いた。鋭く睨んで告げる。
「黒」
「『種』を感じたぞ。……白の野郎、こういう抗い方か。だが失敗だ。託す者を間違えたな。『種』に違和感がある。使いこなせていないからだ」
ヴェィルとは違う声と共に、ヴェィルの掌がセラに向いた。
「なにはともあれ、待ちわびたぞ、この時を。白の一部でもある三権はこちらにある。あとは『種』のみ。それで俺は全てを支配する存在となる!」
「そんなこと……させない!」
「そんな身体でなにができる」
「さっき言ったの、聞いてたんでしょ」セラは不敵に笑った。「なんだってできる」
「口先だけだな」
ヴェィルの手に向かって、セラの碧が流れて、吸収されていく。
「っく……ぁあ……」
痛みはなかったが、苦しみが襲ってきた。
「ぅああああああっ!」
のた打ち回ってしまいそうになるのを、セラは胸元、『記憶の羅針盤』を握ることで耐える。羅針盤がひしゃげた。それでもセラは耐えながら、想った。
友を、家族を。
世界を、異空を。
咲いた花を、満開へと導くために。
想いのままに。
そして、象徴となる。
セラの意識がそこに辿り着いた時、彼女の周りに碧き花びらが舞いはじめた。
「なんだ?」
ヴェィルの顔が訝しみに歪む。
「違和、感……」
セラは苦悶のまま顔を上げ、父の中にいる黒を見つめた。
「ん?」
「使いこなせてないからじゃ、ないっ!」
「っ!」
黒が驚いた。
セラの身体の傷が、癒えはじめたからだ。
「もう『種』じゃないから――」
セラは立ち上がった。
碧に交じって紅の花びらが入りはじめた。
「ふざけたことを!」
黒が差し向けていた手を力を込めて引いた。セラから流れる碧の速さが増す。だが彼女への負担は増えなかった。それどころか、花びらが舞いはじめてから軽くなっていた。
「――『花』が咲いたからよ!」
この頃にはセラは傷を癒しきり、麗しい肌を取り戻していた。神々しく輝く肌を。
その肌に反射するのは碧と紅。
だけではない。
黄、赤紫、群青、青紫、白、橙、桃、藍、山吹、朱、紺、瑠璃、銀朱、黄丹、青、浅黄、緋……枚挙に暇がない種類の色たちが鮮やかに咲き誇っていた。
「馬鹿なっ! 俺たちより使いこなしてるって言うのか! ありえないっ!」
黒は慄きを見せながらも、碧の吸収をやめない。
「誰の想いも、支配なんてできない! みんなの想いはそれぞれ違った色の花を咲かせて、異空を彩る!」
セラは一度目を閉じ、そして開く。ずっと握っていた『記憶の羅針盤』を離す。そして黒に笑いかける。
「あなたもその花畑の一部。怖がらないで」
「俺が一部だと? 違う!」
黒がさらに力強く碧を引く。
「俺は全てだ!!」
セラはその言葉に、想いに、哀れみ眉を寄せた。
『花』の力を過信してるわけではない。絶対だとは思っていない。それでもセラの想いが彼にも届くと思っていた。
駄目だと悟った。
想いの深い部分で、彼とは分かち合えないのだと。
父のようにはいかないのだと。
対決の未来を、想いが描いた。
「『種』を、いや『花』を俺に寄越せ! こいつの、父親の身体を八つ裂きにするぞ!」
切羽詰まったその声に、セラは顔を優しく顰める。鋭利に笑って優位に立った気でいる黒に、静かな怒りを感じた。
その想いのままにセラは動く。
「八つ裂きになるのはお前だ! お父さんの中から、出てけっ!」
セラはその場で左手を突き出した。
するとヴェィルの身体が波打つように揺らいで、その背から形を持たない黒が弾き出された。
セラはすかさず右手を横から前へ振った。
落ちていたフォルセスが七色の花びらたちを連れて飛び、黒を貫いた。追随した花びらたちが、さらに細かく黒を斬り刻む。
「ぐぬぁあああああああああああああっ…………」
断末魔はすーっと小さくなっていき、最後には異空に消えていった。その異空は、セラが放った数多の色の花びらたちが美しく舞い、白と黒と調和し華やかなものとなっていた。
そんな中、セラは戻ってきたフォルセスを背中に納め、ふらりと倒れようとしていたヴェィルのもとに駆け寄り、抱き止めた。
「セラ……お前は本当に俺の娘なのか?」優しい声がセラの耳元で笑い混じりに言う。「俺が永い時を経ても成しえなかったことを、簡単に成そうとする」
「簡単なんかじゃないよ。いっぱい悩んだし、何度も立ち止まりそうになった。それに、大人の……親の背中を超えていくのが子どもなんだよ、お父さん」
「……なるほど、いい親たちを持ったな」
セラは身体を離し、にやけ気味にヴェィルの目を覗き込む。「……それって冗談?」
「なにか間違ったことを言ったか?」
「ふふっ、言ってない」
「そうか、それならよかった」
親子は微笑み合い。それから同時に真剣な眼差しを交わし合う。
ヴェィルが問う。「本当に、やるのか?」
「やるよ」セラは色とりどりの花が舞う異空を見上げる。「みんなが夜明けを待ってる」
「止まってなんていられないでしょ?」
セラは笑って、それから花となって消えた――。
了
「あなたの娘でもある。お父さん」
力なく寄りかかるように、彼女は父に抱き着いた。
「なにを……」
「わたしの想い」セラは父の胸に頭をすり寄せる。「届いたでしょ、もう」
「……」
「こんなに向き合ったんだもん……もう、後ろを向いてるわけ、ないよね」
「……」
「わたしの方、ちゃんと見てるでしょ」
顔を上げると、サファイアは青を真正面に捉えた。
戸惑いだった。ヴェィルは戸惑っていた。きっとセラから読み取ったのだろう。そして口を開く。
「……そんなことが、できるのか」
「うん。なんだってできるよ、今のわたしには」
「違う、そうじゃない。お前は、お前自身はどうなる、セラフィ」
「わたしの想いだもん、なにも問題ないよ」
「くっ!」
突然、ヴェィルがセラを突き放した。彼女はなにもできずに強かに尻餅をついた。
「……お父さん?」
想いが通じなかった。一瞬そう思ったセラだったが、見据えたヴェィルの異変にすぐに気が付いた。鋭く睨んで告げる。
「黒」
「『種』を感じたぞ。……白の野郎、こういう抗い方か。だが失敗だ。託す者を間違えたな。『種』に違和感がある。使いこなせていないからだ」
ヴェィルとは違う声と共に、ヴェィルの掌がセラに向いた。
「なにはともあれ、待ちわびたぞ、この時を。白の一部でもある三権はこちらにある。あとは『種』のみ。それで俺は全てを支配する存在となる!」
「そんなこと……させない!」
「そんな身体でなにができる」
「さっき言ったの、聞いてたんでしょ」セラは不敵に笑った。「なんだってできる」
「口先だけだな」
ヴェィルの手に向かって、セラの碧が流れて、吸収されていく。
「っく……ぁあ……」
痛みはなかったが、苦しみが襲ってきた。
「ぅああああああっ!」
のた打ち回ってしまいそうになるのを、セラは胸元、『記憶の羅針盤』を握ることで耐える。羅針盤がひしゃげた。それでもセラは耐えながら、想った。
友を、家族を。
世界を、異空を。
咲いた花を、満開へと導くために。
想いのままに。
そして、象徴となる。
セラの意識がそこに辿り着いた時、彼女の周りに碧き花びらが舞いはじめた。
「なんだ?」
ヴェィルの顔が訝しみに歪む。
「違和、感……」
セラは苦悶のまま顔を上げ、父の中にいる黒を見つめた。
「ん?」
「使いこなせてないからじゃ、ないっ!」
「っ!」
黒が驚いた。
セラの身体の傷が、癒えはじめたからだ。
「もう『種』じゃないから――」
セラは立ち上がった。
碧に交じって紅の花びらが入りはじめた。
「ふざけたことを!」
黒が差し向けていた手を力を込めて引いた。セラから流れる碧の速さが増す。だが彼女への負担は増えなかった。それどころか、花びらが舞いはじめてから軽くなっていた。
「――『花』が咲いたからよ!」
この頃にはセラは傷を癒しきり、麗しい肌を取り戻していた。神々しく輝く肌を。
その肌に反射するのは碧と紅。
だけではない。
黄、赤紫、群青、青紫、白、橙、桃、藍、山吹、朱、紺、瑠璃、銀朱、黄丹、青、浅黄、緋……枚挙に暇がない種類の色たちが鮮やかに咲き誇っていた。
「馬鹿なっ! 俺たちより使いこなしてるって言うのか! ありえないっ!」
黒は慄きを見せながらも、碧の吸収をやめない。
「誰の想いも、支配なんてできない! みんなの想いはそれぞれ違った色の花を咲かせて、異空を彩る!」
セラは一度目を閉じ、そして開く。ずっと握っていた『記憶の羅針盤』を離す。そして黒に笑いかける。
「あなたもその花畑の一部。怖がらないで」
「俺が一部だと? 違う!」
黒がさらに力強く碧を引く。
「俺は全てだ!!」
セラはその言葉に、想いに、哀れみ眉を寄せた。
『花』の力を過信してるわけではない。絶対だとは思っていない。それでもセラの想いが彼にも届くと思っていた。
駄目だと悟った。
想いの深い部分で、彼とは分かち合えないのだと。
父のようにはいかないのだと。
対決の未来を、想いが描いた。
「『種』を、いや『花』を俺に寄越せ! こいつの、父親の身体を八つ裂きにするぞ!」
切羽詰まったその声に、セラは顔を優しく顰める。鋭利に笑って優位に立った気でいる黒に、静かな怒りを感じた。
その想いのままにセラは動く。
「八つ裂きになるのはお前だ! お父さんの中から、出てけっ!」
セラはその場で左手を突き出した。
するとヴェィルの身体が波打つように揺らいで、その背から形を持たない黒が弾き出された。
セラはすかさず右手を横から前へ振った。
落ちていたフォルセスが七色の花びらたちを連れて飛び、黒を貫いた。追随した花びらたちが、さらに細かく黒を斬り刻む。
「ぐぬぁあああああああああああああっ…………」
断末魔はすーっと小さくなっていき、最後には異空に消えていった。その異空は、セラが放った数多の色の花びらたちが美しく舞い、白と黒と調和し華やかなものとなっていた。
そんな中、セラは戻ってきたフォルセスを背中に納め、ふらりと倒れようとしていたヴェィルのもとに駆け寄り、抱き止めた。
「セラ……お前は本当に俺の娘なのか?」優しい声がセラの耳元で笑い混じりに言う。「俺が永い時を経ても成しえなかったことを、簡単に成そうとする」
「簡単なんかじゃないよ。いっぱい悩んだし、何度も立ち止まりそうになった。それに、大人の……親の背中を超えていくのが子どもなんだよ、お父さん」
「……なるほど、いい親たちを持ったな」
セラは身体を離し、にやけ気味にヴェィルの目を覗き込む。「……それって冗談?」
「なにか間違ったことを言ったか?」
「ふふっ、言ってない」
「そうか、それならよかった」
親子は微笑み合い。それから同時に真剣な眼差しを交わし合う。
ヴェィルが問う。「本当に、やるのか?」
「やるよ」セラは色とりどりの花が舞う異空を見上げる。「みんなが夜明けを待ってる」
「止まってなんていられないでしょ?」
セラは笑って、それから花となって消えた――。
了
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