碧き舞い花Ⅱ

御島いる

378:ちゃんと帰って来い

 殴られた瞬間、耳鳴りが世界を支配した。ただそのあとは、あの日から鳴り止まなかった雑音が、ぴたりと消えていた。

 正面で砂に汚れた笑顔を向けてくるセラ。

 敵わない。

 キノセは目頭が熱くなってくるのを感じた。たださすがにそこまで弱さを見せたくないと思ったキノセは、気を紛らすためセラに聞く。

「で、どうするんだ?」

「うん。ヴェィルたちのところに行くよ」

 そうセラが言うと、彼女を中心に辺りが碧に包まれた。すると彼女の傷も、キノセの傷も心地よく癒えていった。

 キノセは思わず笑ってしまう。

「ははは、お前……こんな力隠してたのかよ。いや、まあどうせこんなことだろうと思ったよ。お前のことだからな」

 キノセはまた浜に背中を投げ出した。

「はーあ……結局、本気出されたら俺にはなにもできなかったんだな」

 本当に、敵わない。

「ちっぽけな想いで、俺はぁ……」

 もう、強がりも無駄だと感じた。それでも涙だけは見せたくなくて、キノセは腕で目元を隠した。

「みんなには悪いことっ、しちまった……。もぉ、謝ることもできないっ……!」

「謝れるよ、きっと」

 セラが言った。

 彼女の言葉を目を見て、真っすぐ受け止めたかった。

「だから、ちょっと待ってて」

 目元を覆う腕をどかすと、もうセラの姿はなかった。碧い空間もなくなっていて、代わりに花びらが舞っていた。

 灰色だったエレ・ナパスには色が戻っていて、リョスカ山のキノセが砕いた部分から太陽が覗いていた。

 夕日だった。

 碧のよく映える、夕焼けだった。

「ちゃんと帰って来いよ、セラ」





 宴が行われていた。

 想造の民たちの宴。

 その中心にセラは現れた。

 ひとたび静寂が訪れ、すぐに殺気がセラに突き刺さる。それでも微動だにせず、セラは正面を見つめた。白髪の男の、真っ青な瞳をただ真っすぐと。

 盃をすぐ隣にいたルルフォーラに渡し、ヴェィルが一歩前に出た。

「キノセ・ワルキューは失敗したか。その程度の想いだったか」

「キノセの想いは本物だった。わたしの想いがそれを上回っただけ」

「俺と同じ道を行こうとしているのなら、やめておけ娘よ。俺だから成せたことだ」

 ヴェィルは光に満ちた地を。友たちを示した。

「お前の言葉を借りるのなら、俺の想いの方がお前のそれより上回っている」

「想いの強さはわたしだって負けてない。それに、わたしはあなたとは違う。決定的に違うって、わかってる」

「違う? またそれか」ヴェィルが目を細める。「故郷や友のために立ち上がった。俺もお前も。違いと言えば徹することができたかどうかだ」

「そうじゃない」

 セラが芯のある声で言うと、それを好戦的な声が遮った。

「そんなことどうでもいいだろ、ヴェィル。興が覚める前にやっちまおうぜ!」

 声を上げ大鎌を掲げたのは赤い長髪の男。

「待て、スジェヲ」

 セラが一瞥すると同時に、ヴェィルが制する。

「お前たちはこのまま続けろ。俺が始末してくる」

 セラは黒き閃光に包まれ、次の瞬間には白くて黒い、黒くて白い空間にいた。





 異空だ。

 しかし、セラの知るものとは少し違った。

 浮遊感がなく、足がつく。

 ヴェィルが似せて造った空間とも思ったが、間違いなく異空だった。

「俺とお前に違いなどない。想いの差にお前はまたなにもできずに膝を着き、その虚勢ごと消え去るだけだ。そして終わりだ」

 黒き剣がヴェィルの手に閃いた。そしてヴェールが揺らぐ。

「俺たちの安寧が永遠のものとして完成される」

「違う」

 セラはフォルセスを構えた。その顔に、七色の光が反射する。もう、心を揺るがすことはない。違いははっきりと彼女の中にあった。

「だからもう、あなたには負けない」

 碧き空間が彼女から広がった。

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