碧き舞い花Ⅱ
377:想起
セラは幻影の相手の最中、時折キノセにも攻撃を加える。それを護るように割って入ってくる幻影。距離を取るキノセ。
戦いの場は次第に地上へと移っていった。浮遊に要する力を戦いに向けるためだ。それは微々たるものかもしれないが、それでも、それほどにセラもキノセも想いを果たしたい一心だったのだ。
かなりの時間が経った。しかし灰色の景色が時の感覚を狂わせ、体感の上だけなのかもしれないとセラは思う。
静かなミャクナス湖に、三つの吐息。そのどれもが、粗い。一度の行動に、一つの小休止を挟むという展開が続いていた。
今、幻影のセラが動いた。セラはそれに立ち向かうように駆け出す。
二人の碧きヴェールが尾を引き、湖畔で四羽の鳥が鳴く。
セラも幻影のセラも、すぐに相手から離れるように足を捌く。その時、セラは浜に足を取られ、膝を着いた。
その隙を幻影のセラは見逃さない。ぐっと足に力が入ったかと思うと、身体をセラに向けて動かした。オーウィンを映したウェィラを振り下ろす。疲労に精彩を欠いた大振りだが、セラもセラで蓄積した疲労に防御の体勢に入れなかった。
だからナパードをしようとした、その瞬間。
「ぁっ!」
ヴェールが消えた。想造の力が尽きた。
勝機に見開かれた幻影の自分と目が合う。そのサファイアにはまだ碧が揺らめいていた。
キノセの想いが、勝った。
セラは目を閉じた。
諦めではない。この刹那に、想いと向き合う。ここまで来たら、咲かせるしかない。
想いを膨らませる。
――膨らめ。
――間に合え。
――最後まで、止まるな!
しかし彼女の感覚は刃が頭長に迫り、白銀髪に触れたのを感じ取った。
――終わってしまった。
――ごめん、みんな。
――ごめんね、キノセ。
鼻の奥に痛みを覚えるセラ。それと同時に空を斬る音が眼前を通り過ぎた。
充血し潤みを帯びサファイアを開くと、オーウィンの影を失ったウェィラが視線の先にあった。
ヴェールが失せた幻影のセラが目を瞠り、セラと同じくウェィラを見つめて硬直していた。
二人は同時に互いにサファイアを見た。そこからは一瞬の攻防だ。
セラは身体に力を込め、こちらもオーウィンから戻ったウェィラを逆手に持ち替えて振り上げた。
幻影のセラはウェィラを振り下ろした体勢から、そのまま右手のフォルセスを振るった。
首を狙ったフォルセスをセラはウェィラで受け、弾き返す。その拍子にウェィラは握力の弱ったセラの手を離れた。
両手でフォルセスを握り、立ち上がりながら振り抜いた。
首に碧い直線が刻まれた幻影のセラ。その身体が花びらとなって崩れ消えた。セラはその花たちの隙間に見えるキノセをキッと睨みつけると、崩れる花をその身に被りながら駆け出した。
「キノセぇ!」
「ジルェアスっ!」
想いのままに互いに名を叫び合う。
最後だと思う。
これで決まる。
キノセが腕を震わせながら上げて、指揮棒を力いっぱい振り下ろした。
大きな音の塊がセラに向かってくる。
セラは走りながらフォルセスで迎え撃つ。斬り裂いた音が浜に落ち、砂を跳ね上げる。
「ふっ!」
キノセが小さな音塊を続けざまに三つ放った。セラは順繰りに対処しようとフォルセスで一発目を弾くが、そこまでだった。二発目をうまく弾けず、フォルセスの刀身が大きく震えた。握力の弱まりに拍車を掛けられ、三発目の音が彼女の手に当たったその時、フォルセスは滑り落ち、砂浜に立ち尽くした。
それでもセラは愛剣を拾おうとせず、そのまま走り続けた。
キノセが近づく。目前だ。
その彼が震える手でセラの足元に照準を合わせていた。
音が放たれる。
狙いは外れ、彼女の手前の砂浜を小さく穿った。だがそれだけでも充分な効果があった。セラは小さな窪みに足を沈め、がくんと体勢を崩した。
前のめりになった。
浜が迫った。
止まる。
止まるわけにはいかない。
――止まってなんていられない!
一歩踏み出し、力を振り絞って耐える。
そのまま力を浜に伝えて、前に倒れ込むように飛び出す。腕を引きながら顔を上げ、キノセを見据えた。
どこか悲しげに目を瞠ったキノセと目が合った。
それも束の間、セラの拳がきれいにキノセの頬に入った。
どさっと、二人並ぶように、浜に倒れた落ちた。
うつ伏せのセラ。仰向けのキノセ。
セラの背中も、キノセの胸も上下する。
二人とも意識があるまま、動かない時間が続いた。
セラが先に動いた。腕に力を込めて、立ち上がる。汗や血に張り付いた髪や砂もそのままに、彼女はキノセに手を差し伸べた。
キノセは五線の瞳を動かして、セラの手を見た。
それから彼の手が伸びてきて――。
「……っ!」
「ぃたっ!」
セラの手ははたかれた。
「……俺に、その手を取る資格はないだろ」
「……それを言ったら」
セラは屈んで、無理矢理にキノセの手を握った。
「わたしだって、手を差し伸べる資格なんてないよ。けどっ……わっ!」
キノセを起こそうと手を引っ張るセラ。しかしうまく立ち上がれずに尻餅をつく。
「なにやってんだ、お前は」
「キノセが立とうとしないからでしょ」
「……一人で立てる」
「またそうやって! 一緒に――」
「平気だ、もう」
「だから――」
「変わったのか?」
「え?」
「俺はもう、お前の隣に立ってる」
セラの頬が小さく綻ぶ。「キノセ……」
「そしたらなにかが、変わるんだろ、お前の中で……セラ」
微笑は笑みに変わり、セラは頷いた。
「うん」
戦いの場は次第に地上へと移っていった。浮遊に要する力を戦いに向けるためだ。それは微々たるものかもしれないが、それでも、それほどにセラもキノセも想いを果たしたい一心だったのだ。
かなりの時間が経った。しかし灰色の景色が時の感覚を狂わせ、体感の上だけなのかもしれないとセラは思う。
静かなミャクナス湖に、三つの吐息。そのどれもが、粗い。一度の行動に、一つの小休止を挟むという展開が続いていた。
今、幻影のセラが動いた。セラはそれに立ち向かうように駆け出す。
二人の碧きヴェールが尾を引き、湖畔で四羽の鳥が鳴く。
セラも幻影のセラも、すぐに相手から離れるように足を捌く。その時、セラは浜に足を取られ、膝を着いた。
その隙を幻影のセラは見逃さない。ぐっと足に力が入ったかと思うと、身体をセラに向けて動かした。オーウィンを映したウェィラを振り下ろす。疲労に精彩を欠いた大振りだが、セラもセラで蓄積した疲労に防御の体勢に入れなかった。
だからナパードをしようとした、その瞬間。
「ぁっ!」
ヴェールが消えた。想造の力が尽きた。
勝機に見開かれた幻影の自分と目が合う。そのサファイアにはまだ碧が揺らめいていた。
キノセの想いが、勝った。
セラは目を閉じた。
諦めではない。この刹那に、想いと向き合う。ここまで来たら、咲かせるしかない。
想いを膨らませる。
――膨らめ。
――間に合え。
――最後まで、止まるな!
しかし彼女の感覚は刃が頭長に迫り、白銀髪に触れたのを感じ取った。
――終わってしまった。
――ごめん、みんな。
――ごめんね、キノセ。
鼻の奥に痛みを覚えるセラ。それと同時に空を斬る音が眼前を通り過ぎた。
充血し潤みを帯びサファイアを開くと、オーウィンの影を失ったウェィラが視線の先にあった。
ヴェールが失せた幻影のセラが目を瞠り、セラと同じくウェィラを見つめて硬直していた。
二人は同時に互いにサファイアを見た。そこからは一瞬の攻防だ。
セラは身体に力を込め、こちらもオーウィンから戻ったウェィラを逆手に持ち替えて振り上げた。
幻影のセラはウェィラを振り下ろした体勢から、そのまま右手のフォルセスを振るった。
首を狙ったフォルセスをセラはウェィラで受け、弾き返す。その拍子にウェィラは握力の弱ったセラの手を離れた。
両手でフォルセスを握り、立ち上がりながら振り抜いた。
首に碧い直線が刻まれた幻影のセラ。その身体が花びらとなって崩れ消えた。セラはその花たちの隙間に見えるキノセをキッと睨みつけると、崩れる花をその身に被りながら駆け出した。
「キノセぇ!」
「ジルェアスっ!」
想いのままに互いに名を叫び合う。
最後だと思う。
これで決まる。
キノセが腕を震わせながら上げて、指揮棒を力いっぱい振り下ろした。
大きな音の塊がセラに向かってくる。
セラは走りながらフォルセスで迎え撃つ。斬り裂いた音が浜に落ち、砂を跳ね上げる。
「ふっ!」
キノセが小さな音塊を続けざまに三つ放った。セラは順繰りに対処しようとフォルセスで一発目を弾くが、そこまでだった。二発目をうまく弾けず、フォルセスの刀身が大きく震えた。握力の弱まりに拍車を掛けられ、三発目の音が彼女の手に当たったその時、フォルセスは滑り落ち、砂浜に立ち尽くした。
それでもセラは愛剣を拾おうとせず、そのまま走り続けた。
キノセが近づく。目前だ。
その彼が震える手でセラの足元に照準を合わせていた。
音が放たれる。
狙いは外れ、彼女の手前の砂浜を小さく穿った。だがそれだけでも充分な効果があった。セラは小さな窪みに足を沈め、がくんと体勢を崩した。
前のめりになった。
浜が迫った。
止まる。
止まるわけにはいかない。
――止まってなんていられない!
一歩踏み出し、力を振り絞って耐える。
そのまま力を浜に伝えて、前に倒れ込むように飛び出す。腕を引きながら顔を上げ、キノセを見据えた。
どこか悲しげに目を瞠ったキノセと目が合った。
それも束の間、セラの拳がきれいにキノセの頬に入った。
どさっと、二人並ぶように、浜に倒れた落ちた。
うつ伏せのセラ。仰向けのキノセ。
セラの背中も、キノセの胸も上下する。
二人とも意識があるまま、動かない時間が続いた。
セラが先に動いた。腕に力を込めて、立ち上がる。汗や血に張り付いた髪や砂もそのままに、彼女はキノセに手を差し伸べた。
キノセは五線の瞳を動かして、セラの手を見た。
それから彼の手が伸びてきて――。
「……っ!」
「ぃたっ!」
セラの手ははたかれた。
「……俺に、その手を取る資格はないだろ」
「……それを言ったら」
セラは屈んで、無理矢理にキノセの手を握った。
「わたしだって、手を差し伸べる資格なんてないよ。けどっ……わっ!」
キノセを起こそうと手を引っ張るセラ。しかしうまく立ち上がれずに尻餅をつく。
「なにやってんだ、お前は」
「キノセが立とうとしないからでしょ」
「……一人で立てる」
「またそうやって! 一緒に――」
「平気だ、もう」
「だから――」
「変わったのか?」
「え?」
「俺はもう、お前の隣に立ってる」
セラの頬が小さく綻ぶ。「キノセ……」
「そしたらなにかが、変わるんだろ、お前の中で……セラ」
微笑は笑みに変わり、セラは頷いた。
「うん」
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