碧き舞い花Ⅱ

御島いる

374:呼び覚ます


 セラ――。



 セラは微睡みの中、彼女を呼ぶ声を聞いた。



 セラ――。



 セラ――。



 身体に力が入らない。

 自分の置かれている状況がわからない。



 セラ――。



 セラ――。



 セラ――。



 仲間たちの声だとわかる。

 応えたいのに、声も出ない。



 セラ――。



 セラ――。



 セラ――。



 セラ――。



 声は頭の中で、重なり合う。

 痛いほどに、反響する。



 セラ――。



 セラ――。



 セラ――。



 セラ――。



 セラ――。





「ジルェアス」





 ばっとすべての感覚が戻ってきて、激しい動悸と共にセラは砂浜に立っていた。

 そこがミャクナス湖畔だと気付くのに、少し時間がかかった。

 色がなかった。

 灰色のエレ・ナパス・バザディクァス。

 音もなかった。

 静寂のエレ・ナパス・バザディクァス。

 そこにある気配は一つだけ。セラは、砂浜に座り湖を見つめる気配の主の背に目を向ける。最後に名前を呼んだ彼に。

「キノセ」

 五線の瞳がちらりと振り返って、また正面に戻った。

「今回は来たんだな。あの時は呼んでも来なかったのに。それともジルェアスと呼ばなかったのが気に食わなかったか?」

 憎悪を感じる口調だった。

 セラはいたたまれない気持ちに、表情を落とす。それでは足りないとわかりながらも、謝罪の言葉を口にする。

「キノセ……ごめんなさい」

「謝罪は要らない」

 キノセが立ち上がる。

「最初はいつかあいつらの寝首を掻いてやろうと、お前たちの役に立つだろうと思ってた。だが俺の想いは次第に恨みへと変わっていった。いつしかお前への恨みに変わってた! どうして助けに来てくれなかった!」

「キノ――」

 燕尾服の背に呼びかけようとした彼女の言葉を遮るようにキノセは振り返り、続けた。憎しみに満ちた顔で静かに告げる。

「俺が欲しいのはお前の死だ、ジルェアス」

 風が吹いた。白金と黒混じりの白髪を揺らす。

「お前以外は全部死んだぞ。ユフォンも、イソラも、テムも、エァンダとフェズもだ。ヴェィルたちが勝ち、お前たちは負けた」

「……」

「嘘だと思うか? なら俺を通して見てみればいい」

 もう感じるものがないことは、この身をもって知っている。想いが塞ぎそうになる。いざというときに、閉じ込められてなにもできなった自分が嫌になる。それでも、セラはまだ皆が信じてくれていると感じていた。さっきまで名前を呼んでくれていたみんなに報いるために、悲しみに足を止めることはしない。セラはレキィレフォの力を使うことはせず、彼に尋ねる。

「なんでわたしを水晶から出したの?」

「お前をこの手で殺すため。どのみちお前は長い時間をかけて封印を破る可能性がある。ヴェィルはその時を待つことなく、俺がお前を殺すことを許したのさ。それで俺の想いが果たされる」

「それが本当にキノセの想いなら……わたしは正面から受け止める」

「殺されてくれるのか? もう誰も残されていないから、諦めるのか?」

「そんなわけないってわかってるでしょ」

 セラはフォルセスを抜く。

「わたしたちは想いのままに進む。ゼィグラーシスの言葉を胸に」

「前に進めるのはどっちか一人だ」

「ぶつけ合おう、想い」

 セラがフォルセスを構える。キノセの手が懐に伸びる。指揮棒が覗いた瞬間、セラは彼の懐に跳んでいた。フォルセスを振るう。碧き火花が散って、剣が指揮棒に受け止められた。

「今ならお前の速さにだってついていける」

「剣術の心得なんてないくせに」

「それならお前に、音楽の心得があるのか?」

「あ、そっか……」

 セラはキノセから離れ、ナパードで背中にフォルセスを戻した。それから腿の行商人のバッグに手を入れ、あるものを取り出した。

 それを見たキノセが顔をしかめる。

「っ……馬鹿にしてるのか」

「してない。キノセと真剣に向き合うなら、こっちの方がいいでしょ」

 セラは指先につまんだキノセの指揮棒を構えた。かつて彼から貰った指揮棒を。

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