碧き舞い花Ⅱ
373:終わり
「うっ……」
二人も想造の民を相手にするのは厳しい。自分も想造の力を取り戻していれば、こうはならなかっただろう。やはりノージェを諦めるべきだったかもしれないと、モェラは後悔していた。ダァルから受けた火傷も想造の力ならすぐに治せる。なんと不便な身体だ。
仲間がなんだというのか。
遠巻きにさすらい議団の面々を見やる。異空船の近くで、一定の距離を保ち、船と互いを護りながら立ち回っている。モェラを除いてだ。
入団の誘いをした団長もさっきナパードで消えた。助太刀に入ってくれると期待したが、ズィードの気配はさらに遠ざかった。
結局のところ、そんなものなのだ。彼らにとってモェラはケルバという友を殺した仇。戦いのどさくさに紛れて葬ろうと考えているのかもしれない。だから一人だけ遠く離され、助けにも来ないのだ。
いまからでも、戻れるだろうか。
モェラは短刀を力なく下げた。
「ねぇ、ルォペン、ダァル」
ダァルが憎々しげに目を細めた。「ん?」
大してルォペンは刃を交えているというのに優しい表情で問い返してきた。
「なんだい、モェラ?」
期待があるのかもしれない。それに応えることが、今助かるために一番だろう。
「やっぱりわたし――」
その時、モェラは周囲に碧き花が舞い降っていることに気付いた。視線を動かすと、彼女たちの周りだけではなく、エレ・ナパス中で起きている現象だとわかった。
「なに?」
ルォペンの疑問がモェラの言葉の続きを促すものか、起こっている現象についてのものなのか、彼女が判断するよりも早く眼前が紅き閃光に包まれた。
そして現れるのは、ズィード。
だけではなかった。
ソクァム、シァン、ピャギー、ダジャール、ネモ、アルケン。
さすらい議団が揃っていた。
「悪い、モェラ。待たせたな。さすらい議団、勢揃いだ!」
スヴァニを前方に掲げ、そう宣言する団長。その途端義団の面々を紅い気迫が包み込んだ。もれなくモェラもだ。そしてそれはモェラに安心感のような温かさを与え、力を漲らせた。
『まだなにも知れてないのにやめるだなんて言わないよな?』
不意にノージェの声がして辺りを見回すが、彼の姿をモェラが見ること叶わなかった。でも、笑みが零れた。
「ごめん、ノージェ。そうだよね」
懐かしい気配を感じる。
シズナは敵を切り伏せ、王城を見やった。
「エァンダのことは心配しないでネル」
ムェイはベッドの脇で不安げに見つめてくるネルの手を取る。レキィレフォの力ほどではないが、念波を送り、二人のとって大事な人が無事であることを視覚情報として与える。
ネルの瞳に涙が浮かぶ。
「!……エァン、よかった」
「わたしがついてるから、必ず帰らせるから」
「ありがとう、ムェイ」
「そのためにはこの戦争を終わらせないとだよ」
「えっ……?」
急にムェイの口調が変わったことに驚くネル。ムェイはすぐに自分たちに起きたことを、わかる範囲で説明した。その説明にネルはなるほどと言ったが、彼女でもさすがに表面的にしか理解できていない様子だった。まだ困惑の色が顔に残っていた。
「もういい?」
ハツカが言う。
「戦いに勝つためには包帯をどうにかしないといけない。それでね、わたしもうクェトの場所知ってるの! だから行こうっ! 向こうにはグースとコゥメルってやつもいるから、別の身体じゃなくてわたしたちで!」
懐かしいものを感じる。
クェト・トゥトゥ・スは包帯を操ることに集中しながらも、渡界人の地にあるはずもなかったものを感じ取った。グースが影光盤にて戦場の各地に碧き輝きを確認した直後からだ。
「いったいなにが起きてるんだ」
コゥメルがグースに聞くが、軍師も現状を把握するだけに留まっている様子で、説明の言葉が出てこない。
クェトにもその現象ことはわからないが、今感じ取ったものが相手方の援軍に繋がるものだということははっきりとわかっていた。
包帯から集中を切らさないように努めながら、口を開く。
「思考の邪魔をして申し訳ないが――」
「なんです、博士」
「――魔素を感じる」
博士の言葉に軍師とその師が表情を険しくしたその時、気配を隠すための障壁の中に碧が閃いた。
原戦士たちに軍神と崇められているとセラから聞いた時は、思わず笑ってしまったものだ。そのことを思い出してシズナはまた笑う。
「その笑いは俺のこと馬鹿にしてる笑いだな? シズナ」
夫の声を聴くのはどれくらいぶりだろう。眠っていた期間も含めれば六、七十年くらいか。
「はてさて、ど~かな~、軍、神、様っ」
シズナはすーっと現れた夫ブレグ・マ・ダレににやけて見せる。
「馬鹿にしているじゃないか」
「それはともかく、ブレグくん」
真顔になって、彼の隣に共に現れた女性に目を向ける。
暗い紫の髪を三つ編みにして背中に垂らす彼女は、シズナと目が合うと不思議がって、それから凛として口を開く。
「父のお知り合いの方ですね。わたしは娘のジュメニです」
「シズナよ……はじめまして、ジュメニちゃん」
「?」間を訝しんだようだが、ジュメニはすぐに返す。「はじめまして、シズナさん」
ジュメニと笑顔を交わし合ってから、シズナはブレグを見た。彼はバツが悪そうにしていた。そして咳払いをすると、腰の剣を抜く。
「話は全部終わってからだ」
「期待してるよ、軍神様」
人の数がどっと増えた。
ヴェィルは鬼を相手にしながら、敵の援軍を感じ取った。
一網打尽にできる数が増えるのはいいことだ。反旗を翻す者はヴェィルが望む空には必要ない。取り逃しなく、排除する。
ただ厄介なのは目の前のこの男だ。
いつになったら終わる。いつまで苦しめばいい。
ヴェィルは満身創痍だった。対して鬼となった男は無傷に等しい。
称賛に値する強さだ。総代として友たちを背負っていなければ、ここまで苦しむ前に敗北を認めていたかもしれない。
今、隻腕から繰り出された拳を躱す。その折、浜の砂に足を取られ、ヴェィルは体勢を崩す。
「っく……」
なんとか転ばずに、膝を着くに留めた。
その隙を突いて、男の手がヴェィルの左耳に伸びてきた。
危機的状況。終わりの時が来た。
いいや違う。
これこそが待ち望んだ、嬉々的状況だった。
終わりの時が、来たのだ。
右腕が飛んだ。
腹を穿たれた。
意識が戻った。
なにが、起きた。
ケン・セイは湖畔に伏していた。
弱々しく視線を上げると、その先にはヴェィルが立っていた。その身体の傷が癒えていく。
「見事だったぞ」
ケン・セイの視線に気付いたヴェィルと目が合う。
「危うかった。お前は我が娘に比肩する敵だった。まさか想いを消すとはな」
ヴェィルの手が左耳の水晶に触れる。
「ただ、お前が最後の最後にこれを狙うことはわかっていた。それは想いだ。それだけが俺に残された好機だった。お前の敗因は、我が娘への想いだ。皮肉だが、俺は娘に救われたというわけだ」
「……ぅ!」
無い腕に力を込めて立ち上がろうとするが、できなかった。疲労が甚だしい。鬼の闘技の負担だ。
「もう抗う必要はない」
ヴェィルに黒いヴェールが纏わる。
「終わりだ」
その言葉の直後、ケン・セイの視界は陽炎に揺れた。
二人も想造の民を相手にするのは厳しい。自分も想造の力を取り戻していれば、こうはならなかっただろう。やはりノージェを諦めるべきだったかもしれないと、モェラは後悔していた。ダァルから受けた火傷も想造の力ならすぐに治せる。なんと不便な身体だ。
仲間がなんだというのか。
遠巻きにさすらい議団の面々を見やる。異空船の近くで、一定の距離を保ち、船と互いを護りながら立ち回っている。モェラを除いてだ。
入団の誘いをした団長もさっきナパードで消えた。助太刀に入ってくれると期待したが、ズィードの気配はさらに遠ざかった。
結局のところ、そんなものなのだ。彼らにとってモェラはケルバという友を殺した仇。戦いのどさくさに紛れて葬ろうと考えているのかもしれない。だから一人だけ遠く離され、助けにも来ないのだ。
いまからでも、戻れるだろうか。
モェラは短刀を力なく下げた。
「ねぇ、ルォペン、ダァル」
ダァルが憎々しげに目を細めた。「ん?」
大してルォペンは刃を交えているというのに優しい表情で問い返してきた。
「なんだい、モェラ?」
期待があるのかもしれない。それに応えることが、今助かるために一番だろう。
「やっぱりわたし――」
その時、モェラは周囲に碧き花が舞い降っていることに気付いた。視線を動かすと、彼女たちの周りだけではなく、エレ・ナパス中で起きている現象だとわかった。
「なに?」
ルォペンの疑問がモェラの言葉の続きを促すものか、起こっている現象についてのものなのか、彼女が判断するよりも早く眼前が紅き閃光に包まれた。
そして現れるのは、ズィード。
だけではなかった。
ソクァム、シァン、ピャギー、ダジャール、ネモ、アルケン。
さすらい議団が揃っていた。
「悪い、モェラ。待たせたな。さすらい議団、勢揃いだ!」
スヴァニを前方に掲げ、そう宣言する団長。その途端義団の面々を紅い気迫が包み込んだ。もれなくモェラもだ。そしてそれはモェラに安心感のような温かさを与え、力を漲らせた。
『まだなにも知れてないのにやめるだなんて言わないよな?』
不意にノージェの声がして辺りを見回すが、彼の姿をモェラが見ること叶わなかった。でも、笑みが零れた。
「ごめん、ノージェ。そうだよね」
懐かしい気配を感じる。
シズナは敵を切り伏せ、王城を見やった。
「エァンダのことは心配しないでネル」
ムェイはベッドの脇で不安げに見つめてくるネルの手を取る。レキィレフォの力ほどではないが、念波を送り、二人のとって大事な人が無事であることを視覚情報として与える。
ネルの瞳に涙が浮かぶ。
「!……エァン、よかった」
「わたしがついてるから、必ず帰らせるから」
「ありがとう、ムェイ」
「そのためにはこの戦争を終わらせないとだよ」
「えっ……?」
急にムェイの口調が変わったことに驚くネル。ムェイはすぐに自分たちに起きたことを、わかる範囲で説明した。その説明にネルはなるほどと言ったが、彼女でもさすがに表面的にしか理解できていない様子だった。まだ困惑の色が顔に残っていた。
「もういい?」
ハツカが言う。
「戦いに勝つためには包帯をどうにかしないといけない。それでね、わたしもうクェトの場所知ってるの! だから行こうっ! 向こうにはグースとコゥメルってやつもいるから、別の身体じゃなくてわたしたちで!」
懐かしいものを感じる。
クェト・トゥトゥ・スは包帯を操ることに集中しながらも、渡界人の地にあるはずもなかったものを感じ取った。グースが影光盤にて戦場の各地に碧き輝きを確認した直後からだ。
「いったいなにが起きてるんだ」
コゥメルがグースに聞くが、軍師も現状を把握するだけに留まっている様子で、説明の言葉が出てこない。
クェトにもその現象ことはわからないが、今感じ取ったものが相手方の援軍に繋がるものだということははっきりとわかっていた。
包帯から集中を切らさないように努めながら、口を開く。
「思考の邪魔をして申し訳ないが――」
「なんです、博士」
「――魔素を感じる」
博士の言葉に軍師とその師が表情を険しくしたその時、気配を隠すための障壁の中に碧が閃いた。
原戦士たちに軍神と崇められているとセラから聞いた時は、思わず笑ってしまったものだ。そのことを思い出してシズナはまた笑う。
「その笑いは俺のこと馬鹿にしてる笑いだな? シズナ」
夫の声を聴くのはどれくらいぶりだろう。眠っていた期間も含めれば六、七十年くらいか。
「はてさて、ど~かな~、軍、神、様っ」
シズナはすーっと現れた夫ブレグ・マ・ダレににやけて見せる。
「馬鹿にしているじゃないか」
「それはともかく、ブレグくん」
真顔になって、彼の隣に共に現れた女性に目を向ける。
暗い紫の髪を三つ編みにして背中に垂らす彼女は、シズナと目が合うと不思議がって、それから凛として口を開く。
「父のお知り合いの方ですね。わたしは娘のジュメニです」
「シズナよ……はじめまして、ジュメニちゃん」
「?」間を訝しんだようだが、ジュメニはすぐに返す。「はじめまして、シズナさん」
ジュメニと笑顔を交わし合ってから、シズナはブレグを見た。彼はバツが悪そうにしていた。そして咳払いをすると、腰の剣を抜く。
「話は全部終わってからだ」
「期待してるよ、軍神様」
人の数がどっと増えた。
ヴェィルは鬼を相手にしながら、敵の援軍を感じ取った。
一網打尽にできる数が増えるのはいいことだ。反旗を翻す者はヴェィルが望む空には必要ない。取り逃しなく、排除する。
ただ厄介なのは目の前のこの男だ。
いつになったら終わる。いつまで苦しめばいい。
ヴェィルは満身創痍だった。対して鬼となった男は無傷に等しい。
称賛に値する強さだ。総代として友たちを背負っていなければ、ここまで苦しむ前に敗北を認めていたかもしれない。
今、隻腕から繰り出された拳を躱す。その折、浜の砂に足を取られ、ヴェィルは体勢を崩す。
「っく……」
なんとか転ばずに、膝を着くに留めた。
その隙を突いて、男の手がヴェィルの左耳に伸びてきた。
危機的状況。終わりの時が来た。
いいや違う。
これこそが待ち望んだ、嬉々的状況だった。
終わりの時が、来たのだ。
右腕が飛んだ。
腹を穿たれた。
意識が戻った。
なにが、起きた。
ケン・セイは湖畔に伏していた。
弱々しく視線を上げると、その先にはヴェィルが立っていた。その身体の傷が癒えていく。
「見事だったぞ」
ケン・セイの視線に気付いたヴェィルと目が合う。
「危うかった。お前は我が娘に比肩する敵だった。まさか想いを消すとはな」
ヴェィルの手が左耳の水晶に触れる。
「ただ、お前が最後の最後にこれを狙うことはわかっていた。それは想いだ。それだけが俺に残された好機だった。お前の敗因は、我が娘への想いだ。皮肉だが、俺は娘に救われたというわけだ」
「……ぅ!」
無い腕に力を込めて立ち上がろうとするが、できなかった。疲労が甚だしい。鬼の闘技の負担だ。
「もう抗う必要はない」
ヴェィルに黒いヴェールが纏わる。
「終わりだ」
その言葉の直後、ケン・セイの視界は陽炎に揺れた。
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