碧き舞い花Ⅱ
372:碧き伝令
エレ・ナパスの各地に、花びらのように碧き光が舞うという現象が起こった。それはホワッグマーラの魔闘士たちが援軍にやってくるより、少し前のことだった。
まるでこれから来る援軍の知らせのように。
これはのちに『第二次エレ・ナパス戦役の碧き伝令』として語り継がれることとなる。
王城の屋上にも碧き光と共にセラが降り立った。テムたち三人とキノセの間だ。
「セラ!……じゃないな」
ズィーがキノセの向こう側で一瞬嬉々としたが、すぐに訝しんだ。テムもそれには同意できた。彼は現れたのはセラの肉体を持ったハツカだと思ったからだ。なにより、気配がセラのものではない。そもそも気配がない。
「やっぱりズィプお兄ちゃんにはばれちゃうかぁ」
その口ぶりはやはりハツカだった。
「どういうことだ、ハツカ」テムはその背中に聞く。「なんでセラ姉ちゃんの身体なんだ?」
「違うよテム」振り向くハツカ。「これはセラお姉ちゃんの身体じゃなくて……えーっと……なって言ったらいいのかな?」
反対にテムに首を傾げるハツカ。テムは呆れを返すことしかできない。
「俺に聞かれても……」
「この身体はチャチの作ったオルガストルノーン・ΑΩの機体。わたしたちの意思に合うように、みんなの勇気になるように、セラの見た目を早急に作ったの」
急に人が変わった気がして、テムは問う。
「ムェイなのか?」
「うん。それで、わたしたちの本体は今トラセークァスにいて、ここに来てる機体全部を同時に操縦してるの。非接触接続でね」
「同時にって……想像もできないな」
「わたしも一瞬戸惑ったけど、今、イソラのところにもいるんだよ、わたし」
今度はハツカとして言ったらしく、その表情も溌溂としたものだった。その笑顔は安心感を生んで、テムも表情を緩めることができた。この戦いは勝利に向かうだろうと。
「みんなの勇気になるように?」
テムの感情に水を差すように呟かれた皮肉はキノセのものだ。テムが目を向けると、彼はズィーに背を向け、ハツカを冷めた目で睨んでいた。
「偽物になにができる! 俺の想いを果たすこともできない、紛い物に! 目障りだ! 耳障りだ! あいつは……ジルェアスは俺の中にだけ存在する!」
指揮棒が上がり、大きく振り下ろされた。碧き閃光が発せられ、キノセの前にセラの形を作りはじめた。
「失せろよ、偽りの世界!」
血走った五線の瞳。それは涙ぐんでも見えた。
「もう消えてくれっ、雑音!」
その懇願は心の底からのものだろう。
キノセの想いが溢れ出ていた。怒りと悲しみがテムにも伝わってきていた。その想いの募りが、彼の指揮棒に記録されたセラの音を具現化させているようだった。
セラが完成された。そして口を開く。
「キノセ、助けに来たよ」
それは彼、キノセ・ワルキューの果たされなかった願いを叶える一言に違いないのだろうと、テムはなんとも言えない感情の渦巻きを自分の中に覚えた。
キノセの前にセラが現れた。
ハツカやムェイになるセラより、セラらしいとズィーは感じた。ただあのセラも偽物だ。
偽物。
気付かないようにしていたが、それもここまでだ。まあ、それでも役割はもうとっくの前に果たし終えている。魔法使いは立ち上がったのだ。むしろここまでよくもった方だ。
「ズィード!」
ズィーはその手からスヴァニを後継者へと返した。突然手に重みを感じたズィードは驚いてズィーを見返してきた。
「ズィプガルさん?」
「俺はもう時間切れだ。お前は義団の仲間のとこに戻れ。団長がフラフラしてる場合じゃないだろ」
「……」ズィードはスヴァニを柄を鳴るほど握りしめ、それから強く頷いた。「うん!」
受け継がれたナパードで、二代目『紅蓮騎士』は屋上から姿を消した。
「ズィプ兄……! どういう、こと?」
ズィードの紅き花が残る中、テムが驚き混じりの困惑顔を向けてきた。それは行動に対してというより、変貌に対しての反応だろう。
今、ズィーの身体はユフォンの身体へと戻った。
ズィプだった。
ユフォンになった。
テムは驚きを禁じ得なかった。ズィードにスヴァニを返したと思ったら、彼の身体はすーっと変化していったのだ。
もう一度、今度は白いシャツと白いズボン姿の筆師に尋ねる。
「どういうこと、ユフォン兄?」
「ははっ。まさか本人の想いが宿るとは思わなかったんだ」
霊体のユフォンは苦笑気味に言う。
「僕は無意識に霊体を作り出して、自分を励まそうとしたんだ。でもそれだけじゃ無理だったみたいで、ズィーが手を差し伸べてくれたんだろうね。おかげで僕は立ち直れた。さっきまでいたのは正真正銘のズィーだよ。彼がそのことに気付いたから、想いが離れて僕に戻ったったんだと思う。想いの力は気まぐれだね、どうせならそのまま残ってくれればよかったのに」
俯き、悲しげだった。テムも同感だった。死者は戻らないものだが、強い想いがそれを覆すならどれほどいいか。
ユフォンが顔を上げ、ハツカを見る。
「ハツカ、ムェイ。ここを頼むよ。もうすぐホワッグマーラのみんなも起きるから」
「うん。任せて」
「そしてキノセ」筆師が指揮者を睨む。「この戦いが終わって君が戻ったら、僕は君を殴るからね。覚悟しておいて」
「勝つ気でいるのか? さっきも言ったよな。甘いって。お前らは勝てない。ヴェィルがいるからな」
「僕らにはセラがいる」
「っは、なら連れて来いよ。俺みたいな!」
キノセの怒号が飛ぶと、彼の前のセラが碧き花を散らした。そして現れたのはユフォンの懐だ。そしてフォルセスが霊体を貫く。
「ユフォン兄っ!」
霊体で死ぬことはないとはいえ、本体に大きな負荷がかかることに変わりない。叫ばずにはいられなかった。
「ははっ!」
だが、聞こえたのはテムの感情に反して楽観的な笑い声だった。
セラの死角となって剣に貫かれたと思ったが、ユフォンの霊体は足元から消えていて、すでに残すは胸部から上だけだった。
「やっぱり本物じゃないな、君は。だってセラは僕のことを殺さなかった」
そう言い残して、霊体は優しい笑みのまま消えていった。
ユフォンは霊体の消失を感じ取った。
霊体は自分自身のものだが、確かにそこに宿ってくれた友には感謝しかない。
「ありがとう、ズィー」
「あいつもう帰ったのか。俺と戦ってからでもよかったんじゃないのか」
「そんなこと言ってないで、終わったのかい?」
「終わったから、雑談してる」
「……ははっ」フェズを見てじとっと笑って、それからにかっと笑うユフォン。「ははっ!」
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