碧き舞い花Ⅱ
369:類は友を呼ぶ
スヴァニがなくても『紅蓮騎士』だ。
ズィードは自分に言い聞かせながら、徒手空拳を振るっていた。戦いの中離れていったシズナが視界に入ると、自然とその手に握られる鞘に納まった刀に目がいった。
ばったばったと包帯兵を迷うことなく斬り捨てていく様は、人斬り狂人と言っても間違いではないと、ズィードは思った。
ズィードの死角から包帯兵が跳びかかってきた。もちろん空気の動きで察知していた彼は、躱して背中を蹴飛ばした。
「ああっ、斬りてぇ!……ってこれじゃ俺が人斬り狂人みたいじゃねえか!」
「一人でなにやってんだお前は」
ダジャールが背中を合わせてきた。義団は互いに協力し合える位置にいる。込み入った戦場では、特別な理由がなければ離れ過ぎない、それが暗黙の了解になっている。
新人だから仕方ないか。いや、彼女の場合は特別な理由がこの戦いにおいてはあるのだ。
「しょうがねえだろ。スヴァニがどっか行っちゃったんだからよ!」
ズィードは言っても仕方がない文句をダジャールに言いながら、離れた場所で二人の想造の民を相手にする新人を見つめていた。
「呼び戻さねえのかっ?」
ダジャールが敵を殴りつけながら聞いてきた。
「いや、モェラにも色々あるだろうし、もう向こうに行くことはないだろ、たぶん」
「ケルバの連れの話じゃねえ、スヴァニだ。スヴァニ。呼び戻せねえのかよ、いや、大体お前スヴァニのとこに跳べんだろ」
敵の反撃に伏せて躱すダジャール。ズィードはその背中を転がるようにして乗り越えて、敵の肩口に蹴りを落とした。
「あ、そういえばっ!」ぽんっと手を打ち、ズィードは笑った。「悪い、ちょっと離れる」
「お前は団長のくせして輪を乱しすぎだ」
ダジャールは体勢を戻すと、ズィードの胸倉を掴んで手繰り寄せた。獣人の迫力にズィードはバツが悪くなって苦笑しつつ、それでもその手が離れた隙を突いて跳ぼうと考えた。その矢先だった。ダジャールが牙を覗かせて笑った。
「……って昔の俺なら言ってたかもな。こっちは任せとけ」
「お、おお!」
ぱっと離される毛に覆われた手。そして、紅き花が舞った。
「モェラ! 戻ってこないかと思ったら、なんでその姿のままなんだ」
短刀で立ち回るモェラの前に、色白の男と赤髪赤目の男が立った。
「……ルォペン」
モェラは話しかけてきた色白の男の名を呼んだ。前回この地に赴いた時、ノージェの元へ向かおうとしていた彼女を呼び止めようとしたのが彼だ。モェラは振り向きもしなかったが。
「それに、どうして僕たちの敵として立っているんだよ」
「ノージェ……」モェラは少々困惑しながら口を開く。「本当はわたしもうまく整理できてないし、はっきり言ったら意味わかんない状態だけど、ノージェを……ノージェを信じることを思い出したの。今はそれだけ。答えは、これから探す」
「え、なにそれ。答えなんてもう出てるだろ? 他になにを探すっていうんだよ」
「わかんないよ」モェラは力なく笑みを返す。「それを探すんだもん。ノージェが見たもの、聞いたもの、味わったもの、感じたもの……なにがノージェの想いを突き動かしていたのかを」
「……モェラ、本気なの?」
「ルォペン、もういいだろ」赤髪の男がルォペンの肩を引いて、前に出た。「お前も諦めろ。結局モェラはノージェの女で、ノージェと同じ裏切りもんだったってことだ」
「でも、ダァル――」
「でもじゃねえんだよ、想いを迷わすな! 俺たちは誇り高き想造の民だぞ。そこから抜けてった奴らはみんな敵だ!」
ダァルがその手を火炎で包んだ。
「ルォペン、俺がお前のその迷い、消し炭にしてやるよ!」
ダァルが一瞬にしてモェラとの距離を詰めてきた。炎の拳が彼女に迫る。
眼前が急に紅く閃いた。
ズィーはその拍子にキノセの繰り出した音に弾かれた。
「ぐぁ!……んだよっ?」四つん這いになったズィーは頭をぶるぶると振ると、正面で悠然と指揮棒を振るい続けるキノセを見やる。「今のも音の力か?」
「違うよ、ズィプ兄」テムが言う。「ズィードだ」
「ズィード?……って、スヴァニがねえ!」
ズィーはその手から愛剣が失くなっていることに今しがた気付き、それからやっと背後に気配があることを知り、振り返る。そこには『紅蓮騎士』の名を継承した二代目が立っていた。その手にスヴァニを握り、呆然とズィーを見つめながら零す。
「実際に本物と会うのはじめだ……」
「……いや、俺死んでるし、本物なんだけど、違うっていうか。いや、まあ……よっ、ズィード」
ズィーは立ち上がると、軽く挨拶を口にし、ズィードの握るスヴァニに手を伸ばす。が、さっとズィードが手を引く。
ズィーが伸ばす。
ズィードが引く。
ズィーが伸ばす。
ズィードが引く。
「……おい、ズィード。今俺戦ってんのわかるだろ。返せって」
「ズィプガルさんのお願いでも駄目っ」
「俺のスヴァニだ」
「『紅蓮騎士』のだ」
「そうだけどよ、今は俺の!」
「今ってことで言うなら俺のでしょ!」
ぐぬぬと睨み合う新旧『紅蓮騎士』。その二人の前にテムとプライが躍り出た。キノセが放った数多の界音が複合された塊を二人で受け止め、上空へと弾き飛ばした。
プライが顔だけ振り向いて叱責の声を上げる。「喧嘩してる場合じゃないだろう!」
「だってズィードが!」
「だってズィプガルさんが!」
「いい加減にしろ!」
プライは二本の細剣を屋上に突き立てると、強引にズィードからスヴァニを奪い取った。ズィーから逃げられていたというのに、プライの気迫に圧されたか簡単に取られてしまっていた。
「取り合うというなら、俺が振る。二人は俺の剣を使え。それなら文句ないだろ」
「「……」」
二人の『紅蓮騎士』は黙り、考え込む。そして同時にはっとすると、プライに跳びかかる。
「文句ない」
「わけ」
「「ない!」」
「やっぱりお前らは騒々しい」
キノセが凍るような声で呟いた。
「演奏会は黙って聴くものだ」
オーケストラが止んだ。
ズィードは自分に言い聞かせながら、徒手空拳を振るっていた。戦いの中離れていったシズナが視界に入ると、自然とその手に握られる鞘に納まった刀に目がいった。
ばったばったと包帯兵を迷うことなく斬り捨てていく様は、人斬り狂人と言っても間違いではないと、ズィードは思った。
ズィードの死角から包帯兵が跳びかかってきた。もちろん空気の動きで察知していた彼は、躱して背中を蹴飛ばした。
「ああっ、斬りてぇ!……ってこれじゃ俺が人斬り狂人みたいじゃねえか!」
「一人でなにやってんだお前は」
ダジャールが背中を合わせてきた。義団は互いに協力し合える位置にいる。込み入った戦場では、特別な理由がなければ離れ過ぎない、それが暗黙の了解になっている。
新人だから仕方ないか。いや、彼女の場合は特別な理由がこの戦いにおいてはあるのだ。
「しょうがねえだろ。スヴァニがどっか行っちゃったんだからよ!」
ズィードは言っても仕方がない文句をダジャールに言いながら、離れた場所で二人の想造の民を相手にする新人を見つめていた。
「呼び戻さねえのかっ?」
ダジャールが敵を殴りつけながら聞いてきた。
「いや、モェラにも色々あるだろうし、もう向こうに行くことはないだろ、たぶん」
「ケルバの連れの話じゃねえ、スヴァニだ。スヴァニ。呼び戻せねえのかよ、いや、大体お前スヴァニのとこに跳べんだろ」
敵の反撃に伏せて躱すダジャール。ズィードはその背中を転がるようにして乗り越えて、敵の肩口に蹴りを落とした。
「あ、そういえばっ!」ぽんっと手を打ち、ズィードは笑った。「悪い、ちょっと離れる」
「お前は団長のくせして輪を乱しすぎだ」
ダジャールは体勢を戻すと、ズィードの胸倉を掴んで手繰り寄せた。獣人の迫力にズィードはバツが悪くなって苦笑しつつ、それでもその手が離れた隙を突いて跳ぼうと考えた。その矢先だった。ダジャールが牙を覗かせて笑った。
「……って昔の俺なら言ってたかもな。こっちは任せとけ」
「お、おお!」
ぱっと離される毛に覆われた手。そして、紅き花が舞った。
「モェラ! 戻ってこないかと思ったら、なんでその姿のままなんだ」
短刀で立ち回るモェラの前に、色白の男と赤髪赤目の男が立った。
「……ルォペン」
モェラは話しかけてきた色白の男の名を呼んだ。前回この地に赴いた時、ノージェの元へ向かおうとしていた彼女を呼び止めようとしたのが彼だ。モェラは振り向きもしなかったが。
「それに、どうして僕たちの敵として立っているんだよ」
「ノージェ……」モェラは少々困惑しながら口を開く。「本当はわたしもうまく整理できてないし、はっきり言ったら意味わかんない状態だけど、ノージェを……ノージェを信じることを思い出したの。今はそれだけ。答えは、これから探す」
「え、なにそれ。答えなんてもう出てるだろ? 他になにを探すっていうんだよ」
「わかんないよ」モェラは力なく笑みを返す。「それを探すんだもん。ノージェが見たもの、聞いたもの、味わったもの、感じたもの……なにがノージェの想いを突き動かしていたのかを」
「……モェラ、本気なの?」
「ルォペン、もういいだろ」赤髪の男がルォペンの肩を引いて、前に出た。「お前も諦めろ。結局モェラはノージェの女で、ノージェと同じ裏切りもんだったってことだ」
「でも、ダァル――」
「でもじゃねえんだよ、想いを迷わすな! 俺たちは誇り高き想造の民だぞ。そこから抜けてった奴らはみんな敵だ!」
ダァルがその手を火炎で包んだ。
「ルォペン、俺がお前のその迷い、消し炭にしてやるよ!」
ダァルが一瞬にしてモェラとの距離を詰めてきた。炎の拳が彼女に迫る。
眼前が急に紅く閃いた。
ズィーはその拍子にキノセの繰り出した音に弾かれた。
「ぐぁ!……んだよっ?」四つん這いになったズィーは頭をぶるぶると振ると、正面で悠然と指揮棒を振るい続けるキノセを見やる。「今のも音の力か?」
「違うよ、ズィプ兄」テムが言う。「ズィードだ」
「ズィード?……って、スヴァニがねえ!」
ズィーはその手から愛剣が失くなっていることに今しがた気付き、それからやっと背後に気配があることを知り、振り返る。そこには『紅蓮騎士』の名を継承した二代目が立っていた。その手にスヴァニを握り、呆然とズィーを見つめながら零す。
「実際に本物と会うのはじめだ……」
「……いや、俺死んでるし、本物なんだけど、違うっていうか。いや、まあ……よっ、ズィード」
ズィーは立ち上がると、軽く挨拶を口にし、ズィードの握るスヴァニに手を伸ばす。が、さっとズィードが手を引く。
ズィーが伸ばす。
ズィードが引く。
ズィーが伸ばす。
ズィードが引く。
「……おい、ズィード。今俺戦ってんのわかるだろ。返せって」
「ズィプガルさんのお願いでも駄目っ」
「俺のスヴァニだ」
「『紅蓮騎士』のだ」
「そうだけどよ、今は俺の!」
「今ってことで言うなら俺のでしょ!」
ぐぬぬと睨み合う新旧『紅蓮騎士』。その二人の前にテムとプライが躍り出た。キノセが放った数多の界音が複合された塊を二人で受け止め、上空へと弾き飛ばした。
プライが顔だけ振り向いて叱責の声を上げる。「喧嘩してる場合じゃないだろう!」
「だってズィードが!」
「だってズィプガルさんが!」
「いい加減にしろ!」
プライは二本の細剣を屋上に突き立てると、強引にズィードからスヴァニを奪い取った。ズィーから逃げられていたというのに、プライの気迫に圧されたか簡単に取られてしまっていた。
「取り合うというなら、俺が振る。二人は俺の剣を使え。それなら文句ないだろ」
「「……」」
二人の『紅蓮騎士』は黙り、考え込む。そして同時にはっとすると、プライに跳びかかる。
「文句ない」
「わけ」
「「ない!」」
「やっぱりお前らは騒々しい」
キノセが凍るような声で呟いた。
「演奏会は黙って聴くものだ」
オーケストラが止んだ。
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