碧き舞い花Ⅱ
362:物足りない
コクスーリャが手を上げた。
テムはイチ姉妹と連携を取り、探偵の邪魔をしようとする包帯兵と青髪の男を止める。周りの戦士たちもそれに従う。
「行かせるわけないじゃん!」
ここぞとばかりに周囲に衝撃を放つ男。包帯兵も巻き添えに、戦士たちを吹き飛ばす。そんな戦士たちの合間を縫って、彼らより早くコクスーリャに詰め寄った。
手を下げ、コクスーリャが身構える。そして男と拳を交えたその瞬間、テムは大きく飛び上がり、天馬で角度を調整するとプライが伸ばした手をしっかりと掴んだ。
「なっ!? お前じゃないのかよっ!」
「いつ俺が行くなんて言った? テム、そっちは任せたぞ!」
「ああ!」
テムは地上の仲間たちに、空いた手を掲げて見せた。それから視線を上げ、プライを見やる。
「重くないか?」
「誰とは言わずイソラを指名すればよかったと、後悔してるよ」
「途中で落としても文句は言わないからさ。天馬もあるし、ある程度の高さがあれば――」
「冗談だ。隻翼だからって舐めるな。飛ばすぞ」
もう飛んでる。そう冗談を返そうとしたテムだったが、ミャクナス湖からの陽光の反射の揺らぎが目に入り、口を閉ざしてその方向を見た。
鬼の組を発動させたケン・セイの気配は読めない。ヴェィルの気配はまだある。
戦いはまだ続いていた。
鏡のような湖面を揺らすのは二人の戦いだった。
それはつまりケン・セイがまだ生きていることの証明。
テムは一度強く瞳を閉じた。
師の勝利を強く信じ、今は自分ができることを。
「大丈夫か?」
口を閉ざしたからか、プライが眉を顰めて聞いてきた。自分が思っている以上に深刻な顔をしていたのかもしれない。
「ああ、大丈夫だ。飛ばしてくれ」
プライと共に、テムは王城を目指す。
アレスは戦いの最中、プライとテムが上空を駆け抜け、王城の屋上に降り立ったのを見た。
ここまでフェズが王城から出てこないこととなにか関係があるのだろうか。
「気逸らしてる余裕なんてあんのかよっ!」
スジェヲの大鎌がアレスの隙をついて振り下ろされた。アレスはサィゼムで受けようと動き出すが、遅かった。間に合わないと悟ったアレスは、せめて急所から外そうと僅かに身体を反らす。
だがそれよりも早く、彼女の身体は大きく押し退けられた。ジュランだ。彼女に体当たりをすると、大鎌を細剣で受け止めた。その状態のまま、顔だけアレスに向ける八羽。にっとした笑顔だった。
「どうだ惚れたか? てか今、プライのこと見てたか、もしかして」
アレスは溜息交じりに頭を振ると、ジュランを蹴り飛ばした。
「どわっ!」
彼の身体がどくと、地面に大鎌が突き刺さった。
「ちゃんと敵を見なっ」
「それをねえちゃんが言うかよ」
「うるさいっ」
「らしくないな。だいぶ心が騒がしいぞ、テム」
テムが王城の屋上に降り立つと、そこにキノセの姿があった。貝鸚鵡の真珠を加工して作られた指揮棒を指先でいじっていた。
「包帯がないってことは」テムは天涙を抜いた。「生きてるってことでいいのか?」
「敵か仲間か。聞かないのか?」
「聞くまでもないだろ、敵意むき出しでさ」
「さすがにユフォンほど甘くはないな」
「いや、俺は甘いよキノセ。天涙を抜いても戦いたくないって思ってる」
「かつての友と刃を交えることは辛いことだ」テムの隣でプライが言う。「俺では物足りないだろうが、少しでも支えにしてくれ。隣にいる」
「ありがとう、プライ」
「物足りないか……」
キノセがゆっくりと横に歩き出す。五線の瞳でテムとプライを順に見つめる。
「確かに、今の俺にはお前らじゃ物足りないな!」
指揮棒が振るわれる。音波がプライに向かう。目で捉えることのできないそれを、二本の細剣で受けようとする彼の前にテムは出た。音波を剣という線で受けるのは難しい。しかし同種の波であればその範囲を広げ、面で受けることができる。
テムは身体の前で天涙を薙ぐように振るう。
『露払い・静謐』
音波は消え、名前のごとく、静謐が訪れる。
「やるな、テム。だけど、無音もまた音だ」
指揮棒の先がひょいと動くのをテムは見た。次の瞬間、テムは顎を打ち上げられ、天を仰ぎながら放物線を描いた。
背中から落ちる。
「テムっ!」
「……あぁ、大丈夫」身体を起こしてテムはキノセを睨む。「これくらいなんともない。自分の拳も使わないやつの攻撃なんて、殴られたうちに入らない」
「……」
キノセはなにも言わない。ただテムの目を見返していた。
服を握っていた力がなくなった。見つめていたエメラルドが、黒に隠れて、それからなくなった。
エァンダがいなくなった。
ネルは咄嗟にムェイとノアに目を向ける。そして一時の安堵を得る。二人はベッドに寝ていた。
「いったい、なにが……」
「ネルさん!」忙しくペレカが部屋に入ってきた。「エレ・ナパスがヴェィルたちに攻め込まれてます!」
「えっ!?」
「今、念のためにチャチさんにも連絡をしたら、チャチさんたちがエレ・ナパスに跳ばされて、戦場になってるって。あ、でも遠隔でムェイさんの修復を……あれ、エァンダさんは?」
ネルは胸元で手を組んだ。
普段のエァンダならこんな心配にはならない。しかしさっきまでの彼の状況を見ていれば、心配せざるを得ない。あんな状態で戦えるわけがない。
「エァン……」
テムはイチ姉妹と連携を取り、探偵の邪魔をしようとする包帯兵と青髪の男を止める。周りの戦士たちもそれに従う。
「行かせるわけないじゃん!」
ここぞとばかりに周囲に衝撃を放つ男。包帯兵も巻き添えに、戦士たちを吹き飛ばす。そんな戦士たちの合間を縫って、彼らより早くコクスーリャに詰め寄った。
手を下げ、コクスーリャが身構える。そして男と拳を交えたその瞬間、テムは大きく飛び上がり、天馬で角度を調整するとプライが伸ばした手をしっかりと掴んだ。
「なっ!? お前じゃないのかよっ!」
「いつ俺が行くなんて言った? テム、そっちは任せたぞ!」
「ああ!」
テムは地上の仲間たちに、空いた手を掲げて見せた。それから視線を上げ、プライを見やる。
「重くないか?」
「誰とは言わずイソラを指名すればよかったと、後悔してるよ」
「途中で落としても文句は言わないからさ。天馬もあるし、ある程度の高さがあれば――」
「冗談だ。隻翼だからって舐めるな。飛ばすぞ」
もう飛んでる。そう冗談を返そうとしたテムだったが、ミャクナス湖からの陽光の反射の揺らぎが目に入り、口を閉ざしてその方向を見た。
鬼の組を発動させたケン・セイの気配は読めない。ヴェィルの気配はまだある。
戦いはまだ続いていた。
鏡のような湖面を揺らすのは二人の戦いだった。
それはつまりケン・セイがまだ生きていることの証明。
テムは一度強く瞳を閉じた。
師の勝利を強く信じ、今は自分ができることを。
「大丈夫か?」
口を閉ざしたからか、プライが眉を顰めて聞いてきた。自分が思っている以上に深刻な顔をしていたのかもしれない。
「ああ、大丈夫だ。飛ばしてくれ」
プライと共に、テムは王城を目指す。
アレスは戦いの最中、プライとテムが上空を駆け抜け、王城の屋上に降り立ったのを見た。
ここまでフェズが王城から出てこないこととなにか関係があるのだろうか。
「気逸らしてる余裕なんてあんのかよっ!」
スジェヲの大鎌がアレスの隙をついて振り下ろされた。アレスはサィゼムで受けようと動き出すが、遅かった。間に合わないと悟ったアレスは、せめて急所から外そうと僅かに身体を反らす。
だがそれよりも早く、彼女の身体は大きく押し退けられた。ジュランだ。彼女に体当たりをすると、大鎌を細剣で受け止めた。その状態のまま、顔だけアレスに向ける八羽。にっとした笑顔だった。
「どうだ惚れたか? てか今、プライのこと見てたか、もしかして」
アレスは溜息交じりに頭を振ると、ジュランを蹴り飛ばした。
「どわっ!」
彼の身体がどくと、地面に大鎌が突き刺さった。
「ちゃんと敵を見なっ」
「それをねえちゃんが言うかよ」
「うるさいっ」
「らしくないな。だいぶ心が騒がしいぞ、テム」
テムが王城の屋上に降り立つと、そこにキノセの姿があった。貝鸚鵡の真珠を加工して作られた指揮棒を指先でいじっていた。
「包帯がないってことは」テムは天涙を抜いた。「生きてるってことでいいのか?」
「敵か仲間か。聞かないのか?」
「聞くまでもないだろ、敵意むき出しでさ」
「さすがにユフォンほど甘くはないな」
「いや、俺は甘いよキノセ。天涙を抜いても戦いたくないって思ってる」
「かつての友と刃を交えることは辛いことだ」テムの隣でプライが言う。「俺では物足りないだろうが、少しでも支えにしてくれ。隣にいる」
「ありがとう、プライ」
「物足りないか……」
キノセがゆっくりと横に歩き出す。五線の瞳でテムとプライを順に見つめる。
「確かに、今の俺にはお前らじゃ物足りないな!」
指揮棒が振るわれる。音波がプライに向かう。目で捉えることのできないそれを、二本の細剣で受けようとする彼の前にテムは出た。音波を剣という線で受けるのは難しい。しかし同種の波であればその範囲を広げ、面で受けることができる。
テムは身体の前で天涙を薙ぐように振るう。
『露払い・静謐』
音波は消え、名前のごとく、静謐が訪れる。
「やるな、テム。だけど、無音もまた音だ」
指揮棒の先がひょいと動くのをテムは見た。次の瞬間、テムは顎を打ち上げられ、天を仰ぎながら放物線を描いた。
背中から落ちる。
「テムっ!」
「……あぁ、大丈夫」身体を起こしてテムはキノセを睨む。「これくらいなんともない。自分の拳も使わないやつの攻撃なんて、殴られたうちに入らない」
「……」
キノセはなにも言わない。ただテムの目を見返していた。
服を握っていた力がなくなった。見つめていたエメラルドが、黒に隠れて、それからなくなった。
エァンダがいなくなった。
ネルは咄嗟にムェイとノアに目を向ける。そして一時の安堵を得る。二人はベッドに寝ていた。
「いったい、なにが……」
「ネルさん!」忙しくペレカが部屋に入ってきた。「エレ・ナパスがヴェィルたちに攻め込まれてます!」
「えっ!?」
「今、念のためにチャチさんにも連絡をしたら、チャチさんたちがエレ・ナパスに跳ばされて、戦場になってるって。あ、でも遠隔でムェイさんの修復を……あれ、エァンダさんは?」
ネルは胸元で手を組んだ。
普段のエァンダならこんな心配にはならない。しかしさっきまでの彼の状況を見ていれば、心配せざるを得ない。あんな状態で戦えるわけがない。
「エァン……」
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