碧き舞い花Ⅱ
361:手を上げろ
王城へと向かおうとしていたコクスーリャの前に、青髪黄金目の男が立ち塞がった。
仲間の戦士たちには悪いが、城下町で行われる戦いを無視して進むつもりだった。しかし戦いに参加しないことで、逆に目立ってしまったようだ。
男と拳を掴み合う。
「盛り上がってるっていうのに、どこに行く気だ」
「お手洗いかな」
「そうか、なら……そこでいいだろっ!」
跳びあがった男の蹴りを受け、コクスーリャは民家の壁を壊した。ベッドに受け止められた彼は、瓦礫を零しながらすぐに立ち上がり、外にいる男に対して飛び出しざまに蹴りを繰り出した。
「寝室に用はない!」
両腕で蹴りは受け止められたが、腕の骨が折れる音がして、男は痛みに顔を歪める。しかしそれも束の間、一度は弱まった男の腕の抵抗力が、ふっと戻ってきた。
想造の民とは便利なものだ。
押し返され、男と距離をとるコクスーリャ。周囲の戦士の一人がそれを機と見て、男に向かって斬りかかる。幾太刀か剣を振るうが、躱され、受け止められ、刃を折られると、反対にその刃を首筋に一刺しされ命を奪われた。
血を吹いて倒れる戦士。そこへ白いものが地を這う蛇のようにしながら近寄った。それが包帯だとわかるのに時間は要らなかった。
包帯は息絶えた戦士の首に巻き付いた。すると死んだはずの戦士が、むくりと立ち上がった。
コクスーリャは戦士を睨みつける。「……!」
「おぉ、はじまったか」男も包帯を巻かれた戦士を見ると、簡単に似た声を漏らした。「うまく機能してるみたいだな」
「クェトか」
コクスーリャはすぐに状況から導き出せる思考を結び付け、クェトの気配を探る。しかし当然のように隠されているようだ。やはりコゥメルを追うべきだったか。これがはじまりだとすれば、今後戦場は大きく荒れることになる。
「みんな気を付けろ。命を奪われれば仲間に刃を向けることになるぞ!」
クェトの包帯はクェトが殺した者に対して効果があるもの。だがそれは過去のものとなった。そう考えていいだろう。
ヴェィルを例外とすれば、相手がどれほど強力な想造の民たちの集団と言えど、数の利が連盟側にはあった。しかし殺された戦士が敵側となるのなら、それはやがて覆りはじめる。一気に傾くことはないが、徐々に劣勢になっていく。なにより、敵となるのが仲間であることが問題だった。命を失っているとはいえ、簡単に割り切れるものではない。
「コクス!」
彼を呼んだのはテム・シグラだった。イソラとハツカを引き連れ、ちょうど城下町に入ってきたところのようだ。
「厄介な状況になった」コクスはすぐ横にまで来た彼らに、仲間に跳びかかる包帯の巻かれた戦士を示して告げる。「クェトの包帯だ。殺された戦士が敵になる」
「なっ?」
「そんなっ!」
ハツカとイソラの姉妹が目を瞠る中、テムが問いかけてくる。
「やつはどこに?」
「隠れてる。それと、テム。クェトが殺さなくてもいいと見ていい。彼もあいつに殺された」
「っ、相手も成長してるってことか」テムはすぐにイソラとハツカに目を向ける。
「イソラ、ハツカ。クェトを探せるか?」
「「やってみる」」
揃う二人の声に、テムは忠告する。
「わかってると思うけど、戦いから気を逸らすなよ」
「「わかってるよ」」
頷いた二人に、さっき殺され包帯を巻かれた戦士とは別の戦士二人が、殴りかかってきた。今の間に増えたようだ。
次第に敵が増えていく。
包帯の厄介さがより際立ってくる。想造の民である青髪の男に限らず、包帯兵が戦士を殺せば新たな包帯兵が生まれた。その光景を目にすれば感情がささくれ立つばかりだ。
さらに言えば、やりづらいことこの上ない。命を落としているとはいえ、やはり仲間に向ける攻撃には躊躇いが混じり、振り切れない。
テムはイソラとハツカの方に目を向ける。二人にも仲間たちへの攻撃に躊躇が見える。ただテムが二人に目を向けたのは心配することが目的ではない。
二人がクェトの気配を捉えたかどうか気になっていた。二人のことだ、発見すれば声を上げるだろう。それがないということは見つかっていないということだが、あの二人をもってしても発見できないとなれば、戦況は悪くなる一方だろう。
そんな彼の視線にハツカが気付いて、視線が交わる。
「ごめん、テム」ちょうど青髪の男からの攻撃を躱していた彼女が言う。「玉の緒も無理みたい」
「いや、別に責める気はない。コクス」視線を向けずに探偵を呼ぶテム。「なにか手はあるかっ?」
「ないことにはない。王城にフェズの気配を感じるだろ」
「ああ」
二人はそれぞれに立ち回りながら、会話を続ける。
「どうしてか動いてない。状況を打破するにはこっちにも異常な戦力が必要だ。早くセラが来てくれればいいんだが」
「セラ姉ちゃんは来れない」
「なに?」
イソラが会話に交じる。
「ヴェィルに捕まってるの!」
「……なるほど」コクスーリャの舌打ちがテムの耳に届いた。「これは最終戦争か」
ちょうどテムはコクスーリャと背中合わせになった。
探偵が言う。「セラを救える算段は?」
「いま、師匠がヴェィルと戦ってる」
「ケン・セイが? 一緒じゃないのはそういうことか。よかった。来て時間も経たずに気配が消えた理由が、君たちをヴェィルから逃がすために命を捨てたものだと……本当に、よかった」
「師匠はそう簡単に死なない」テムはコクスーリャと連携を取り、包帯兵を蹴散らす。「それはコクスだってわかってるだろ」
「相手がヴェィルなんだ。責めないでくれ」
「大丈夫、師匠は大丈夫だ」
テムは確認するように、自分に言い聞かせるように呟いた。
「ああ、ケン・セイなら大丈夫だ」
軽く背中を叩かれた。弱さを見抜かれたようだ。
「セラのことは任せよう。俺たちはフェズだ。この戦線を誰かが抜ければいい。聞いてたな、イソラ、ハツカ」
「うん!」
「もちろん!」
「話は俺も聞いた。誰でもいい手を上げろ! 引き上げる!」
空から声がした。テムが見上げると隻翼のプライが下降してきていた。
仲間の戦士たちには悪いが、城下町で行われる戦いを無視して進むつもりだった。しかし戦いに参加しないことで、逆に目立ってしまったようだ。
男と拳を掴み合う。
「盛り上がってるっていうのに、どこに行く気だ」
「お手洗いかな」
「そうか、なら……そこでいいだろっ!」
跳びあがった男の蹴りを受け、コクスーリャは民家の壁を壊した。ベッドに受け止められた彼は、瓦礫を零しながらすぐに立ち上がり、外にいる男に対して飛び出しざまに蹴りを繰り出した。
「寝室に用はない!」
両腕で蹴りは受け止められたが、腕の骨が折れる音がして、男は痛みに顔を歪める。しかしそれも束の間、一度は弱まった男の腕の抵抗力が、ふっと戻ってきた。
想造の民とは便利なものだ。
押し返され、男と距離をとるコクスーリャ。周囲の戦士の一人がそれを機と見て、男に向かって斬りかかる。幾太刀か剣を振るうが、躱され、受け止められ、刃を折られると、反対にその刃を首筋に一刺しされ命を奪われた。
血を吹いて倒れる戦士。そこへ白いものが地を這う蛇のようにしながら近寄った。それが包帯だとわかるのに時間は要らなかった。
包帯は息絶えた戦士の首に巻き付いた。すると死んだはずの戦士が、むくりと立ち上がった。
コクスーリャは戦士を睨みつける。「……!」
「おぉ、はじまったか」男も包帯を巻かれた戦士を見ると、簡単に似た声を漏らした。「うまく機能してるみたいだな」
「クェトか」
コクスーリャはすぐに状況から導き出せる思考を結び付け、クェトの気配を探る。しかし当然のように隠されているようだ。やはりコゥメルを追うべきだったか。これがはじまりだとすれば、今後戦場は大きく荒れることになる。
「みんな気を付けろ。命を奪われれば仲間に刃を向けることになるぞ!」
クェトの包帯はクェトが殺した者に対して効果があるもの。だがそれは過去のものとなった。そう考えていいだろう。
ヴェィルを例外とすれば、相手がどれほど強力な想造の民たちの集団と言えど、数の利が連盟側にはあった。しかし殺された戦士が敵側となるのなら、それはやがて覆りはじめる。一気に傾くことはないが、徐々に劣勢になっていく。なにより、敵となるのが仲間であることが問題だった。命を失っているとはいえ、簡単に割り切れるものではない。
「コクス!」
彼を呼んだのはテム・シグラだった。イソラとハツカを引き連れ、ちょうど城下町に入ってきたところのようだ。
「厄介な状況になった」コクスはすぐ横にまで来た彼らに、仲間に跳びかかる包帯の巻かれた戦士を示して告げる。「クェトの包帯だ。殺された戦士が敵になる」
「なっ?」
「そんなっ!」
ハツカとイソラの姉妹が目を瞠る中、テムが問いかけてくる。
「やつはどこに?」
「隠れてる。それと、テム。クェトが殺さなくてもいいと見ていい。彼もあいつに殺された」
「っ、相手も成長してるってことか」テムはすぐにイソラとハツカに目を向ける。
「イソラ、ハツカ。クェトを探せるか?」
「「やってみる」」
揃う二人の声に、テムは忠告する。
「わかってると思うけど、戦いから気を逸らすなよ」
「「わかってるよ」」
頷いた二人に、さっき殺され包帯を巻かれた戦士とは別の戦士二人が、殴りかかってきた。今の間に増えたようだ。
次第に敵が増えていく。
包帯の厄介さがより際立ってくる。想造の民である青髪の男に限らず、包帯兵が戦士を殺せば新たな包帯兵が生まれた。その光景を目にすれば感情がささくれ立つばかりだ。
さらに言えば、やりづらいことこの上ない。命を落としているとはいえ、やはり仲間に向ける攻撃には躊躇いが混じり、振り切れない。
テムはイソラとハツカの方に目を向ける。二人にも仲間たちへの攻撃に躊躇が見える。ただテムが二人に目を向けたのは心配することが目的ではない。
二人がクェトの気配を捉えたかどうか気になっていた。二人のことだ、発見すれば声を上げるだろう。それがないということは見つかっていないということだが、あの二人をもってしても発見できないとなれば、戦況は悪くなる一方だろう。
そんな彼の視線にハツカが気付いて、視線が交わる。
「ごめん、テム」ちょうど青髪の男からの攻撃を躱していた彼女が言う。「玉の緒も無理みたい」
「いや、別に責める気はない。コクス」視線を向けずに探偵を呼ぶテム。「なにか手はあるかっ?」
「ないことにはない。王城にフェズの気配を感じるだろ」
「ああ」
二人はそれぞれに立ち回りながら、会話を続ける。
「どうしてか動いてない。状況を打破するにはこっちにも異常な戦力が必要だ。早くセラが来てくれればいいんだが」
「セラ姉ちゃんは来れない」
「なに?」
イソラが会話に交じる。
「ヴェィルに捕まってるの!」
「……なるほど」コクスーリャの舌打ちがテムの耳に届いた。「これは最終戦争か」
ちょうどテムはコクスーリャと背中合わせになった。
探偵が言う。「セラを救える算段は?」
「いま、師匠がヴェィルと戦ってる」
「ケン・セイが? 一緒じゃないのはそういうことか。よかった。来て時間も経たずに気配が消えた理由が、君たちをヴェィルから逃がすために命を捨てたものだと……本当に、よかった」
「師匠はそう簡単に死なない」テムはコクスーリャと連携を取り、包帯兵を蹴散らす。「それはコクスだってわかってるだろ」
「相手がヴェィルなんだ。責めないでくれ」
「大丈夫、師匠は大丈夫だ」
テムは確認するように、自分に言い聞かせるように呟いた。
「ああ、ケン・セイなら大丈夫だ」
軽く背中を叩かれた。弱さを見抜かれたようだ。
「セラのことは任せよう。俺たちはフェズだ。この戦線を誰かが抜ければいい。聞いてたな、イソラ、ハツカ」
「うん!」
「もちろん!」
「話は俺も聞いた。誰でもいい手を上げろ! 引き上げる!」
空から声がした。テムが見上げると隻翼のプライが下降してきていた。
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