碧き舞い花Ⅱ
355:彼は誰
「娘であるお前が宿せるものを、俺が宿せないとなぜ言い切れる?」
セラの方へヴェィルが歩み寄ってくる。
「箍が外れたって言いたいの?」
「試せばわかるだろう」
羽交い絞めにされるセラに、ヴェィルの掌が向けられた。かと思うと彼はその掌を上に向けた。
セラが訝しんで目を細めると、ヴェィルの手に水晶の球が現れた。
「俺でも何百年と抜け出せなかった。もう邪魔はさせない」
それは無窮を生み出す装置。
ヴェィルと原始の地を封印していたものは彼自身が壊している。新たなものを造りだしたのだろう。セラは思考と共に、ディンを振り切ろうと身体を動かすが、脱力しているというわけでもないのに、うまく力が入らなった。これもディンの黒の影響か。想造を抑える力は、感覚も身体機能も抑え込むというのか。
「まずは返してもらうぞ、我々の光を」
ヴェィルが言うと、セラはなにかに引っ張られる感覚に襲われた。抗いたいのに、想いだけが先行して、力は追随しなかった。どれだけ想っても、碧が膨れ上がることはなく、裏腹に彼女の周囲にあった碧は収まっていってしまっていた。
そうしているうちに彼女の胸元から光が一つ。
二つ。
三つ。
立て続けにヴェィルの中へと消えていった。
その光景を見たのが最後。彼女はきぃーんと甲高い音を耳に、意識を消していった。
ヲーンの廃ビルの屋上に、満足そうに笑う死体が一つ。
息絶えた男の名は、ユゥズ・マァ・レイ=インフィ・ガゾン。その名を知るものは、誰もいない。当人の彼でさえ。
エァンダはセラの気配が消えたことを察知した。彼のその機微をネルが目聡く感じ取った。
「どうしたの、エァン?」
その問いかけに、エァンダは隠すことなく答えた。
「セラが感じられない」
「どういうこと?」
「わからない。ただ、敵の男の気配も消えてる。戦いが終わったのか、それとも俺の感知を超える次元にいったか……確かめてくる」
エァンダは心配そうなネルの手を一握りし、それからヲーンへ分化体を跳ばした。
群青の花を散らし分化エァンダが姿を現したのは、ノアとムェイがいた部屋。二人の血の匂いがするその部屋の床に、穴が開いていた。覗いてみるとかなり深く、底が見えない。その先からセラや男の気配を感じることはなく、戦闘による空気の揺らぎもなかった。
戦いは終わったのだろうか。だとしたら、セラはどこに行ったのか。彼女なら兄を心配してすぐにでもトラセークァスに跳んでくるはずだ。
思念を送ってみるが、返答はない。
ならばとエァンダは思念を辿る。四十年前、セラにレキィレフォの力を向けられたときに覚えた感覚、それを発端として念波の技術を応用することで完成したものだ。
強い思念はすぐに消えることなく残る。これは匂いに似ている。匂いを発するものがなくとも、そのものが留まっていた場所には匂いが残る。ただ思念が匂いと違うのは、風などの空気の動きに左右されることないところだ。だからエァンダはヲーンの地上に行き着いた。
ヴェィルの子の死体が転がるビルの屋上へ。
そこでセラの思念は途切れていた。男の思念もだ。ただ、もう一つ強い思念をエァンダは感じ取った。
おぼろげだが、対面したことのある男の姿が脳裏に浮かぶ。その瞬間、エァンダの分化体は強く弾かれるような衝撃を受け、消えた。
ネルの隣で、分化体の記憶を見たエァンダは険しい顔で正面を睨んでいた。
「ヴェィルか?……セラになにをした」
「ヴェィル? 彼がいたの?」
「強い想いが残ってたが、跳ね除けられた。そんなことができるのはあいつくらいだ」
「それで、セラになにかしたっていうのは?」
「セラの思念が途絶えてた。敵の男の死体は残ってたが、セラはいなかった。連れ去られたのかもしれない」
エァンダは表情を変えず、ネルをまっすぐ見た。
「勘が騒いでる。まずいかもしれない」
「今、本当の光が戻った」
ヴェィルは光り輝く母なる地に戻り、友や協力者たちを前に、自らの身体から三つの輝きを取り出した。それを見た友たちは、感嘆の声を上げる。
集団の中からスジェヲが拳を掲げる。
「早く俺たちの身体戻してくれよ、ヴェィル!」
「焦るなスジェヲ。すぐにやるさ。そして俺たちの安寧のために、もう二度とあの日の様なことが起きないよう、反逆者たちを殲滅する!」
セラの方へヴェィルが歩み寄ってくる。
「箍が外れたって言いたいの?」
「試せばわかるだろう」
羽交い絞めにされるセラに、ヴェィルの掌が向けられた。かと思うと彼はその掌を上に向けた。
セラが訝しんで目を細めると、ヴェィルの手に水晶の球が現れた。
「俺でも何百年と抜け出せなかった。もう邪魔はさせない」
それは無窮を生み出す装置。
ヴェィルと原始の地を封印していたものは彼自身が壊している。新たなものを造りだしたのだろう。セラは思考と共に、ディンを振り切ろうと身体を動かすが、脱力しているというわけでもないのに、うまく力が入らなった。これもディンの黒の影響か。想造を抑える力は、感覚も身体機能も抑え込むというのか。
「まずは返してもらうぞ、我々の光を」
ヴェィルが言うと、セラはなにかに引っ張られる感覚に襲われた。抗いたいのに、想いだけが先行して、力は追随しなかった。どれだけ想っても、碧が膨れ上がることはなく、裏腹に彼女の周囲にあった碧は収まっていってしまっていた。
そうしているうちに彼女の胸元から光が一つ。
二つ。
三つ。
立て続けにヴェィルの中へと消えていった。
その光景を見たのが最後。彼女はきぃーんと甲高い音を耳に、意識を消していった。
ヲーンの廃ビルの屋上に、満足そうに笑う死体が一つ。
息絶えた男の名は、ユゥズ・マァ・レイ=インフィ・ガゾン。その名を知るものは、誰もいない。当人の彼でさえ。
エァンダはセラの気配が消えたことを察知した。彼のその機微をネルが目聡く感じ取った。
「どうしたの、エァン?」
その問いかけに、エァンダは隠すことなく答えた。
「セラが感じられない」
「どういうこと?」
「わからない。ただ、敵の男の気配も消えてる。戦いが終わったのか、それとも俺の感知を超える次元にいったか……確かめてくる」
エァンダは心配そうなネルの手を一握りし、それからヲーンへ分化体を跳ばした。
群青の花を散らし分化エァンダが姿を現したのは、ノアとムェイがいた部屋。二人の血の匂いがするその部屋の床に、穴が開いていた。覗いてみるとかなり深く、底が見えない。その先からセラや男の気配を感じることはなく、戦闘による空気の揺らぎもなかった。
戦いは終わったのだろうか。だとしたら、セラはどこに行ったのか。彼女なら兄を心配してすぐにでもトラセークァスに跳んでくるはずだ。
思念を送ってみるが、返答はない。
ならばとエァンダは思念を辿る。四十年前、セラにレキィレフォの力を向けられたときに覚えた感覚、それを発端として念波の技術を応用することで完成したものだ。
強い思念はすぐに消えることなく残る。これは匂いに似ている。匂いを発するものがなくとも、そのものが留まっていた場所には匂いが残る。ただ思念が匂いと違うのは、風などの空気の動きに左右されることないところだ。だからエァンダはヲーンの地上に行き着いた。
ヴェィルの子の死体が転がるビルの屋上へ。
そこでセラの思念は途切れていた。男の思念もだ。ただ、もう一つ強い思念をエァンダは感じ取った。
おぼろげだが、対面したことのある男の姿が脳裏に浮かぶ。その瞬間、エァンダの分化体は強く弾かれるような衝撃を受け、消えた。
ネルの隣で、分化体の記憶を見たエァンダは険しい顔で正面を睨んでいた。
「ヴェィルか?……セラになにをした」
「ヴェィル? 彼がいたの?」
「強い想いが残ってたが、跳ね除けられた。そんなことができるのはあいつくらいだ」
「それで、セラになにかしたっていうのは?」
「セラの思念が途絶えてた。敵の男の死体は残ってたが、セラはいなかった。連れ去られたのかもしれない」
エァンダは表情を変えず、ネルをまっすぐ見た。
「勘が騒いでる。まずいかもしれない」
「今、本当の光が戻った」
ヴェィルは光り輝く母なる地に戻り、友や協力者たちを前に、自らの身体から三つの輝きを取り出した。それを見た友たちは、感嘆の声を上げる。
集団の中からスジェヲが拳を掲げる。
「早く俺たちの身体戻してくれよ、ヴェィル!」
「焦るなスジェヲ。すぐにやるさ。そして俺たちの安寧のために、もう二度とあの日の様なことが起きないよう、反逆者たちを殲滅する!」
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