碧き舞い花Ⅱ

御島いる

353:家族

 ディンが力を抜いた。

 セラも併せてフォルセスを下げた。

 すると二人を囲む光景は、ミャクナス湖から、ナパスの王城の食堂に移った。

 和気あいあいと卓を囲む人々にセラは瞳を潤ませる。

 父レオファーブ。母フィーナリア。兄ビズラス。姉スゥライフ。そして幼き日のセラ自身。

「それでも姉さんは、家族の愛を多大に注がれた。血の繋がりのない、この家族に」

「本当の家族だと思ってた。この頃は、ヴェィルのことも、クァスティアさんのことも知らなかったから」

「知ってもなお、姉さんは彼らを家族と呼んだだろ?」

「家族だもん」

 セラは自分自身の隣で膝を曲げた。そこから見る家族の光景に笑みを零す。二度と戻らない。回顧することはあれど、求めたりはしない。

 彼女がそう思っていると、不意に景色は変わる。

 二人の姿は、スウィ・フォリクァの料理屋台群の中にあった。二人の前には今よりわずかに若いセラがいて、行きかう人々がそのセラに笑顔を向け、言葉を交わしていく。

 セラは膝を伸ばし、ディンに目を向ける。

「みんなも、わたしにとっては家族に近い」

「そう。ナパスの民でもない、賢者評議会、異空連盟の面々にも姉さんは慕われていた」

「自分もそうでありたかった?」

 セラの問いかけに、ディンは天を見上げた。そして再び彼女と目を合わせると、屋台群の活気が消えた。

 全くなにもない場所だった。

 立っているだけで寂しさを感じる。

「俺は父上の器となるために生を受けた」

 黒い粒子がセラたちの傍らで二人の人型となった。それは、ノアとムェイだった。粒子の集合体で表情はおろか肌すら持たないのだが、セラはそうだと思った。

「だが父上は兄さんを仮の器にした」

 ムェイと思われる粒子の人型が崩れて消えた。

「そして目的を果たした父上には、俺は価値のないものとなった。今消えた機脳生命体と同じくな」

「ヴェィルにとってはそうかもしれないけど、ディンはディンとして生きればいい。価値がないなんて決めつける必要なんてない」

「わかってるさ……俺の価値は俺が決める。ここまで生き続けてきたのはそのためだ」

 ノアの粒子も消えてなくなり、二人はヲーンの地底湖に戻ってきた。

「認めるよ」ディンはわずかに笑みを浮かべてセラを見た。「俺は家族がほしかった。父上や母上に構ってほしかった。だから――」

 表情は厳しさ、憎しみを取り戻していく。想いが膨れ上がっていくのをセラは感じた。

「――そのためにあなたを殺すんだ、姉さん!」

 ディンがセラに手を突き出した。粒子と波の交じった衝撃が彼女に迫る。セラは下ろしていたフォルセスを振り上げて、斬撃を放った。

 衝突が風を生んだ。その風と共に、セラの視界に黒が届いた。

 それは粒子ではなく、色だ。ヴェールが空間に染み入っていた。無彩迷宮でセラが到達した、想造を咲かす力のように。

 その黒から逃れるようにナパードをしようとしたセラだったが、すでに遅かった。セラがその力を発現させたとき、周囲に花が舞っていたが、それがディンの場合は靄だった。つまり呪いが彼女を引き留めた。

 懐にディンを許し、拳と共に鋭い粒子がセラを貫いた。

「っかぁ……」

 それからディンはセラを大きく突き上げ、飛ばした。

 今度は地下施設を超え、地上へ向けて飛ばされる。その中で、セラは想いを膨らませる。今のディンに対抗するにはセラも同等の力を発揮する必要があった。

 膨らむ。

 そして溢れる。

 荒廃したヲーンの地上へ出たセラは、周囲を碧く染めていた。傾いたビルの壁の上に立って、傷を治し、後方に現れたディンを振り返る。

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