碧き舞い花Ⅱ
351:寄り添い
トラセークァスの客間。豪奢なベッドに寝かされるムェイとノア。二人ともどれほどのやぶ医者が診ても、死に瀕している状態だとわかるほどだった。
碧き花と共にベッドに現れた二人。ネルはペレカと共に研究室から機材を運んできて、二人の命をそれぞれの方法で繋ぎ止める。
応急だが一通り設備が整ったところで、疲労の色が見えるエァンダが部屋に入ってきた。分化とは言え、殺されかけたのだ。精神的にくるものもあるだろう。
「エァンも休んでて大丈夫よ。さすがのあなたでもなにもできないでしょ」
「一緒にいることはできる。四十年そうだっただろ」
「……」
こんな状況にもかかわらず、ネルは頬が熱くなるのを感じてしまう。不謹慎にもほどがあると頭を振って、作業をしようとするが、すでに現状でできることは二人を見守ってあげることくらいだった。
「わたしはエムゼラさんにノアさんの治療の方針を確認しに行ってきますね」
そう言って、ペレカがそそくさと部屋を出ていく。
ヲーンとの連絡は現在取れない状況だ。エムゼラやほかの『糸杉の箱庭』の研究者たちは、エァンダの助けを受けながら、地下施設に備え付けられた避難所に退避している。その避難所からここを繋いで連絡をとれるように、彼女たちは動いているだろう。ネルたちはそれを待つしかない。
「こんな時に変な気を遣うんだから、あの子ったら……」
「治療の方針か……実際二人はどうなんだ。助けられそうか」
「助かりそうかじゃなくて、助けられそうかだなんて、意地悪な聞き方ですわ。そんなの、なにがなんでも助けるに決まってますのに」
「悪い」
「……でも」ネルはノアのベッドにそっと手を触れた。「はっきり言ってノアはわかりません」
その手にエァンダの手が重なると、彼女は彼に寄り添った。
「ムェイはここの設備でも治せます。最悪チャチたちも起きましたし、ジュコに運べば必ず。ですが、ノアは……もうセラでなくては治せないかもしれませんわ……」
セラの想造の力があれば、なにもかもなかったかのように回復できる。
「敵前でなければきっとセラも――」
「いや、きっとセラのことだ、想造の力は使っただろう。あいつの考えでは治った状態で二人はここで寝ていることになってた。セラなら一瞬の判断でそれができるはずだ。つまり、それでも治せなかった、そう見るのが正しい。なにせ相手は正真正銘のヴェィルの子だ。想造を絶する力に類するものを持っていてもおかしくない」
「それじゃあ……」
「待つんだ。セラの帰りを。エムゼラたちとの通信を。大丈夫だ、もう四十年も待ったりはしない」
ぐっと力がこもるエァンダの手。それでもネルに痛みはなく、優しさだけが沁みてくる。
「ええ、ですわね」
ネルは手のひらを返し、しっかりとエァンダを握り返した。
「じゃあなんて呼べばいいの?」
セラは小さく肩を竦めて見せる。そして自由の利く左手をウェィラに掛ける。
「好きにすればいい」
男も空いた手に新たに粒子の剣を作り出した。
二人は互いに機を窺い、同時に動き出す。花と靄が一斉に散って、セラが逆手に持ったウェィラと黒き剣が火花を散らす。すぐに離れて、二人はそれぞれ斬り返す。セラはウェィラを順手に持ちなおすと、オーウィンの影を映し斬りかかる。
そうして二人の刃が触れ合った瞬間、男は靄を出し消えた。そこでまたセラは呪いにかかる。実体を持たない剣でも、呪いの範疇に収まるらしい。
だが。
セラはナパードをした。
自分自身ではない。
敵を。
セラの虚を突いたと思ったであろう男は、逆に目を瞠りその胴に甘んじてフォルセスの袈裟斬りを受け入れた。浅い。透過することはなかったが、粒子の扱いがセラよりもうまい。当然と言えば当然だった。男がいつから粒子をものにしているかはわからないが、ここ数日で知りえたセラより長い期間触れていることは間違いないだろうから。
傷はつけたが、やはり彼女の想造の力と同じ。手で覆い隠すとそれで傷はなかったものとなった。
この戦いの勝敗はきっとこれで着くだろうとセラは思った。回復には多くの力が必要だ。想いの力が尽きた方が膝をつくことになるだろう。
どれだけ多く相手に力を使わせ、自分は抑えるか。
セラは男から離れ、フォルセスに着いた男の血を払う。
「じゃあ、ディンって呼ぶから。ナパス語で弟って意味」
「なんのひねりもないな」
セラはウェィラに纏わりついた靄が消えたのを見計らって、ディンの真正面に跳んだ。
「呼んでほしい名前があるなら、呼ぶけどっ?」
腕を交差させ二本の剣で斬りつける彼女の姿は、次の瞬間にはディンの後ろに抜けていた。花弁を伴って。
碧花百閃・追想。
碧き花たちがディンを刻み、さらに黄、赤紫、紅、群青、淡い青紫、白が舞い戻り刻んだ。
碧き花と共にベッドに現れた二人。ネルはペレカと共に研究室から機材を運んできて、二人の命をそれぞれの方法で繋ぎ止める。
応急だが一通り設備が整ったところで、疲労の色が見えるエァンダが部屋に入ってきた。分化とは言え、殺されかけたのだ。精神的にくるものもあるだろう。
「エァンも休んでて大丈夫よ。さすがのあなたでもなにもできないでしょ」
「一緒にいることはできる。四十年そうだっただろ」
「……」
こんな状況にもかかわらず、ネルは頬が熱くなるのを感じてしまう。不謹慎にもほどがあると頭を振って、作業をしようとするが、すでに現状でできることは二人を見守ってあげることくらいだった。
「わたしはエムゼラさんにノアさんの治療の方針を確認しに行ってきますね」
そう言って、ペレカがそそくさと部屋を出ていく。
ヲーンとの連絡は現在取れない状況だ。エムゼラやほかの『糸杉の箱庭』の研究者たちは、エァンダの助けを受けながら、地下施設に備え付けられた避難所に退避している。その避難所からここを繋いで連絡をとれるように、彼女たちは動いているだろう。ネルたちはそれを待つしかない。
「こんな時に変な気を遣うんだから、あの子ったら……」
「治療の方針か……実際二人はどうなんだ。助けられそうか」
「助かりそうかじゃなくて、助けられそうかだなんて、意地悪な聞き方ですわ。そんなの、なにがなんでも助けるに決まってますのに」
「悪い」
「……でも」ネルはノアのベッドにそっと手を触れた。「はっきり言ってノアはわかりません」
その手にエァンダの手が重なると、彼女は彼に寄り添った。
「ムェイはここの設備でも治せます。最悪チャチたちも起きましたし、ジュコに運べば必ず。ですが、ノアは……もうセラでなくては治せないかもしれませんわ……」
セラの想造の力があれば、なにもかもなかったかのように回復できる。
「敵前でなければきっとセラも――」
「いや、きっとセラのことだ、想造の力は使っただろう。あいつの考えでは治った状態で二人はここで寝ていることになってた。セラなら一瞬の判断でそれができるはずだ。つまり、それでも治せなかった、そう見るのが正しい。なにせ相手は正真正銘のヴェィルの子だ。想造を絶する力に類するものを持っていてもおかしくない」
「それじゃあ……」
「待つんだ。セラの帰りを。エムゼラたちとの通信を。大丈夫だ、もう四十年も待ったりはしない」
ぐっと力がこもるエァンダの手。それでもネルに痛みはなく、優しさだけが沁みてくる。
「ええ、ですわね」
ネルは手のひらを返し、しっかりとエァンダを握り返した。
「じゃあなんて呼べばいいの?」
セラは小さく肩を竦めて見せる。そして自由の利く左手をウェィラに掛ける。
「好きにすればいい」
男も空いた手に新たに粒子の剣を作り出した。
二人は互いに機を窺い、同時に動き出す。花と靄が一斉に散って、セラが逆手に持ったウェィラと黒き剣が火花を散らす。すぐに離れて、二人はそれぞれ斬り返す。セラはウェィラを順手に持ちなおすと、オーウィンの影を映し斬りかかる。
そうして二人の刃が触れ合った瞬間、男は靄を出し消えた。そこでまたセラは呪いにかかる。実体を持たない剣でも、呪いの範疇に収まるらしい。
だが。
セラはナパードをした。
自分自身ではない。
敵を。
セラの虚を突いたと思ったであろう男は、逆に目を瞠りその胴に甘んじてフォルセスの袈裟斬りを受け入れた。浅い。透過することはなかったが、粒子の扱いがセラよりもうまい。当然と言えば当然だった。男がいつから粒子をものにしているかはわからないが、ここ数日で知りえたセラより長い期間触れていることは間違いないだろうから。
傷はつけたが、やはり彼女の想造の力と同じ。手で覆い隠すとそれで傷はなかったものとなった。
この戦いの勝敗はきっとこれで着くだろうとセラは思った。回復には多くの力が必要だ。想いの力が尽きた方が膝をつくことになるだろう。
どれだけ多く相手に力を使わせ、自分は抑えるか。
セラは男から離れ、フォルセスに着いた男の血を払う。
「じゃあ、ディンって呼ぶから。ナパス語で弟って意味」
「なんのひねりもないな」
セラはウェィラに纏わりついた靄が消えたのを見計らって、ディンの真正面に跳んだ。
「呼んでほしい名前があるなら、呼ぶけどっ?」
腕を交差させ二本の剣で斬りつける彼女の姿は、次の瞬間にはディンの後ろに抜けていた。花弁を伴って。
碧花百閃・追想。
碧き花たちがディンを刻み、さらに黄、赤紫、紅、群青、淡い青紫、白が舞い戻り刻んだ。
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