碧き舞い花Ⅱ
349:弟
フェズに続く形で、ユフォンは王城の一室に入った。
セラの部屋ではない。客間の一つで、ベッドに女性が一人横になっていた。両手を枕にした彼女は、二人が入室すると、サファイアの目を向けてきた。
「ユフォン。フェズまで」
少々苛立ちを感じさせる、彼女にしては弱々しい声色だった。
「……アレス」
呼びかけながら彼女の近くまでユフォンが行くと、アレスは起き上がって足をベッドの外に下した。
「そんな気配感じないけど、ホワッグマーラ組も起きたのか?」
「まだだよ」
ふと、ユフォンは彼女の左手首に手枷が付けられていることに気付いた。左手首とベッドに繋がっている。その視線を追って、アレスが左手首を上げて苦笑する。
「セラ様の言いつけとはいえ、気分はよくない。まぁでも、元犯罪者にはお似合いだな……」
その物言いからすると、ただの手枷ではなく呪いがかけられているものなのだろう。アレスがエレ・ナパスから出ないようにしているらしい。しかし、なぜ。
「セラが? アレス、どういう状況だい? だってセラが、そんなこと――」
「いや、言い方が悪かったよ、セラ様はなにも悪くない。おれのことを想ってくれてのことだし、これも。だってよ、こうでもしてくれなきゃ、おれはすぐにでもヲーンに行っちまう。いくらセラ様なら大丈夫だってわかっててもさ、友達のことを想えば、いてもたってもいられないだろ?」
友達とはムェイのことだろう。それにしても状況が掴めない。ユフォンはまだ続く胸騒ぎに急かされるように問う。
「つまりどういう状況なんだい。ムェイになにかあって、セラが助けに行ってるのかい?」
「あはは、どうしたんだい。そんな切羽詰まって」アレスは少々からかい気味に言った。「でもさすがだな。今お前が言った通りだよ、だいたい」
ユフォンはアレスに顔を近付ける。
「詳しくっ! だって君とムェイはジュコへ行っただろ? 用が済んだとしても、ヲーンに向かう意味がわからない!」
アレスは驚きを見せながら、離れたところで浮かぶフェズに視線を向けた。
フェズが答える。「セラが死んだかもしれない」
その言葉にはユフォンも目を瞠り、今度はフェズの方へ詰め寄った。しかし掴み掛かろうとしたフェズの身体は透過し、ユフォンはなにもできずに転んだ。
床に手をつき、フェズの後頭部を睨み上げる。
「フェズ! なんでそんなこと言うんだよ!」
「かもしれないって言った。最悪の場合だ。なぁ、ユフォン、はっきり言っていいか?」
疑問符を浮かべた言葉だったが、フェズはユフォンの答えを待たず、背を向けたまま続けた。
「セラの魔素はどこにも感じない。異空中のどこにも。気配は知らないけどな」
ユフォンは息を飲んだ。彼の代わりに声を上げたのは部屋にいるもう一人、アレスだ。
「おい、フェズ! どういうことだ!」
「そういうことだ。それ以外の意味はない。俺にも感知できない場所にいるかもしれないし、本当に死んだのかもしれない」
「馬鹿なこと言うなよっ!」
アレスはベッドから立ち上がりフェズに迫ろうとするが手枷に阻まれた。
「っ……セラ様が簡単に死ぬわけないだろ!」
「だから感知できない場所にいるかもしれないとも言ってるし。落ち着けよ、二人とも。とにかく、どういう状況か話せ、アレス・アージェント。状況がわかればなんとかできるだろ、俺がいるし」
「……わかった」
アレスはぶっきら棒に言うと、ぼふっと腰をベッドに戻した。するとユフォンの身体は勝手に浮かび上がり、アレスのいるベッドの横側ではなく足元側に座らされた。フェズの仕業だ。
「悪かったな、ユフォン」
「いいよ」ユフォンは項垂れ、フェズと目を合わせずに言った。「空気を読まないのが君だ……」
「ごめん」
短くもう一度謝罪の言葉を口にするフェズ。ユフォンはそれを半ば無視して、床を見たままアレスに言う。
「アレス、話して」
「ああ……まず、ユフォンが言った通り、おれとムェイはジュコに行った。小人たちを起こすのはなんの問題もんかったんだけど、そのあと、チャチが作った最強兵器が暴れて、おれはほとんどなにもできずに大怪我だ。ムェイがなんとか兵器を抑えてくれて、そしておれの治療のためにヲーンに向かったんだ。もうトラセークァスの温泉じゃ治しきれないだろうってな」
そういうアレスが今ここで元気に話せているのは、おそらくセラの想造の力の影響だろう。しかし、まだユフォンの中でうまく繋がらない。
「ヲーンでなにが起きたんだい」
「敵が来た。狙ってたのはノアさんとムェイみたいだった。戦えるのはムェイしかいなかったから、あいつが応戦したけど……あの野郎、本当に強過ぎて、それでおれはすぐにセラ様のとこへ跳んだ。それでセラ様はおれを治してヲーンに向かったんだ」
「敵って誰だい?」
「セラ様の弟って言ってやがった」
「セラの弟!?」
少し時は遡り、ユフォンがホワッグマーラの禁書迷宮にてジュンバーと対峙していたころ。セラはヲーンで、色の抜けた朱と桃が交互する髪を持った男の、青い炎のような瞳を睨んでいた。ノアほどではないが、セラに似た顔付きの男だ。
男はエァンダを黒き粒子の剣で貫いたまま、セラを見返していた。
「ああ、姉さん。やっと会えた」
セラの部屋ではない。客間の一つで、ベッドに女性が一人横になっていた。両手を枕にした彼女は、二人が入室すると、サファイアの目を向けてきた。
「ユフォン。フェズまで」
少々苛立ちを感じさせる、彼女にしては弱々しい声色だった。
「……アレス」
呼びかけながら彼女の近くまでユフォンが行くと、アレスは起き上がって足をベッドの外に下した。
「そんな気配感じないけど、ホワッグマーラ組も起きたのか?」
「まだだよ」
ふと、ユフォンは彼女の左手首に手枷が付けられていることに気付いた。左手首とベッドに繋がっている。その視線を追って、アレスが左手首を上げて苦笑する。
「セラ様の言いつけとはいえ、気分はよくない。まぁでも、元犯罪者にはお似合いだな……」
その物言いからすると、ただの手枷ではなく呪いがかけられているものなのだろう。アレスがエレ・ナパスから出ないようにしているらしい。しかし、なぜ。
「セラが? アレス、どういう状況だい? だってセラが、そんなこと――」
「いや、言い方が悪かったよ、セラ様はなにも悪くない。おれのことを想ってくれてのことだし、これも。だってよ、こうでもしてくれなきゃ、おれはすぐにでもヲーンに行っちまう。いくらセラ様なら大丈夫だってわかっててもさ、友達のことを想えば、いてもたってもいられないだろ?」
友達とはムェイのことだろう。それにしても状況が掴めない。ユフォンはまだ続く胸騒ぎに急かされるように問う。
「つまりどういう状況なんだい。ムェイになにかあって、セラが助けに行ってるのかい?」
「あはは、どうしたんだい。そんな切羽詰まって」アレスは少々からかい気味に言った。「でもさすがだな。今お前が言った通りだよ、だいたい」
ユフォンはアレスに顔を近付ける。
「詳しくっ! だって君とムェイはジュコへ行っただろ? 用が済んだとしても、ヲーンに向かう意味がわからない!」
アレスは驚きを見せながら、離れたところで浮かぶフェズに視線を向けた。
フェズが答える。「セラが死んだかもしれない」
その言葉にはユフォンも目を瞠り、今度はフェズの方へ詰め寄った。しかし掴み掛かろうとしたフェズの身体は透過し、ユフォンはなにもできずに転んだ。
床に手をつき、フェズの後頭部を睨み上げる。
「フェズ! なんでそんなこと言うんだよ!」
「かもしれないって言った。最悪の場合だ。なぁ、ユフォン、はっきり言っていいか?」
疑問符を浮かべた言葉だったが、フェズはユフォンの答えを待たず、背を向けたまま続けた。
「セラの魔素はどこにも感じない。異空中のどこにも。気配は知らないけどな」
ユフォンは息を飲んだ。彼の代わりに声を上げたのは部屋にいるもう一人、アレスだ。
「おい、フェズ! どういうことだ!」
「そういうことだ。それ以外の意味はない。俺にも感知できない場所にいるかもしれないし、本当に死んだのかもしれない」
「馬鹿なこと言うなよっ!」
アレスはベッドから立ち上がりフェズに迫ろうとするが手枷に阻まれた。
「っ……セラ様が簡単に死ぬわけないだろ!」
「だから感知できない場所にいるかもしれないとも言ってるし。落ち着けよ、二人とも。とにかく、どういう状況か話せ、アレス・アージェント。状況がわかればなんとかできるだろ、俺がいるし」
「……わかった」
アレスはぶっきら棒に言うと、ぼふっと腰をベッドに戻した。するとユフォンの身体は勝手に浮かび上がり、アレスのいるベッドの横側ではなく足元側に座らされた。フェズの仕業だ。
「悪かったな、ユフォン」
「いいよ」ユフォンは項垂れ、フェズと目を合わせずに言った。「空気を読まないのが君だ……」
「ごめん」
短くもう一度謝罪の言葉を口にするフェズ。ユフォンはそれを半ば無視して、床を見たままアレスに言う。
「アレス、話して」
「ああ……まず、ユフォンが言った通り、おれとムェイはジュコに行った。小人たちを起こすのはなんの問題もんかったんだけど、そのあと、チャチが作った最強兵器が暴れて、おれはほとんどなにもできずに大怪我だ。ムェイがなんとか兵器を抑えてくれて、そしておれの治療のためにヲーンに向かったんだ。もうトラセークァスの温泉じゃ治しきれないだろうってな」
そういうアレスが今ここで元気に話せているのは、おそらくセラの想造の力の影響だろう。しかし、まだユフォンの中でうまく繋がらない。
「ヲーンでなにが起きたんだい」
「敵が来た。狙ってたのはノアさんとムェイみたいだった。戦えるのはムェイしかいなかったから、あいつが応戦したけど……あの野郎、本当に強過ぎて、それでおれはすぐにセラ様のとこへ跳んだ。それでセラ様はおれを治してヲーンに向かったんだ」
「敵って誰だい?」
「セラ様の弟って言ってやがった」
「セラの弟!?」
少し時は遡り、ユフォンがホワッグマーラの禁書迷宮にてジュンバーと対峙していたころ。セラはヲーンで、色の抜けた朱と桃が交互する髪を持った男の、青い炎のような瞳を睨んでいた。ノアほどではないが、セラに似た顔付きの男だ。
男はエァンダを黒き粒子の剣で貫いたまま、セラを見返していた。
「ああ、姉さん。やっと会えた」
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