碧き舞い花Ⅱ

御島いる

342:闖入者

 セラと別れホワッグマーラを訪れたユフォンは、世界に愛され、その守護者としての役割を果たしていたフェズと再会した。肉体を無くし、思念体となった友は四十年の時を全く感じさせない、新世界への出発前と変わらぬ姿だった。

 そうして二人でマグリア魔導書館の禁書迷宮に眠る『副次的世界の想像と創造』のもとへ向かった。その禁書の中で、ブレグたちホワッグマーラが誇る魔闘士たちが眠っている。そもそも時軸の影響を受けないその禁書の中だが、それでも眠っているのは、夢での修行ならば怪我をする心配がないからだ。

 故郷の魔闘士たちがどれほど強くなっているのか、ユフォンは楽しみだった。マカそのものの技術の向上もそうだが、ヒュエリなど識者も眠りながらに研究をしていることもあり、魔具の技術発展もあるかもしれない。魔具だけのマカである第四世代以上のマカはない、そう言われていた時代はもう過去になっているかもしれない。それがどういったものになるのか、ユフォンには想像も付かないが。

 そうして出入口を背にしながら、ずっと白と黒のレンガという景色の全く変わらない廊下を二人で進んでいると、異変は起きた。

 空間がぐにゃりとひしゃげた。

 そしてそれが直ると、二人の前から三人の男が姿を現した。

「舞い花を通して警告しておいたはずだが。管理がなってないな、司書は」

 そう言ったのは右端の男。紫の髪で口元を隠した、グース・トルリアースだ。

「グース……それに、ジュンバー!」

 左端の毛先を遊ばせた男は、かつて賢者評議会に在籍し、のちに新聞社を立ち上げたジュンバーその人だった。ユフォンの驚き様に、別に驚いてもいないのに大きく見開かれた目がさらに大きく開いた。

「久しぶりだねぇ、後輩! えーっと名前なんだっけ? 確かぁ……ああ、そうそう、ユンフォ・・・・!」

「その程度の記憶力だから、くだらないものしか書けないんだよ、君は」

「っはぁ?」ジュンバーはユフォンに眉を顰めながら、他の二人に言う。「なぁ、こいつらは俺にやらせてくれ。あんたたち二人は予定通りでいいからよ」

「だそうだ、グース。俺たちは行くとしよう」

 二人の間の男は見た目は老人だった。白く輝く老人、転生者コゥメルだ。彼の言葉にグースが頷き、二人は冷めた目でジュンバーを一瞥してから廊下の先へと歩みを進めた。

「待て! なにをする気だ!」

 ユフォンがジュンバーを半ば無視して二人の背に叫ぶ。するとグースがユフォンを一瞥し、鼻で笑うとそれだけで正面を向いた。なにも言う気はないということか。

「お前たちが本の中に人を匿ってるのも、それがここにあるのも俺たちは知ってる」

 ジュンバーが得意げになって口を開いた。それにはコゥメルも振り向き、射殺すような目でジュンバー睨んだ。

「その口を閉じろ」

 低く放たれたその言葉に、ジュンバーは身体を震わせ口を閉ざした。そして懐から手帳を取り出すと、なにやらそこに記しはじめた。

「そっか、そっか、これは言っちゃいけないことだったんだね。書き留めておくよ。悪かったね」

 その行動に訝しみながらも、ユフォンは隣にいる友に頼む。

「フェズはあの二人を頼む」

「ああ。その方がいいな。ユフォンじゃ勝てない」

 言ってフェズは動くことなく魔素を操り、二人に差し向ける。

「余計なことは言わなくていいよ。わかってるから頼んだんだし」

 とユフォンがもう勝ったも同然とばかりに微笑ましく言い返し、フェズの魔素がコゥメルとグースを捕えようとした瞬間だった。

「ん?……やばい」

 フェズが冷静な声で呟いた。途端、フェズは魔素の操作をやめた。どうしたのかと彼の方をユフォンが見ると、珍しく焦った顔をしていた。

「どうし……っ!?」

 聞こうとしたユフォンの目の前で、フェズの身体が大きく引き伸ばされはじめた。その頭の先が向かうのは、ジュンバーが手にした手帳だった。それを見ていたユフォンの手を、フェズが握った。途端、ユフォンも引っ張られる。

「吸い込まれてるっ」

 言ってるそばからフェズの身体は頭側と脚側の両側共にジュンバーの手帳の中に入りはじめていた。ユフォンはフェズの手をしっかりと掴み返し、なんとか引っ張り返すがびくともしない。むしろこのままでは自分まで吸い込まれてしまいそうだと思った。

「離すな、ユフォン」

「そんなことっ、言ってもぉっ……」

 腕が千切れそうだった。その痛みに耐えながら一本道の迷宮の先を見たが、もう歩き出した二人の姿はなかった。

「もうっ……」

「まだ、だ……」

「だめだっ!」

「っく」

 滑るようにユフォンの手から離れたフェズの手。強く握っていたユフォンの手はただ虚しく閉じきるだけだった。

「フェズ!」

「任せた、ユフォ――」

 フェズは言葉の途中で完全に手帳の中に消えた。力を込め過ぎた手は、強張ってすぐに開きそうになかった。

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