碧き舞い花Ⅱ

御島いる

339:鬼

「だっるぅー……」ムゥーは長い溜息を吐いた。「わたしは女の子と戦いたいんだけど」

「戦い、性別関係ない。楽しめればいい」

「うっざ。いい歳したおじさんがなに言っちゃってんの」

 テムはむっとして言い返す。「師匠を馬鹿にすんなよ」

「なにその暑苦しいの、やめてくんない。あぁ、まっ、いいわ。あなたたちをすぐに片づければいいだけのことよね。どうせジューンの戦いは時間がかかるだろうし。反面わたしの戦いはいつだって速攻」

 ムゥーは腕を軽く身体の前で振った。するとテムとケン・セイを囲むように、いくつもの門が半球状に並んだ。

「砲門、武器庫。一斉開門っ!」

 鍵を持つことなく開かれた門たちから、二人に向かって砲弾や数多の武器が飛び出した。

「これで決められると思ってるのか? 師匠、ここは俺が」

「まだ面白くない。いいだろう」

 テムは頷き返すと、一歩前に出て天涙を抜いた。

「シグラ流剣術――露払い・静謐」

 静かに言って、頭の上で天涙を一振り回すテム。彼を中心に波紋が広がる。

 砲弾や武器たちは波紋に受け止められ空中で止まり、それから各々その場で、ぼとりぼとり、からんころんと地面へと落ちていった。

 露払いを思惟放斬によって、広範囲に及ぼす。それが『露払い・静謐』だ。ただそれだけではない。闘気を弾き出し攻撃を無力化する通常の露払いは、本来闘気を持つ相手にのみ有効だった。武器や砲弾単体に及ぶものではなかった。それを可能にしたのは、波紋にテム自身の闘気を混ぜ込んだからだ。

 闘気を繊細に操作し、力そのものに作用させる。受ける力と同じ強さで相殺させる。

 水鹿をできるようにと、夢の中で闘気の操作の修行していたテムだったが、それは結局できずじまいとなり、闘気の力の調整感覚だけが異様に研ぎ澄まされたのだ。

「速攻も届かないんじゃ意味ないな」

 テムは鼻で笑い、勝気な顔でムゥーを見返した。

「むかっ……。なにいい気になってんの? 男ってこれだからイヤ」

 ムゥーは溜息とともにテムたちの足元に向かって腕を振るった。

「地獄の門、開門」

 だるそうに言われたその言葉ののちに、禍々しい気配とともに二人の足元に巨大な門が現れ、轟音とともにゆっくりと開き、地面に穴を空けていく。テムはケン・セイと共に跳び上がり、砲弾や武器たちが穴に落ちていくのを見送る。

 穴は果てしなく深く、飲み込んだものを一瞬にして塵に変えた。その塵が漂うだけの空間だ。

 天馬で穴の上空から外れようと二人が動きはじめたその時だった。悲鳴のような、怒号のような叫び声がテムの身体を震わせた。

 何事かとテムが地獄の門の先にある果てのない穴に目を向けると、それはいた。

 開いた門のふちを掴む、塵が集まり作られた巨大な手。そして這い出てくる、頭に角を持つ巨人。

「あれはっ、鬼!?」

「地獄の門よ? 落とすだけなわけないでしょ。男なんて亡者の餌になって死ねってこと」

 ムゥーは手のをひらひらと振ると踵を返し、ジューンと戦うイソラとハツカの方へ歩き出した。

「待てっ!」

「ぐがあぁ!」

 天を蹴りムゥーを追おうとするテムを塵の腕が阻む。だがそれも一瞬、その塵の腕にぽっかりと穴が開いた。ケン・セイの天牛が貫いたのだ。

「テム、行け。俺は鬼」

 嬉々として口角を上げるケン・セイ。その目はテムではなく、鬼を見ていた。

 テムは咄嗟に師の心内を理解すると、呆れて苦笑する。ケン・セイは自分が楽しむことだけを考えている。地獄の門から出てきた鬼との戦いに、胸を躍らせているのだ。

 それもそうだろうと思いながら、テムは鬼の腕の穴を抜けていった。

 師がこの四十年。神の力を持つバーゼィに敗れてからの四十年で形にしたもの。

 闘技の新境地。

 それは神にも負けない力。

 神に対抗する力。

 それを試すのに鬼という存在との対面は、神との前哨戦もとい、神をも超えるヴェィルとの前哨戦としては申し分ないものだろう。

 ただ、きっと師は思ったほど楽しめないだろうなと、テムは思った。それほどに常軌を逸した力を、ケン・セイは手にしたのだ。

 それなのにと、セラの顔が浮かんだで表情を落としかけたが、テムは頭を振る。今はムゥーに集中しなければ。

「待てよっ!」

 行く手を阻むようにムゥーの前に降り立った。

「ナンパなら他所でやって。キョーミないから、消えて」

「俺はそんなに軽い男じゃない。心に決めたひとがいる」

「なに? 一途アピール? それはそれで気持ち悪いから、やめてくれない?」

「別にあんたに気持ち悪がられたって構わないんだよ。それくらいで想いを折るような男じゃ、同じ朝日を見る資格もねえ!」

「キモっ……」

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