碧き舞い花Ⅱ

御島いる

338:イソラの闘技

 簡単に言えば、軍鶏と水鶏の掛け合わせだ。

 闘気で四肢を形作り、手数を増やす軍鶏。闘気を波紋の球体として、空気中に打ち出し留める水鶏。

 軍鶏は自身と接した闘気のみを変形させる。水鶏は球体でしか闘気を留められない。

 身体全部を闘気で作り出し、それを本体から離れた場所で活動させる。

 それが水鹿すいかだ。

 これは師ケン・セイであっても、夢での修行を経てもできないものだった。師は身体に触れた状態で留めておくまでが限界だった。身体から離すことも、動かすこともできなかったのだ。とはいえ、それでもできたほうで、テムは身体を作り出す途中で闘気を散らしてしまう始末だった。

 だからこそイソラの特別となった。彼女だけができる、新しい闘技になった。

 テムの分析では、これはハツカの存在が影響しているとのことだった。ハツカが闘気で作り出した身体に意思を持って入り込むことで、闘気が散ることなく留まるのだと。

 しかしそれを、ハツカが否定した。ハツカはあくまでもイソラが作り出した闘気の身体にあとから入っているだけで、イソラだけでも水鹿は完成していると。その証拠に、闘気で作られるのはイソラの身体だと。

 イソラとしては、テムの言う通りかもしれないと思っていたところへのハツカの言葉は、胸に来るものがあった。そして姉のその言葉を胸に、残り二つの鹿の組を夢の中で完成させていった。

「四対二」小箱を下げた女が口を開いた。そして隣の男に言う。「ジューン、あなたが男二人、わたしが女の子二人の二対一にしない?」

「ふざけんな、ムゥー」鍵を下げた男ジューンが女に食って掛かる。「お前楽しようとしてるだろ。どう見たって弱いやつ相手してよ」

 ジューンの言葉に、イソラは眉を顰める。

「ねぇ! あたしたちが弱いって言ったっ?」

 次の瞬間には男の眼前で、鍔のない刀を振りかざしていた。

「おっほ~、早い早い」

 イソラを甘く見下した、余裕のある声を上げてジューンはひらりとイソラの攻撃を軽々と躱した。

「これぐらいで早いって?」

 それはハツカの声。ぴたりとイソラの背後に現れて、イソラの背を転がりながらジューンの脇に出て闘気でできた刀を振り下ろす。

「なら、あなたこそ弱いんじゃない?」

「剛鉄鋼門」

 言葉とともに、刀とジューンの間に壁が割って入った。

「開門!」

 途端、鉄鋼門は開き、体勢を崩し前のめりになるハツカの顔に、ジューンの拳が差し迫った。

「ハツカ!」

 イソラはそれよりも早くハツカの身体に向かって手を伸ばした。すると、ハツカの身体がふわりとその場から離れた。そしてイソラは敵の懐に低く入り込み、ジューンの腕を蹴り上げた。それとともに、ジューンの腕からは破門の球体が打ち出された。

 水鶏だ。

 そして、跳鹿ちょうか

 イソラの身体は一瞬にして、今打ち出した闘気のもとへと跳んだ。闘気の球体は四散し、代わりに彼女が現れたのだ。そしてイソラはそのままジューンの顔面を殴る。

 殴った拍子に再び、水鶏で闘気を打ち出す。その闘気を四散させ、今度はハツカが現れた。

「いくよ、イソラ!」

「うん!」

 ハツカの膝がジューンの腹に入る。同時にジューンの背中から闘気が打ち出される。

 イソラは天馬で宙を蹴ると、ジューンの正面に出て、膝を顔面に突き出す。

「調子に乗るなっ、剛てっ――ぶぁっ!?」

 イソラの攻撃は引き寄せられるように急に加速し、ジューンの口を閉ざした。彼の後ろには、跳鹿で跳んだハツカの姿があった。





天鹿てんかでバルカスラの多体戦闘術バルードの再現。あれは慣れてないと相手にするのは大変だ」

「解説いらん。俺たちも楽しむ。それとも、俺だけか」

 ケン・セイは拗ねた様子でイソラとハツカ視線を逸らした。弟子の成長を嬉しく思っているのは知っている。しかし師は、自身ができない闘技術を開発したイソラに、今でも嫉妬している部分があるだ。

「俺もやりますよ、もちろん」

 ケン・セイの見つめる先を、テムも見る。

 錠の箱を持つ女ムゥーは嫌そうに二人のことを見返した。

「師匠と同じで、見て学びたいところですけどね」

 最後にテムが悪戯っぽく笑んで付け加えると、ケン・セイが睨んできた。

「同じ? 勝手なことを」

 テムはおどけて肩を竦める。「すみませんでした、師匠」

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