碧き舞い花Ⅱ

御島いる

337:最強兵器は機脳世界でなにを想うのか

「……違う」

 オルガの声は弱く、機脳空間に響いた。

「俺の計算は感情には、左右されていない。俺に感情などない」

「じゃあその狼狽えはなんだっていうの、崇高な機脳で説明してみなよ」

 皮肉を込めてムェイが言うと、光の人間の姿がちらちらと揺らいだ。

 それは感情の揺らぎだ。

 あからさまな、感情の揺らぎ。

 これを見せられ、感情がないなどと言われて、誰が信じる。

「些末な問題だ」努めた様子で落ち着いた声を発するオルガ。「この揺らぎはあとで修復する」

「どうして認めないの?」

 彼女の問いかけに、無言が返ってくる。

「どうしても、認めたくないの?」

 光の線が、ただ走る。

「そこまで頑なになるのは、のため?」

「っ!」

 反応があった。やはりその感情は誰かを想ってのもの。

 他人なくして、己はない。人は良くも悪くも、自分ではない誰かに、自分というものが定義される。ムェイもそうだった。自分で自分のことを決めて生まれてこなかった。

 セラになるために生み出され、一度記憶を失い、アレスと出会い、セラとなり、そしてセラと出会い、それからムェイとなった。ムェイという存在は、アレスやセラ、それから多くの仲間たちによって、ムェイとなったのだ。そしてまだ。完成はしていない。

「……ムェイ、いや姉さん。俺はどうしようもなく、未完成だ。多くを知る頭脳を持ってしまったからわかるんだ。完成などしないんだって。求められた存在にはなり得ないんだって」

 語り出したオルガの口調は、それまでとは違い、人間味のあるものだった。悲しげで、今にも泣きだしそうだ。

「俺が失敗作だと、チャチたちが……悲しむ。俺は生みの親である彼らを、喜ばせたかった。でもできない。だから、いっそのこと全部壊してしまおうと考えたんだよ」

「壊した先に悔いが待ってるって、計算できてるんでしょ」

「できてる。だから全部終わったら、俺自身も破壊するつもりだった」

「悲観的過ぎだよ、もおっ。ちゃんと考えられるのにもったいない。本当にチャチたちが悲しむと思う? それがわからない頭じゃないでしょ。説明、いる?」

「……いらない。でも――」

「でもじゃない! わたしたちは機脳を持ってるし、あなたに関してはわたし以上に情報が入り込んでくるから、いろいろ考え過ぎちゃうこともあるかもしれないけどさ。頭を頼りすぎて心が疎かになったら……誰かを想うことができなくなったら、それじゃ、本当に兵器だよ。最強兵器のあなたなら、最強兵器がなんたるか、わたしが教えるまでもないでしょ? それとも、説明、いる?」

「……いらない」

「うん」ムェイは頷いて見せ、それから頬を膨らませ、オルガを睨む。「できるなら、最初からそう考えてよね。お姉さん、親友傷つけたこと一生恨むから」

 オルガは自嘲気味に言う。「未来永劫恨まれ続けるのか……」

「ふっ、いい計算だね」

 ムェイは笑って、機脳世界をあとにした。





『ハツカ、戻ってきて』

 ムェイが機脳世界に入ったのを見届けた直後、イソラの声に呼ばれた。ムェイはもう大丈夫だろうと、ハツカはソウ・モーグ・ウトラでのイソラのもとへと戻った。

 ソウ・モーグ・ウトラといっても扉の乱立する森ではない。ルピやサパル、それからポルトーなど鍵束の民を中心に仲間たちが封印され、その中で眠る箱。それをさらに封印する隔離空間だ。

 テムを筆頭に箱をがんじがらめにする鎖を解いていた。戻って来てとイソラに呼ばれたからにはなにか変化があったのだと思ったが、その通りだった。

 ジュコへ向かう前にあった箱がなくなっていた。

 そして、錠の付いた小箱を首から下げた女と、鍵を首から下げた男が立っていた。

 最初にいたポルトーはすでにいない。そもそも彼自身も寝ている。箱の上にいたのは、彼がこの隔離空間を作った張本人だからだ。この空間と箱を解くための足掛かりを与えるためにそこにいた。

『誰なの?』

 ハツカがイソラの中から聞くと、テムが応えてくれる。

「番人だ。あの二人を倒せばみんなを外に出せる」

「最初から」ケン・セイが首を鳴らした。「そうすればいい」

「お師匠様の言う通りっ! いくよ、ハツカ!」

 イソラの闘気の昂ぶりを感じる。ハツカはそれに乗って、彼女の中から外へ出る。闘気はイソラの身体を形作り、淡く朝日色に輝く。これがハツカの疑似的な身体となる。

 これがイソラが辿り着いた特別。

 鹿の組の闘技の一つだ。

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