碧き舞い花Ⅱ
336:機脳空間
ムェイを象徴する力は、影の秘伝ということらしい。
影の秘伝そのものを使えるムェイにとって役に立つかどうかと問われれば、レヴァンには申し訳ないが、いいえだ。仮に誰かに継承されたとき、その本領を発揮してもらおう。
ただ、現状においては大いに充分だった。
自身の中に感情の存在を知ったからか、反応の遅れたオルガは、レヴァンの刃も含めた碧き花たちを回避するのではなく防御の姿勢に入った。入り乱れる花の刃を、身体を流動的にすることで回避するのは困難だろう、こと今のオルガでは。
それもムェイの狙いだった。
オルガはまだ気付いていない。目視もしていなければ、機脳の中にあるデータにも辿り着けていない。『比翼』という現象が起きた剣であるレヴァンとサィゼムの関係に。
ムェイが左手に握るのは、サィゼム。
その柄のみ。
『比翼』によって分かれた剣は、一方を鍛えればもう一方も同じように鍛えられる。意匠を施せば、それも一緒。だからクラフォフは、二本の剣の差異を光の反射の違いで表現した。
ハツカの玉の緒の神の力は形状の変化はない。だからレヴァンがサィゼムを真似ることはなかった。だが逆はムェイの読み通りとなった。いいや、想いがそうさせたのかもしれない。
花びらの中に紛れ込ませたサィゼムの刃が、オルガの機体に触れる。
「ハツカ、今!」
「うん!」
意識の底から、ハツカの声がすると、ムェイの身体と刃を当てたオルガの機体からそれぞれ綱が飛び出した。それらが一本に繋がる。
途端――。
――ムェイは一人立っていた。
いくつもの光の直線が走る空間。線は直角に曲がったり、互いに交差したりしながら彼方へと消えていく。
懐かしさを感じる。
「機能空間……」
「想定以上の想いの力。機脳生命体のお前にここまでできるはずはなかった」
彼女に対峙するように、人型の光が現れた。その声はオルガストルノーン・ΑΩから聞こえていたものだ。オルガの機脳本体。
「決めつけないで。現にできてる。それが想いの力よ」
「だとしても。想いの力に関する情報を上方修正したとしても、ヴェィルに連盟は敵わない。解放しかない」
「……ねえ、あなたのその計算、わたしにも見せてよ。添削してあげる」
「添削できるところなどないが、いいだろう。それでお前が納得する確率は十全だ」
光の人影はムェイの頭を指さした。するとムェイの中に数多の光景が、刹那に流れた。そのすべてを彼女の頭は理解する。
「……」
「勝ちはなかっただろう」
すべての光景が流れ終えるちょうどに、オルガは言った。ムェイはそんな彼を見つめ返す。
「なかった……」
見せられた光景は果てしなく膨大だったが、その全てがオルガの機脳の破壊、そして連盟の敗北へと向かうものだった。そして言っていたように、彼はちゃんと三権の力を知っていた。
「あなたは異空中の情報に触れることができる。だから三権のことも知ってる」
「そうだ。非接触接続。情報と言っても機械的なものに限る。そもそも機脳を開発したのは『夜霧』だ。ソルーシャに眠る情報は敵を知るために役立った。もう機会はないだろうが、お前もアップグレードすれば当然できる」
「そうね。でも――」
「でも? お前も人を超えた脳を持つ者だ。もう抵抗する気はないだろう。無駄だとわかるだろう。なぜ否定する」
「やっぱり間違ってるから、今の計算、全部」
「理解不能だ。深い部分で故障している疑いがある。解放の前に俺が診て、修復しよう」
「その必要はないよ。わたしは、故障してるならそれでいい。不可解で、理解できない言動を取れるのが人間よ」
「崇高なる機脳を搭載しておきながら、そんなことを」
「機脳を大きく捉えすぎ。それにさ、あなたも人間だよ。感情のない機械を振る舞っても駄目」
「なにを言っている」
「チャチだって感情があるって言ってたし、さっきもわたしを恐がってた。目を背けないで」
「俺は完成された兵器だ。人間の感情に対する理解はあっても、俺自身にそんなものは存在しない」
「あなたの計算に感情は含まれてない。そう言ってたよね。でもね、わたしは今のを見て、思いっきり偏った考えをしてるって思ったよ」
「理解できな――」
「聞いて! いい? あなたの計算は必ず、あなたが破壊されるところに行きつく。そしてわたしたちが負ける。どうしてあなたが破壊されない計算がないの? あなたは残り、わたしたちが負ける未来。それがあってもおかしくない。同じ機脳だからわかるよね、わたしの言ってること。つまりね――」
「違う」
ムェイはオルガの言葉を無視して畳みかける。
「――あなたの計算は、絶望的な偏りが含まれてる」
影の秘伝そのものを使えるムェイにとって役に立つかどうかと問われれば、レヴァンには申し訳ないが、いいえだ。仮に誰かに継承されたとき、その本領を発揮してもらおう。
ただ、現状においては大いに充分だった。
自身の中に感情の存在を知ったからか、反応の遅れたオルガは、レヴァンの刃も含めた碧き花たちを回避するのではなく防御の姿勢に入った。入り乱れる花の刃を、身体を流動的にすることで回避するのは困難だろう、こと今のオルガでは。
それもムェイの狙いだった。
オルガはまだ気付いていない。目視もしていなければ、機脳の中にあるデータにも辿り着けていない。『比翼』という現象が起きた剣であるレヴァンとサィゼムの関係に。
ムェイが左手に握るのは、サィゼム。
その柄のみ。
『比翼』によって分かれた剣は、一方を鍛えればもう一方も同じように鍛えられる。意匠を施せば、それも一緒。だからクラフォフは、二本の剣の差異を光の反射の違いで表現した。
ハツカの玉の緒の神の力は形状の変化はない。だからレヴァンがサィゼムを真似ることはなかった。だが逆はムェイの読み通りとなった。いいや、想いがそうさせたのかもしれない。
花びらの中に紛れ込ませたサィゼムの刃が、オルガの機体に触れる。
「ハツカ、今!」
「うん!」
意識の底から、ハツカの声がすると、ムェイの身体と刃を当てたオルガの機体からそれぞれ綱が飛び出した。それらが一本に繋がる。
途端――。
――ムェイは一人立っていた。
いくつもの光の直線が走る空間。線は直角に曲がったり、互いに交差したりしながら彼方へと消えていく。
懐かしさを感じる。
「機能空間……」
「想定以上の想いの力。機脳生命体のお前にここまでできるはずはなかった」
彼女に対峙するように、人型の光が現れた。その声はオルガストルノーン・ΑΩから聞こえていたものだ。オルガの機脳本体。
「決めつけないで。現にできてる。それが想いの力よ」
「だとしても。想いの力に関する情報を上方修正したとしても、ヴェィルに連盟は敵わない。解放しかない」
「……ねえ、あなたのその計算、わたしにも見せてよ。添削してあげる」
「添削できるところなどないが、いいだろう。それでお前が納得する確率は十全だ」
光の人影はムェイの頭を指さした。するとムェイの中に数多の光景が、刹那に流れた。そのすべてを彼女の頭は理解する。
「……」
「勝ちはなかっただろう」
すべての光景が流れ終えるちょうどに、オルガは言った。ムェイはそんな彼を見つめ返す。
「なかった……」
見せられた光景は果てしなく膨大だったが、その全てがオルガの機脳の破壊、そして連盟の敗北へと向かうものだった。そして言っていたように、彼はちゃんと三権の力を知っていた。
「あなたは異空中の情報に触れることができる。だから三権のことも知ってる」
「そうだ。非接触接続。情報と言っても機械的なものに限る。そもそも機脳を開発したのは『夜霧』だ。ソルーシャに眠る情報は敵を知るために役立った。もう機会はないだろうが、お前もアップグレードすれば当然できる」
「そうね。でも――」
「でも? お前も人を超えた脳を持つ者だ。もう抵抗する気はないだろう。無駄だとわかるだろう。なぜ否定する」
「やっぱり間違ってるから、今の計算、全部」
「理解不能だ。深い部分で故障している疑いがある。解放の前に俺が診て、修復しよう」
「その必要はないよ。わたしは、故障してるならそれでいい。不可解で、理解できない言動を取れるのが人間よ」
「崇高なる機脳を搭載しておきながら、そんなことを」
「機脳を大きく捉えすぎ。それにさ、あなたも人間だよ。感情のない機械を振る舞っても駄目」
「なにを言っている」
「チャチだって感情があるって言ってたし、さっきもわたしを恐がってた。目を背けないで」
「俺は完成された兵器だ。人間の感情に対する理解はあっても、俺自身にそんなものは存在しない」
「あなたの計算に感情は含まれてない。そう言ってたよね。でもね、わたしは今のを見て、思いっきり偏った考えをしてるって思ったよ」
「理解できな――」
「聞いて! いい? あなたの計算は必ず、あなたが破壊されるところに行きつく。そしてわたしたちが負ける。どうしてあなたが破壊されない計算がないの? あなたは残り、わたしたちが負ける未来。それがあってもおかしくない。同じ機脳だからわかるよね、わたしの言ってること。つまりね――」
「違う」
ムェイはオルガの言葉を無視して畳みかける。
「――あなたの計算は、絶望的な偏りが含まれてる」
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