碧き舞い花Ⅱ
327:頭突き
~〇~〇~〇~
『金塊の霊園』にて。
その日さすらい義団は、『竜宿し』に侵され、奴隷として死ぬまで墓荒らしを課せられた人々を解放した。
黄金の墓場を牛耳る男デルジビ・ディソとその一団を壊滅させ、満身創痍の義団の前に不意に彼は現れたのだ。
「面白そうなことしてるな、お前ら」
「?……っ!?」
金塊の上に寝転ぶズィードは、顔だけ向けてその声の主を見た。つぶらな瞳で、前頭には二本の角。同い年くらいのその少年に対して、ズィードは警戒した。
敵だと思った。デルジビとの戦いでこれ以上動くことができないというのに、なんでこんな時にと。なにより、わけもわからないまま怯えてしまっていた。感じ取れる気配は今さっきまで戦っていたデルジビの方が大きかった。敵意もないし、ただ立っている隙だらけなやつ。それなのに、急に体温が下がって寒気がした。
するとズィードほどではないが傷を負った義団の仲間たちが、彼の前に立ち塞がった。そんな彼らも、一様に怯えていたようで、身体が小刻みに震えていた。
ところが。
不意に恐怖がなくなった。仲間に護られたからではない。ソクァムたちもズィードと同じ瞬間に震えが止まっていた。
見つめる先には笑顔があった。
「いいな、お前ら。さすらい義団っていうんだろ? 俺も混ぜてくれよ」
破顔して言ったケルバからは、もう恐怖を感じなかった。わかり合える、手を取り合える、友になれる。そんな親近感に急に包まれた。
「俺はケルバ。ずっと見てたけど、みんなとなら楽しくやれそうだ。よろしくっ」
ソクァムをはじめ、みんながズィードを振り返って見ていた。判断を待っているようだ。
「あははは」ズィードは声を上げて笑った。「いいなっ! 楽しくやろうぜ、ケルバ!」
「おい、マジか」ダジャールが眉を顰めた。「なんも知らねえ奴だろ?」
「これから知ってけばいいだけだろ?」
「お前、そんないい加減で……やっぱ俺が団長変わってやる」
「ふざけんな! 団長は俺だ。デルジビも俺が倒したし!」
「はんっ、笑わせる。俺ならそんなボロボロにはならねえ!」
「なんだとぉ!」
「なんだよ?」
「二人とも!」ソクァムの諫め声が一喝する。「喧嘩してる場合じゃないだろ」
ソクァムは呆れた顔を新顔のケルバに向ける。
「悪いな、こんな調子で。いつものことだから気にしないで――」
「喧嘩か? 俺も混ざってもいい? てか混ぜろぉ!」
ケルバは嬉々としてズィードとダジャールの方へ駆け寄ってきた。
それをソクァムが頓狂な声を上げ、顰めた顔で見送る。「はぁーっ?」
「おっ、いいな新入り。誰が上か最初にはっきりさせておいてやる」
「おい、団長は俺だぞ!」
「へへっ、楽しくなりそうだ!」
「はぁ……」ソクァムが溜息と共に三人に背を向けた。そして残る仲間たちに声をかける。「みんなこんなのほっといて帰ろう。俺たちにここからまた暴れる元気なんてない」
苦笑しながら去っていく仲間たちを横目で見送るズィード。その頬にダジャールの疲れた拳が入る。
「おいおい、よそ見かよ?」
「ふん、それでもヨユーってことだよ」
「おっ、じゃあこんなんはどうだ?」
ケルバの楽し気な顔が迫ってきて、ズィードの額を打った。
~〇~〇~〇~
あの時一瞬だけ襲われた恐怖。測り知れない恐怖。ケルバに対して抱いた恐怖。
当時は不意の登場と戦いの疲れが相まって、そう感じてしまっただけだと思っていた。けど今ならわかる。得体の知れなものへの恐怖は、意図的に醸し出されている。
ケルバの真意はわからないが、一瞬でも義団に恐怖感を与え、そして笑顔と共に取り払った。それは紛れもなく彼自身が起こしたことだったのだ。
転生者の能力の一つか、それともケルバと現在のモェラの姿を持つ民の能力か。
……。
考えているどころではない。
まずは、動かなければ。
立ち竦んでいては、やられる。
「おい、ズィード! なにしてる!」
ソクァムの声が耳に入るが、そっちを見ることもできない。ズィードの目に映るのは、剣を彼に刺そうとするモェラの姿だけだ。
「避けろ!」
「おいっ!」
「ズィード!?」
「危ないっ!」
「いやっ!」
「ぴゃあっ!」
団員がそれぞれに口を開き、それぞれにズィードに向けて駆けだそうしている。そんな気配を薄っすらと感じる。それなのに団長の自分は、仲間たちに心配をかけるだけで、まったく動けない。
不甲斐ない。
死の恐怖には打ち克てるのに。
「三回死んでいるって言ってたけど、あながち間違いじゃないみたいね」
「んっぐ……!?」
訝しみと痛みで頭がいっぱいになった。言葉と共に、腹をモェラの刃が貫いたのだ。
ぐっと力を込めるモェラに寄りかかる形になるズィード。彼の耳元で、静かに彼女が言う。
「経験を積めば積むほどに恐ろしくなるものもあるのよ」
「そ……っか!」
ズィードは笑う。そしてモェラの肩を強く掴んだ。紅い闘志が彼だけでなく、モェラまで包み込む。
「なに……?」起きていることに訝るモェラ。「意味がわからない。なんで笑うの?」
「そりゃ、ふふっ、笑いたくなるだろっ……いろんなこと知って、強くなった、証なんだろ、今、お前を恐がったのっ!」
「は? なんなのっ?」
「そんでっ! 俺はそれも超えて……! また恐くなって、それでも、それでもまた超えて、超え、ガッハ……超える!」
吐いた血で汚れたモェラの顔を睨みつけるズィード。
「『紅蓮騎士』の名に恥じない、俺の騎士道!」
つぶらな瞳を細め睨み返してくるモェラに、ズィードは頭突きをしようと頭を下げた。頭突きは友から受けた最初の一撃だ。まず友に届くように、その一撃を打つ鳴らし弔いをはじめよう。
「ふら゛ぁっ!」
『金塊の霊園』にて。
その日さすらい義団は、『竜宿し』に侵され、奴隷として死ぬまで墓荒らしを課せられた人々を解放した。
黄金の墓場を牛耳る男デルジビ・ディソとその一団を壊滅させ、満身創痍の義団の前に不意に彼は現れたのだ。
「面白そうなことしてるな、お前ら」
「?……っ!?」
金塊の上に寝転ぶズィードは、顔だけ向けてその声の主を見た。つぶらな瞳で、前頭には二本の角。同い年くらいのその少年に対して、ズィードは警戒した。
敵だと思った。デルジビとの戦いでこれ以上動くことができないというのに、なんでこんな時にと。なにより、わけもわからないまま怯えてしまっていた。感じ取れる気配は今さっきまで戦っていたデルジビの方が大きかった。敵意もないし、ただ立っている隙だらけなやつ。それなのに、急に体温が下がって寒気がした。
するとズィードほどではないが傷を負った義団の仲間たちが、彼の前に立ち塞がった。そんな彼らも、一様に怯えていたようで、身体が小刻みに震えていた。
ところが。
不意に恐怖がなくなった。仲間に護られたからではない。ソクァムたちもズィードと同じ瞬間に震えが止まっていた。
見つめる先には笑顔があった。
「いいな、お前ら。さすらい義団っていうんだろ? 俺も混ぜてくれよ」
破顔して言ったケルバからは、もう恐怖を感じなかった。わかり合える、手を取り合える、友になれる。そんな親近感に急に包まれた。
「俺はケルバ。ずっと見てたけど、みんなとなら楽しくやれそうだ。よろしくっ」
ソクァムをはじめ、みんながズィードを振り返って見ていた。判断を待っているようだ。
「あははは」ズィードは声を上げて笑った。「いいなっ! 楽しくやろうぜ、ケルバ!」
「おい、マジか」ダジャールが眉を顰めた。「なんも知らねえ奴だろ?」
「これから知ってけばいいだけだろ?」
「お前、そんないい加減で……やっぱ俺が団長変わってやる」
「ふざけんな! 団長は俺だ。デルジビも俺が倒したし!」
「はんっ、笑わせる。俺ならそんなボロボロにはならねえ!」
「なんだとぉ!」
「なんだよ?」
「二人とも!」ソクァムの諫め声が一喝する。「喧嘩してる場合じゃないだろ」
ソクァムは呆れた顔を新顔のケルバに向ける。
「悪いな、こんな調子で。いつものことだから気にしないで――」
「喧嘩か? 俺も混ざってもいい? てか混ぜろぉ!」
ケルバは嬉々としてズィードとダジャールの方へ駆け寄ってきた。
それをソクァムが頓狂な声を上げ、顰めた顔で見送る。「はぁーっ?」
「おっ、いいな新入り。誰が上か最初にはっきりさせておいてやる」
「おい、団長は俺だぞ!」
「へへっ、楽しくなりそうだ!」
「はぁ……」ソクァムが溜息と共に三人に背を向けた。そして残る仲間たちに声をかける。「みんなこんなのほっといて帰ろう。俺たちにここからまた暴れる元気なんてない」
苦笑しながら去っていく仲間たちを横目で見送るズィード。その頬にダジャールの疲れた拳が入る。
「おいおい、よそ見かよ?」
「ふん、それでもヨユーってことだよ」
「おっ、じゃあこんなんはどうだ?」
ケルバの楽し気な顔が迫ってきて、ズィードの額を打った。
~〇~〇~〇~
あの時一瞬だけ襲われた恐怖。測り知れない恐怖。ケルバに対して抱いた恐怖。
当時は不意の登場と戦いの疲れが相まって、そう感じてしまっただけだと思っていた。けど今ならわかる。得体の知れなものへの恐怖は、意図的に醸し出されている。
ケルバの真意はわからないが、一瞬でも義団に恐怖感を与え、そして笑顔と共に取り払った。それは紛れもなく彼自身が起こしたことだったのだ。
転生者の能力の一つか、それともケルバと現在のモェラの姿を持つ民の能力か。
……。
考えているどころではない。
まずは、動かなければ。
立ち竦んでいては、やられる。
「おい、ズィード! なにしてる!」
ソクァムの声が耳に入るが、そっちを見ることもできない。ズィードの目に映るのは、剣を彼に刺そうとするモェラの姿だけだ。
「避けろ!」
「おいっ!」
「ズィード!?」
「危ないっ!」
「いやっ!」
「ぴゃあっ!」
団員がそれぞれに口を開き、それぞれにズィードに向けて駆けだそうしている。そんな気配を薄っすらと感じる。それなのに団長の自分は、仲間たちに心配をかけるだけで、まったく動けない。
不甲斐ない。
死の恐怖には打ち克てるのに。
「三回死んでいるって言ってたけど、あながち間違いじゃないみたいね」
「んっぐ……!?」
訝しみと痛みで頭がいっぱいになった。言葉と共に、腹をモェラの刃が貫いたのだ。
ぐっと力を込めるモェラに寄りかかる形になるズィード。彼の耳元で、静かに彼女が言う。
「経験を積めば積むほどに恐ろしくなるものもあるのよ」
「そ……っか!」
ズィードは笑う。そしてモェラの肩を強く掴んだ。紅い闘志が彼だけでなく、モェラまで包み込む。
「なに……?」起きていることに訝るモェラ。「意味がわからない。なんで笑うの?」
「そりゃ、ふふっ、笑いたくなるだろっ……いろんなこと知って、強くなった、証なんだろ、今、お前を恐がったのっ!」
「は? なんなのっ?」
「そんでっ! 俺はそれも超えて……! また恐くなって、それでも、それでもまた超えて、超え、ガッハ……超える!」
吐いた血で汚れたモェラの顔を睨みつけるズィード。
「『紅蓮騎士』の名に恥じない、俺の騎士道!」
つぶらな瞳を細め睨み返してくるモェラに、ズィードは頭突きをしようと頭を下げた。頭突きは友から受けた最初の一撃だ。まず友に届くように、その一撃を打つ鳴らし弔いをはじめよう。
「ふら゛ぁっ!」
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