碧き舞い花Ⅱ

御島いる

324:一日前

 ネォベが口を閉じ、セラに浮かび上がりながら迫ってきた。笑い声の残響の中、彼の纏う空気に黒と白が入り混じる。

 異空の空気だ。

 ヌロゥのように所持していた様子はない。世界の中にいながら異空の空気を纏ったらしい。

 ただ今のセラにとって異空の空気くらいでは脅威にはならない。黒と白に淡く輝く拳をフォルセスの腹で受け止める。そのまま力をいなし、ネォベを後方へ払う。空気によって体勢を整えようとする敵より早く、セラはフォルセスを返して、胴を真っ二つに裂いた。

「ジルエァス」

 やはりとセラは思う。ざらつきはしたが消えていなかったキノセの蜃気楼。あれは一人でも命を奪われたその瞬間にヴィクードを発動させるためのものだ。

 蜃気楼の隣に無傷で立つネォベを見据えるセラ。

「それって――」

 彼のが言葉を発すると、ネォベは僅かに首を傾げた。

「――相手がヴィクードを使えないのが前提でしょ? 反始点を上書きされたら意味ない」

 セラはブーツのつま先で床をトントンと叩いた。次の瞬間には、彼女は敵の背後に斬り抜けていた。

「ま――!?」

 ネォベの声はすぐに消えた。今度こそ、首を撥ねた。要塞に静寂が訪れる。

 振り返ると、キノセの後ろ姿が消えていく様子がセラのサファイアに映る。

 恨みの感情が乗った空気で作られたという蜃気楼。ちゃんと会って話さなければ。セラはそう心に決めて、ひとまずビュソノータスの仲間たちを起こしに向かうのだった。





 ――一日前。

 セラとユフォンが仲間起こしに出発する前。トラセークァスで目覚めた仲間たちは一足先に各地へ足を運んでいた。





「うーん……?」

「テム、任せる」

「……でしょうね」

 首を傾げるイソラ。胡坐をかき、瞑想をはじめるケン・セイ。テムは師を真似た黒髪を掻き上げ、呆れて笑いながら巨大な箱を見上げる。幾重もの鎖と錠で雁字搦めになった箱を。

「悪いな。俺からはなにも言ってやれない決まりだからさ」

 そう申し訳なさそうに言うのは、ポルトー・クェスタだ。箱の上に座して、テムに一本の鍵を放る。

「それが最初の鍵だ。それで開く錠の中に次の鍵が入ってる。それを続ければ箱は開く。って言うのは簡単なんだけどな。手あたり次第で済むようなもんじゃないから、気を引き締めろよ」

 テムは頷くと、イソラに向き直る。

「イソラ。考えなくていいから手伝えよ」

「もちろんっ。わたしもルピに早く会いたいし」

 テムはイソラと共に箱に挑む。





 アレスは掌に小さき博士を乗せる。

「チャチ、最強の兵器はできた?」

 ジュコの小人たちを起こしたのはアレスとムェイだった。チャチは寝起きとは思えない元気を見せる。

「はい! 検証はばっちりです。あとは現実世界で完成させるだけ。みんなですぐに作りますから、待っていてください!」

「あ、チャチ待って」

 アレスの掌からオルガストルノーン・Ωに乗り込もうとするチャチをムェイが呼び止めた。

「わたしのメンテもお願いしていい?」

「エァンダへの接し方気にしてんの?」

「ううん」首を横に振ってから、ムェイは「……アレスは、わたしがエァンダだけにああいう態度取るの、嫌?」

「嫌じゃねえさ。エァンダのやついけ好かねえところがあるからな、いんだよあんぐらいで。で、なんでメンテ? チャチが寝てる間も自分でやってただろ?」

「うん。ネルとペレカにも手伝ってもらって。だから問題はないと思うんだけど、これから戦いが本格化するわけだし、ちゃんと診てもらおうと思って」

「そっか。じゃあ、ちゃんと診てもらえ」

「うん、お願いできる、チャチ?」

「もちろんです! ついでにアップグレードなんてどうですか、ムェイさん!」

「アップグレード?」

「おっ、いいな。してもらえよセラ。ずっと起きてて、修行だっておれに付き合うばかりだったし。セラ自身のために。そして異空のため、セラ様のためにさ」





 さすらい義団は世界を失った賢者たちが寄り添い眠る地、ノプルテノの草原に異空船を停泊させた。

 異空船から斜めに下した橋を揃って降りていると、ネモが言った。

「賢者たちを起こすなんて、あの時みたいだね」

「ってことは」ダジャールが勝気に笑う。「また眠らされんじゃねえか、お前らは」

「お前らはって」アルケンがチロリと舌を出す。「あの時眠らされなかったのはネモとピャギーだけじゃん。ダジャール寝ぼけてるの?」

「うるせえな。俺は強くなったんだ。もうあんな奇怪な術には屈しねえんだよ」

「ほんとかなぁ……ん?」

 アルケンはダジャールをからかう様に見上げたかと思うと、眉を顰めて行く先に目を向けた。

「アルケン、どうし――」

 ソクァムがその様子に気付いて声をかけるが、言い切る前には彼をはじめ、ピャギーまでもが険しい顔で同じ対象を見つめていた。

 ズィードはスヴァニを抜き、草原に降り立ち最前線に躍り出る。すぐ後ろでシァンとダジャールも戦闘態勢に入った。

「ノージェが転生しないの……あなたたちのせいよね」

 円らな瞳を見開いた、狂気じみた顔で小首を傾げる女。はらりと揺れた前髪の隙間から二本の角が覗いた。

「モェラだな」

 ズィードは紅き闘志を纏い、友の仇を睨みつけた。

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