碧き舞い花Ⅱ

御島いる

319:選んだ道

「さ、どこから話すべきか」

 再会の熱も冷めやらぬ研究室にエァンダの声が通った。その声のあと、ネルがムェイとペレカに視線を向け頷いて見せた。すると二人は研究室の奥、ネルの保管庫へと入っていった。セラは不思議に思ったが、椅子に腰かけたエァンダの視線に気づき、目を合わせる。

「セラとユフォンが新世界に跳んだところからいまに至るまでか、それとも現状をとりあえず話しておくか?」

「うん」セラはまっすぐエァンダを見つめて応える。「四十年の間に起きたことはちゃんと知らないといけない。けど、まずはいまどうなってるのか知りたい。みんなの気配が、外にも感じられない。フェズさんは……大丈夫みたいだけど」

「セラでも感じられないってよ、ネル」

「当り前ですわ。だかろこそここまで、負けていないんですから」

 ユフォンが首を傾げる。「どういうことだい?」

「超隠密装置を開発しましたの」ネルは見慣れた得意げな顔で説明する。「世界丸ごと、異空図からも消してしまうほどの。ヴェィルたちは世界を壊すことも目的にしていましたから、機を見て消すことでいい目くらましになりましたわ。透過同化とうかどうかコートを世界に被せる、その発想を広げて一年半で完成させましたの」

 胸を張りしたり顔のネルに、ユフォンが拳を握る。

「つまりヴェィルたちに狙われないための策ってことか。じゃあ、別に生き残りはここの四人とフェズだけじゃない! よかったね、セラ」

 セラに笑顔を見せてくるユフォン。彼はまだ四十年の時の流れに、翻弄されているようにセラには見えた。頭では理解しているのだろうけれど、心が追いついていない。なにか朗報を、悪いことだけじゃないと思いたがっているようだ。もちろん、セラも同じ気持ちだ。しかしだからといって、悪いことから目を逸らしてはいけない。手放しには喜べない。

 セラは聞く。「いったい、いつから?」

 姿を消して敵から命を守る。その策には賛同できる。セラとユフォンの帰りを待つ間、ヴェィルたちに刃を向け続けるという道を取っていれば、全滅していたかもしれない。エァンダやネルの様子を見ると、多くの仲間がそうして身を隠しているのだろう。しかし、この策が実行されるまでの間は、戦いの日々だったはずだ。早めの判断だったとしても、完成に一年半だ。強がるように、自慢するようにネルは言ってのけたが、一年半待たせてしまったとも考えられる。きっとネルはそう考えているだろう。

 エァンダが応えた。「お前たちが行ってから三年だ」

「三年……」

 つまりネルが開発に着手したのは一年半経ってからということ。セラは隣のネルに心配の眼差しを向ける。三十八年あまり前の出来事、そう言ってしまえば簡単だが、ネルはその期間ずっと悔しさを背負ってきたはずだ。

 ネルがセラの手を握ってきた。

「……救えなかった命はたくさんですわ。ごめんなさい。それに、相手方にも隠れているという事実はバレていますの。ただ、攻撃されないのは、わたしたちのことなんて脅威と思っていないから」

 ぐっと、ネルの手に力が入った。

「でも、ここからですわ。セラが帰ってきた! みんなを起こして、反撃ですわ!」

 セラはネルのことを見くびっていたと思った。なにを勝手に、か弱いお姫様の研究者だと決めつけてしまっていたのだと、自分を恥じる。そもそも親友はそういう人だ。負けず嫌いは、お互い様だ。当たり前だが、ゼィグラーシスはセラだけの言葉じゃないのだ。

「ああ、無念にも散っていった英雄賢者たちのためにもな。亡くなった同胞たちの名はまとめてある。あとで確認して、祈ってくれ」

 エァンダの言葉に、セラとユフォンは深々と頷いた。それを見るとエァンダは再び口を開く。

「さ、次だ。俺たちはただ隠れて二人の帰りを待ってただけじゃない」

「もちろん、みんな力をつけてるってとこだね。みんなすごい歳上になっちゃってるんだ。複雑だけど、楽しみだね、セラ」

「待ってユフォン」セラはユフォンからネルに目を向ける。「ネル、さっきみんなを起こすって言わなかった?」

 勝ち誇った大人な笑みを浮かべるネル。「ええ、言いましたわ」

「そうだな、どうせもうすぐだろ。見に行くか」

 そう言ってエァンダが立ちあがると、ネルがセラとユフォンに保管庫の扉を示した。そして彼女はユフォンに悪戯っぽく告げる。

「残念ですわね、ユフォン。みんなは大して歳を取っていませんわよ」

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